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国道42号を南に走る PART【1】

2007/8/12放送
【リポーター:多聞 恵美】

和歌山県庁前からスタートします。
国道42号の起点、和歌山県庁前から新宮方面に向って太平洋の黒潮を見ながら南に走ります。「稲むらの火の館」、「アメリカ村・カナダ移民資料館」、「日の岬国民宿舎」、「エビとカニの水族館」、「くじらの博物館」を訪ねて、興味深い話をたくさん伺ってこようと思います。

国道42号の起点和歌山県庁前

稲むらの火の館
田郡広川町にある「稲むらの火の館」に来ました。館長の丸山篤さんにこの館について伺います。

― 「稲むらの火」とはどういう意味ですか?

丸山さん: 「稲むらの火」という話からきています。今から約150年前、安政元年に大きな津波がこの付近を襲った時、濱口五平(実名は濱口梧陵)は自宅前の稲むら(稲束を重ねたもの)に火を放ち、この火を目印に村人を安全な高台に避難させました。

― その時の津波は、どれほどの規模だったのですか?

丸山さん: 安政の津波は震度8.4だそうで、昭和21年にもう一度同じところに地震津波があり、その時の震度は8.0でした。安政の津波の後、濱口梧陵が私財を投じて長さ650メートル、高さ5メートルの堤防を造っていたおかげで、昭和21年の津波の時は、直撃を免れ、この付近一帯は被害が非常に少なくて済みました。

― 「濱口梧陵記念館」は、その濱口梧陵さんのお屋敷だったところですか?

丸山さん: そうです。この記念館の他にも3階建ての建物がございまして、津波の勉強をしていただける教育センターとなっています。

― 地震や津波の被害に備えるためにも、たくさんの人に訪れていただきたいですね。

「稲むらの火の館」
「稲むらの火の館」
「稲むら火の館」館内
「稲むら火の館」館内
「稲むらの火の館」館長の丸山篤さん(写真右)
「稲むらの火の館」館長の丸山篤さん(写真右)

アメリカ村・カナダ移民資料館と日の岬国民宿舎

「カナダ移民資料館」館長の西浜久計さん(写真右)
「カナダ移民資料館」館長の西浜久計さん(写真右)
「カナダ移民資料館」館内
「カナダ移民資料館」館内
昭和初期に建てられた洋風の建物
昭和初期に建てられた洋風の建物
「日の岬国民宿舎」
「日の岬国民宿舎」

高郡美浜町は通称アメリカ村と呼ばれています。「カナダ移民資料館」館長の西浜久計さんにお話をお伺いします。

― ここはどういった所ですか?

西浜さん: 美浜町は日本一の移民村で、当時は日系カナダ人の1割を美浜町の出身者が占めていました。本来はカナダ村という方が正しいのですが、カナダへ行くことを「アメリカへ行く」と言ったようで、周りの人々は「アメリカ村」と呼びました。大阪の心斎橋にあるアメリカ村は有名ですが、ここは元祖アメリカ村ということになりますね。

― 町の所々に、年代を感じる洋風の建物がありますね。

西浜さん: 昭和初期に建てられた洋風の建物のことですね。他の県は政府の指導で移民しましたが、美浜町の移民は、自分たちの意思とお金でカナダに向かいました。漁業を営んでいる人たちが移民しましたので、移民先のカナダ太平洋岸の漁業、特に鮭漁の振興に非常に貢献しました。そういう歴史的な仕事をした人々が帰国し、この村に帰ってきて、元祖アメリカ村を築いたということです。当時帰国した人々はベッドで寝たり、朝食にパンを食べたり、英語まじりの日本語を使っていたということです。

― この町の移民の歴史を知ることができますね。そして「アメリカ村カナダ移民資料館」の隣に国民宿舎があります。「国民宿舎日の岬」の藤森千絵さんにちょっとお話を伺いたいと思います。この国民宿舎の目玉と言えるのはやっぱり景色ですか。

藤森さん: はい。雄大な黒潮を360°望むことができる素晴らしいロケーションです。「朝日夕陽100選」にも選ばれていて、晴れた日には四国を見ることが出来ます。

― お料理も楽しみですね。

藤森さん: この下のあおの漁業で取れたお魚を、お出ししています。

国道42号
国道42号

◆稲むら火の館ホームページ: http://www.town.hirogawa.wakayama.jp/41fr.html
◆日の岬国民宿舎ホームページ: http://www.hinomisaki.co.jp/


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