| ★2006/3/25(土)のゲストは 荻野正二さん(バレーボール全日本男子主将) | |
![]() |
▼プロフィール 1970年1月8日生まれの36歳、身長197cm 体重97kg、福井県出身です。 バレーボール、サントリーサンバーズのアタッカーで、現在全日本男子のキャプテンです。 バレーを始めたのは高校に入ってから。するとバレーを始めて2年、17歳で高校選抜に選ばれると、バレーを始めて4年目の19歳で初の全日本入りを果たします。 その後は、バルセロナオリンピック6位入賞のほか、ワールドカップ出場3回、世界選手権出場2回と数々の大舞台を経験してきました。 98年以降、ひさの手術などもあって全日本から退いていましたが、去年、なんと7年ぶりに全日本復帰。しかもキャプテンを任されると、見事にチームをまとめ、9月のアジア選手権では中国を破り、7年ぶりにアジアチャンピオンに返り咲きました。 国内のVリーグでは残念ながら、中垣内監督率いる堺にせり負け、サントリーは2位という結果に終わりましたが、荻野選手自身は2年連続のレシーブ賞に輝いています。 北京オリンピックまであと2年。4大会ぶりのオリンピック出場に向け、全日本の顔、最年長アタッカーの荻野選手にかかる期待は大きいです。 |
| ★2006/3/18(土)のゲストは 小椋久美子さん(バドミントン) | |
![]() |
▼プロフィール 1983年7月5日生まれの22歳、身長170cmで三重県出身です。 バドミントンを始めまたのは3つ年上のお姉さんの影響で8歳のときでした。 その後、高校で名門・大阪の四天王寺高校に進むと2年生のときにインターハイダブルスで準優勝。 また3年生で全国高校選抜シングルス準優勝するなど輝かしい高校時代を送っていました。 そんな中、ジュニアのナショナルチームに選らばれたときは、当時九州で活躍中の潮田玲子選手と運命的な出会いを果たしダブルスを組みました。 2002年、三洋電機に入社。すると同じく三洋電機入りした潮田選手とのペアも続き、「オグシオ」の愛称で人気も爆発します。去年4月の国際大会、ヨネックスオープンでは日本人女子ペアでは12年ぶりとなる3位に食い込むと、10月のデンマークオープンでは優勝! また今年に入っても1月の全英オープンでベスト8入りをするなど着実に実力をつけてきました。 現在ペアの日本ランキングはもちろん1位で世界ランキングも7位まで上がってきました。 今や人気・実力ナンバーワンのビューティペア、狙うは北京でのメダルです。 |
| ★2006/3/11(土)のゲストは 角田信朗さん(格闘家) | |
![]() |
▼プロフィール 1961年4月11日生まれの44歳、身長174cm体重95kg、大阪府堺市出身です。 空手正道会館の最高師範、K−1競技統括プロデューサー、レフェリー、そしてタレントと様々な顔を持つ現役格闘家です。 高校2年生のときに極真会館芦原道場に入門、19歳で石井館長とともに正道会館を設立します。93年32歳の時にK−1がスタートすると、活躍の場をK−1にも広げます。 2003年5月3日、ラスベガスで武蔵選手を相手に引退試合を行った際には、何度もダウンを奪われながらリングで仁王立ちする角田選手の姿に、地元アメリカファンからも大きな喝采を受けました。引退後はK−1競技統括プロデューサーに就任しますが、去年3月のK−1韓国大会で現役復帰。曙選手と復帰戦を戦いました。K−1通算成績は26戦13勝9敗4引き分け7KOです。 まだまだ現役、角田選手の挑戦は続きます。 |
| ★2006/3/4(土)のゲストは 若の里さん(大相撲) | |
![]() |
