2017年

11月 5日

継承と改革 続いていくものづくり

竹内香予子さんが社長に就任してから2年。
受け継いだ“突っ張り棒”を軸に、次々とヒット商品を生み出している平安伸銅工業株式会社ですが、その歴史は?

「祖父から始まった会社でして、戦後は銅を溶かして色んなものを作っていました。
そのものづくりの流れから日本家屋で使われていた窓枠に替わり、アルミサッシを作ろうとアメリカから機械を買って作り始めました。
家は大工さんや建具屋さんが作りますよね。
祖父は時代としてこれからは工場で作るパーツを使って家を作るという先見がありました。
大工さんにアルミサッシを教えることから始めたそうです」。

アルミサッシで事業を大きくした会社は、ピーク時で4000人もの従業員がいたほどだったそうです。
「それでも時代の流れを読むのは難しかったのでしょうね。
オイルショックで需要が冷え込んだタイミングで工場投資をしたそうです。
学生だった父も呼び戻されて会社の立て直し。
アルミを加工する技術からアルミの棒を用いた突っ張り棒を見出したのです。
それが大ヒットしたました」。

突っ張り棒の大ヒットからおよそ40年間走り続けている平安伸銅工業株式会社。
現在も社名に銅が入っているが現在の商品に銅製品はないそうです。
しかしなぜ、この社名を?
「実際には銅製品はありませんが、社名と共に企業家精神を祖父から引き継いでいると思っています」と胸を張る竹内社長。
新聞記者という仕事から転身して現在に。
就任から2年が経って率直な気持ちは?
「新聞記者よりは向いているなぁと思いますね(笑)。
記者時代に取材をしながら人との出会いにはとても興味があったんです。
人と新しい商品を作っていくことはやりがいを感じています」。

どのような流れで社長に?
「入社してから後継指名はされていたんです。
スタートは開発担当でした。
文系で製造を知らなかったのでそこから始まりましたね。
営業ではなくて、その部署で商品と向き合いました」。

入社してから家業であり、後に継ぐことになる会社はどう見えましたか?
「当時は今のマーケットを守って、冒険するよりも会社を進めていくという方針でしたね。
少し大人しい雰囲気を感じました。
祖母に中小企業は沈まなければいいんだよ、今あるものをしっかりと見つめることも大切と言われたことがあるのですが、そういう今あるものと、これからのことを進めていきたいと思いました。
私みたいな世代が消費者と重なることで、新しい可能性を見ることができますから」。

それまでなかった広報部を作り、現在では専任スタッフも。
ランチ会で社員とのコミュニケーションを図るなどもされているそうです。
「新しいこともしていますが、昔から続いているラジオ体操もしています(笑)。
始業の5分前にするんです。
代が変わっても引き継ぐ伝統ですね。
私、全力でやってます(笑)」。

これからの平安伸銅工業株式会社をどう見ていらっしゃいますか?
「ものづくりをしてきた会社です。
作ったもので暮らしの困ったことを解決していける会社。
何をすればお客さんの快適につながるのか、いいものを提供していきたいです。
みなさんの暮らしのコーディネートができたらいいですね」

伝統を引き継ぎながら、革新を重ねていく。
ものづくりで暮らしに平安を生み出していきます。

竹原編集長のひとこと

機能とテイスト。
今の時代の消費者のニーズに合っているのでしょうね。
後継者として現社長の娘さんにうまくバトンタッチされていますね。