▼プロフィール 1976年7月10日生まれの29歳、身長184cm体重158キロ、青森県出身です。 りんご園の次男として育ち、小学校3年生で相撲を始めます。中学時代は相撲部のある弘前市立第二中学へ越境通学、3年生のときに、弘前巡業で憧れの貴花田関に胸を出してもらったこともあります。高校にあがるとき、数々の部屋から勧誘を受けましたが、進学か入門か悩み、一時は弘前実業高校への入学試験も受け合格もしていました。しかし、2月に前々から説得されていた鳴門親方が尋ねて最後の一押しをしたのを機に一気に入門を決意。92年15歳で鳴門部屋に入門します。その年の三月場所で初土俵を踏むと、5年後の21歳11月場所で新十両、翌年22歳五月場所で新入幕を果たします。 その後、数々の怪我に泣かされますが、2000年24歳11月場所で小結昇進。2001年には関脇に昇進すると、2002年初場所から2005年初場所まで歴代最長19場所連続で三役をつとめるなど、次の大関候補と大きな期待がかかりました。 しかし、昨年九月場所、白鵬戦で右足を痛めると、十二月場所も全休し、番付は前頭16枚目まで大きく下がってしましました。怪我から復活の今年の初場所では10勝5敗と勝ち越し、次の春場所の番付は前頭11枚目にあがっています。 怪我から完全復活し、悲願の初優勝に期待がかかります。 |
| ★2006/2/25(土)のゲストは 松下浩二(卓球 バルセロナ〜アテネ4大会連続五輪 日本代表) | |
![]() |
▼プロフィール 1967年8月28日生まれの38歳。身長172cm、愛知県出身です。 卓球を始めたのは双子の弟と一緒に小学生のときでした。その後、愛知の桜ヶ丘高校から明治大学をへて、協和発酵に入社します。しかし、入社3年目、25歳の時に「リスクを負わなければ強くなれない」と社員という待遇を自ら辞め、日本人初のプロ卓球選手に転向します。するとその翌年には、全日本選手権でシングルで初のチャンピオンとなり、97年には世界選手権ダブルスで銅メダルを獲得します。また国内のほかにも活躍の場を世界に向け、世界最強といわれるドイツブンデスリーガをはじめ、スウェーデン、フランスなど欧州3大リーグも経験。世界に「マツシタ」の名を大いにアピールしました。また2002年には初めて中国リーグへの参戦も果たしています。オリンピックは92年のバルセロナからアトランタ、シドニー、アテネと4大会連続出場。日本のトッププレーヤーとして君臨し続けています。38歳という年齢ながら去年の日本ランキングはシングルで2位でした。まだまだ現役!次の北京も期待がかかります。 |
| ★2006/2/18(土)のゲストは 森島寛晃 選手(サッカー セレッソ大阪) | |
![]() |
▼プロフィール 1972年4月30日生まれの33歳、身長は168cm体重62kg、広島県出身です。 小学2年生と時にサッカーを始め、中学3年生まで地元・広島の大河(おおこう)FCでプレーします。その後、静岡の名門東海大一高を経て、1981年セレッソ大阪の前身ヤンマーへ加入、以後セレッソ大阪一筋「ミスターセレッソ」として多くのファンを魅了し続けています。 ワールドカップも1998年のフランス大会、2002年の日韓共催大会と2大会連続で日本代表入りし、日韓共催大会では、予選リーグのチュニジア戦でゴールを決めるなど、日本初のベスト16に大きく貢献しました。 去年のJリーグでは悲願の初制覇まで、本当にあと一歩。勝てば優勝という地元長居スタジアムでの東京FC戦に2対2の同点・・・惜しくも優勝はなりませんでした。 10月3日にはJ1、J2合わせて100ゴールと、史上6人目となる快挙を達成 現在、チームではヤンマー時代からの唯一の生え抜き選手「モリシ」、まだまだ若いもんには負けられません! |
| ★2006/2/11(土)のゲストは 今岡誠 選手(プロ野球 阪神タイガース) | |
![]() |
▼プロフィール 1974年9月11日生まれの31歳、身長185cm体重85kg、宝塚市出身です。 野球を始めたのは小学1年生のとき、小学時代は地元の「小浜タイガース」、中学にあがると「宝塚シニア」で活躍します。中学3年の時にはキャプテン・エースとしてチームを初の全国大会に導きました。高校で名門PL学園に入ると内野手に転向、92年春の選抜では3番セカンドでベスト8入りしました。東洋大学に進学すると、1年生からクリーンアップを任されホームランと打点の2冠王を獲得、また4年生の秋には東都大学史上9人目となる100安打を達成します。また、96年アトランタオリンピックにも日本代表として出場、打率4割3分5厘、2ホームランの成績を残し、銀メダルを獲得しました。 96年秋ドラフト1位で阪神タイガースに入団すると、2003年には首位打者、2005年には打点王を獲得し、タイガースのセリーグ優勝に大きく貢献しています。 ラーメン好きでも有名で、趣味の将棋の腕はなんと2段!! 今や誰もが認める「ミスタータイガース」、今年でプロ10年目を迎えます。 |
| ★2006/2/4(土)のゲストは 杉山直久 選手(プロ野球 阪神タイガース) | |
![]() |
▼プロフィール 1980年12月25日生まれの25歳、身長182cm体重80kg、舞鶴市出身です。 小学4年生のとき「南舞鶴スポーツ少年団」で野球を始めます。中学にあがるとボーイズリーグの「舞鶴ベースボールクラブ」に所属しますが、そのときは控えピッチャーでした。 東舞鶴高校では1年生から背番号1をつけエースとして活躍しますが、甲子園出場はありませんでした。龍谷大学に進学すると、2年生の春には京都産業大学相手にノーヒットノーランを達成。 秋の明治神宮大会ではチームベスト4にも貢献し、一躍プロ注目投手になりました。 2002年ドラフト自由枠でタイガーに入団。プロ初勝利を挙げた2004年の成績は2勝2敗。しかし、2005年にフォームを変えると9勝をマークします。規定投球回数にわずかに届かなかったものの防御率は2.94と、タイガース2年ぶりのリーグ優勝に大きく貢献しました。 去年結婚もし家庭も充実。次期エース候補の杉山投手の今シーズンは二桁勝利に期待です! |
| ★2006/1/28(土)のゲストは 名城信男 選手(ボクシング) | |
![]() |
▼プロフィール 1981年10月12日生まれの24歳、身長163cm体重58kg、奈良市出身です。 大阪長居の六島(むとう)ジム所属で、現在の通算成績は7戦7勝4KO。ランキングはWBA世界スーパーフライ級2位です。 2003年7月、プロデビュー戦を1ラウンドKO勝ちで飾ると、去年2005年4月プロ6戦目で田中聖二選手を10ラウンドTKOで破り、日本チャンピオンに躍り出ます。11月にはプロスパー松浦選手との防衛戦も10ラウンド判定勝ち、初防衛に成功します。その後、日本タイトルを返上すると、次の対戦相手はWBA世界スーパーフライ級チャンピオン、メキシコのマーティン・カスティーリョに決定。この試合に勝つと、元世界チャンピオン辰吉丈一郎選手のもつデビュー8戦目での世界チャンピオンという、国内最速記録に並びます。 狙うは国内最短タイとなる世界チャンピオン、名城選手の次の試合は目が離せません! |
| ★2006/1/21(土)のゲストは 金丸祐三 選手(陸上・大阪高校) | |
![]() |
▼プロフィール 1987年9月18日生まれの18歳、現在大阪高校の3年生です。 身長は177cm体重72kgです。 中学校のときに陸上を始め、大阪高校に進学すると一気に短距離で実力を磨きます。 2年生の2004年10月、埼玉国体の400m決勝に進出すると45秒89、それまでの為末選手の高校記録を塗り替えます。翌2005年6月の日本選手権では高校生ながら実業団選手を抑えて、見事優勝しました。また、8月のヘルシンキで行われた世界陸上では史上最年少で日本代表選手に選ばれ、1600mリレーの第1走者として世界を経験しました。その後次々に自己記録を更新し、現在の400m自己ベストは45秒47、これはもちろん高校記録です。 スタート前に両手を広げブラブラ踊る「金丸ダンス」でも人気上昇中。この春からは法政大学へ進学し、14年破られていない高野進さんの日本記録44秒78の更新に期待がかかります。 |
| ★2006/1/14(土)のゲストは 今井メロ 選手(スノーボード) | |
![]() |
▼プロフィール 1987年10月26日生まれの18歳、身長156cm大阪市豊中市出身で、トリノオリンピック スノーボードのハーフパイプ日本代表選手です。また、お兄さんの童夢(どうむ)さん、とともに天才スノーボード兄妹として有名です。7歳でスノーボードとウェイクボードを始め、小学校6年生のときには史上最年少12歳でプロスノーボーダーに認定されました。2002年、15歳で世界ジュニア選手権を制覇すると、ワールドカップ初のフル出場となった2004年には女子ハーフパイプで総合6位、早くも世界の強豪と互角に渡り合います。本格参戦2年目の2005年には全7戦のうち優勝2回、表彰台に合計5回のぼる圧倒的な強さを見せ、若干17歳でハーフパイプの年間総合チャンピオンに踊り出ました。 今年9月に登録名を「成田夢露」から「今井メロ」に改名。 トリノでは、日本人冬季五輪最年少となる、18歳3ヶ月での表彰台に期待が高まります。 |
| ★2006/1/7(土)のゲストは 織田信成 選手(フィギュアスケート) | |
![]() |
▼プロフィール 1987年3月25日生まれの18歳。身長164cm体重52kg、大阪の高槻市出身です。 スケートを本格的に始めたのは7歳のとき、以後コーチであるお母さんの憲子さんと二人三脚でフィギュアスケートに取り組みます。織田選手が一気にブレイクしたのは2005年に入ってから。3月にカナダで行われた世界ジュニア選手権で見事優勝、日本人二人目となる男子でのジュニア制覇という快挙を成し遂げました。また、丁度この頃、戦国武将織田信長の末裔ということでも話題をさらいました。 シニアになると、初めての国際大会である10月のジャパン・インターナショナル・チャレンジで3位に入ると、続くスケートカナダで3位、そして12月のNHK杯では見事初優勝を果たしました。 現在関西大学1年生。若き織田選手が一気にトップフィギュアスケーターに踊り出ました! |
| ★2005/12/24(土)のゲストは 曙 選手(格闘家) | |
![]() |
▼プロフィール 1969年5月8日生まれの36歳。身長2m3cm体重219kgハワイ・オアフ島出身です。 ハワイではバスケットボールをしていましたが、元高見山の東関部屋にその体格を見込まれ、相撲界に入りました。88年に同期の若花田、貴花田とともに初土俵をふみ、ライバルとして数々の名勝負を演じました。通算の優勝回数は11回。93年の初場所では、外国人としては初となる第64代横綱に昇進。しかし、ひざ痛が原因となり2001年1月に引退となります。 その後は、東関部屋の曙親方として後輩の指導にあたっていましたが、2003年11月、日本相撲協会に退職届を提出、プロ格闘家に転進します。 デビュー戦は2003年大晦日のボブ・サップ戦。全国が注目した一戦でしたが、結果は惜しくも1ラウンドKO負けを喫してしまいました。現在、K−1での通算成績は1勝8敗です。 今年は全日本プロレスを中心に活躍の場をプロレスにも広げていますが、晦日はもちろん三度目の「K-1ダイナマイト」!ボビー・オロゴン選手と戦います。 |
| ★2005/12/17(土)のゲストは 野茂英雄 選手(MLB) | |
![]() |
▼プロフィール 1968年8月31日生まれの37歳、身長188cm体重104kg、大阪の港区出身です。 成城工業高校から新日鉄堺に進み都市対抗野球などで活躍していた88年、現在ヤクルトの兼任監督の古田選手らとともにソウルオリンピックに日本代表として出場、銀メダルを獲得しました。 89年のドラフト会議では当時史上最多の8球団から指名を受け、近鉄に入団。日本では最多勝と最多奪三振を4年連続獲得するなど球界No1投手として、5年で78勝を記録しました。 95年、アメリカに渡りロサンゼルス・ドジャーズに入団。 日本人2人目のメジャーリーガーとして先発ローテーションに入ると、1年目から13勝を記録。オールスターでも先発投手を経験し、全米に「トルネード旋風」を巻き起こしました。 その後、96年、2001年と2度のノーヒットノーランを達成、今年の6月には日米通算200勝を達成するなど、私達日本人に多くの感動を与えてくれています。 また、2004年には堺市に「NOMOベースボールクラブ」を設立、アマチュア野球界の発展にも努力しています。日本メジャーリーガーのパイオニア野茂選手の今後にみんなが注目しています。 |
| ★2005/12/10(土)のゲストは 亀田興毅 選手(ボクシング) | |
![]() |
▼プロフィール 1986年11月17日の19歳。身長166cmで大阪市西成区出身です。 小学4年の時に空手世界ジュニア大会で優勝し、11歳から父親・しろう史郎さんの英才教育を受けて、ボクシングを始めます。中学校卒業後は、高校に進学せず、ボクシングの道に進み17歳の誕生日にプロに転向。今年8月横浜で行われた東洋太平洋フライ級王者でタイのワンミーチョック・シンワンチャー選手に挑戦し3ラウンドKO勝ちで初タイトルを獲得しました。 先月、さいたまスーパーアリーナで行われた世界タイトルマッチの前哨戦でWBA世界ミニマム級前王者のノエル・アランブレット選手に完勝しプロに入ってここまでの戦績は9戦全勝です。 現在WBA世界フライ級とWBC世界フライ級のランキングはともに8位と、2つの階級で世界トップ10入りを果ています! 来年3月にはプロ10戦目のも決まり、御存知「浪速の闘拳」は着実に世界への階段を登っています! |
| ★2005/12/3(土)のゲストは 朝原宣治 選手(陸上) | |
![]() |
▼プロフィール 1972年6月21日生まれの33歳、身長179cm体重73キロで神戸市出身です。 中学時代はハンドボール部のレギュラーで全国大会出場を果たしています。 陸上競技を始めたのは高校に入ってから。夢野台高校時代は走り幅跳び専門で、高校3年時代には走り幅跳びでインターハイ優勝を果たします。同志社大学に進学すると短距離の指導を受け、93年には秋季国体準決勝で10秒19の日本記録をマークします。 98年8月の世界選手権4×100mリレーでは38秒31のアジア記録を打ち立て、このアジア記録はいまだに破られていません。また、アテネオリンピックでは4×100mリレーのアンカーとしての決勝に残り4位とメダルまであと一歩の成績でした。自己最高は100m歴代2位の10秒02、200mは歴代4位の20秒39、走り幅跳びは歴代4位の8m13です。 オリンピックは96年のアトランタからシドニー、アテネと3大会連続出場中。 現在大阪ガス勤務で、奥様は元シンクロ日本代表の奥野史子さんです。 |
| ★2005/11/26(土)のゲストは 元木由記雄さん(ラグビー神戸製鋼) | |
![]() |
▼プロフィール 1971年8月27日生まれの34歳、身長177cm体重91キロ、大阪府東大阪市出身です。 ラグビーを始めたのは中学生のときで、その後、大阪工大高、明治大学、神戸製鋼とラグビーのエリートコースを進んできました。大阪工大高2年の時に全国制覇、明治大学4年間で3度の学生日本一、神戸製鋼でも3度の日本選手権優勝、と輝かしい結果を残しています。 日本ラグビー史上、キャップ数が70を超える唯一の選手で、現在のキャップ数は79。 ワールドカップも日本で唯一、4大会連続出場中です。 また、ご自身の著書で「パニック障害」と闘いながらプレーをしていたことを発表し、多くの人を勇気付けています。 “鉄人”“ミスターラグビー”と呼ばれ、誰もが認める日本ラグビー界の精神的な柱です。 34歳になってもまだまだ進化しつづけます。 |
| ★2005/11/19(土)のゲストは 山田晋三 選手(元アメリカンフットボールプロ選手) | |
![]() |
▼プロフィール 1973年9月8日生まれの32歳、身長181cmで栃木県出身です。 アメリカンフットボール選手時代のポジションは守備の要、ラインバッカーでした。 小学4年生の時、父親の仕事の関係で滞在していたテネシー州メンフィスでアメフトを始め、帰国後、関西学院で中学、高校、大学とアメフトを続けます。 関西学院大学2年生の93年には甲子園ボウルで勝ち大学日本一に、卒業後は、Xリーグのアサヒ飲料チャレンジャーズに入部し、2000年2001年と2年連続で社会人日本一を経験しています。 2001年にはアメリカに渡り、新興プロリーグXFLのメンフィス・マニアックスに入団。日本人初の北米プロフットボール選手になりました。その後もAFL、NFLヨーロッパ、NFLと次々に参加し、3大陸でアメフトのプロ選手としてプレーしました。 今では現役を引退し、AFLやNFLヨーロッパに選手を派遣する仕事をしています。 |
| ★2005/11/12(土)のゲストは 山本KID徳郁 選手(総合格闘家) | |
![]() |
▼プロフィール 1977年3月15日生まれの28歳、神奈川県出身。身長163cm体重66kg。 レスリングを始めたのは物心がついた時。それもそのはずで、家族は言わずと知れたレスリング一家。 お父さん郁栄(いくえい)さんはミュンヘンオリンピック日本代表、お姉さん美憂さん、妹聖子さんも世界選手権を制覇していて、KID選手もインカレ優勝や、全日本選手権2位など輝かしい成績を残しています。 山梨学院大学を卒業後、総合格闘技を学ぶためエンセン井上さんに師事。 そして総合格闘技「修斗」に進みます。2004年からは主な戦いの場所をK-1に。 去年の大晦日「K-1ダイナマイト」の魔裟斗選手との戦いは、NHK紅白の裏ながら瞬間最高視聴率31.6%を叩き出し、全国の注目を浴びました。 今年の大晦日は同じく「K-1ダイナマイト」の舞台で須藤元気選手とのミドル級世界王座のタイトルマッチが決定。“神の子”KID選手が今年も大晦日の主役に躍り出ます。 |
| ★2005/11/5(土)のゲストは 古閑美保 選手(プロゴルファー) | |
![]() |
▼プロフィール 1982年7月30日生まれの24歳、身長167cmで熊本県熊本市出身です。 3歳からお父さんの熱血指導のもと野球を始め、小学4年生で少年野球チームに入ります。 5年生の時には、唯一の女子選手ながらエースで4番とチームの大黒柱として活躍しました。 ゴルフを始めたのは、同じ5年生の時でした。坂田信弘さんの主催で有名な「坂田塾」でゴルフを始めながら、野球との両立に悩みますが、ゴルフ一本で行くことを決意。以後は、数々のアマチュアタイトルを獲得、東海大二高校を卒業した年に、プロテストに一発合格しました。 2003年には「ヨネックスレディース」「エリエールレディース」と2大会で優勝を修め、獲得賞金も3位にランキングされました。去年の「IDC大塚家具レディース」から約1年、優勝から遠ざかってはいますが、新時代を迎えた女子ゴルフ界のヒロインであることは間違いありません。 |
| ★2005/10/29(土)のゲストは 安藤統男さん「日本シリーズ大反省会」 | |
| ★2005/10/15(土)のゲストは 波多野和也 選手(プロ・バスケットボール選手「大阪エヴェッサ」) | |
![]() |
▼プロフィール 1982年4月19日生まれの23歳、ブラジル出身です。身長192cm体重85kg。 今年誕生した大阪初のプロバスケットボールチーム「大阪エヴェッサ」初代ドラフト1位選手で、ポジションはスモール・フォワード、ニックネームは「ジェイ」です。 お母さんがブラジル人で、波多野選手も9歳までブラジルで育ちました。子供の頃の夢は、もちろん“サッカーブラジル代表”でした。 日本に帰国後、静岡学園高校、専修大学とバスケットボール一筋。去年のインカレでは優秀選手賞を獲得し、専修大学の準優勝にも大きく貢献しました。 派手なプレーで「魅せるバスケ」の波多野選手がプロ元年を大阪で迎えます。 |
| ★2005/10/8(土)のゲストは 吉井理人 選手(プロ野球・オリックス バファローズ) | |
![]() |
▼プロフィール 1965年4月20日生まれの40歳、和歌山県ご出身です。箕島高校時代は2度甲子園に出場しました。 1983年ドラフト2位で近鉄に入団、5年目の1988年には抑え投手として活躍し、 10勝24セーブで最優秀救援投手のタイトルを獲得しました。 1995年、プロ13年目にヤクルトに移籍し3年連続2桁勝利を記録、そして98年にはFAで巨人などの誘いを断り、メジャーリーグのニューヨーク・メッツに入団します。 メジャー2年目には12勝をあげるなど、メジャー通算は32勝です。 コロラド・ロッキーズ、モントリオール・エクスポズとチームを渡り歩き、2003年にはオリックスで日本球界に復帰、初の開幕投手も務めました。2004年オフには戦力外通告を受けますが、その翌年2月には仰木監督率いる新生オリックスバファローズにテスト入団しました。 今シーズンの成績は6勝5敗。5月から7月には日本記録となる40代での6連勝を記録するなど、プレーオフ争いをするチームに大きく貢献しました。 |