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開坑1200年の生野銀山 PART【1】

2007/8/26放送
【リポーター:多聞 恵美】

播但連絡道路で生野銀山に向かいます。
大同2年(807年)に開坑したと伝えられる生野銀山は、江戸幕府や明治政府の直轄鉱山として栄えました。昭和43年に閉山しましたが、当時の採掘風景が再現されている坑道を歩きます。また、古い町並みが保存されている生野町口銀谷(くちがなや)地区を訪ねます。

播但連絡道路

生野銀山
野銀山管理部長の田上正昭さんにお話を伺います。
―  世界遺産の島根県石見銀山とともに、日本の2大銀山の1つ、生野銀山は今年で開坑1200年を迎えますね。

田上さん: はい。実際に銀を採掘したのは1540年代から江戸時代末期までの約350年間と明治になってから約100年間です。

― 石見銀山は公開されている坑道部分が少ないということですが、生野銀山はいかがですか?

田上さん: 生野の場合も掘った跡、間歩(まぶ)が沢山ありますが、安全な坑道部分のみを公開しています。

― 公開されている坑道を歩くとどれくらいの時間がかかりますか?

田上さん: 30分から40分ぐらいですが、ガイドをつけて、詳しく説明しますと約1時かかります。

― 早速、田上さんに坑道を案内していただきます。入ってすぐに涼しくなってきましたね。

田上さん: 夏場は最高ですね。年間を通じて坑道内の気温は13度です。

― 冷蔵庫の中に入ったみたいです。

田上さん: ここは現代坑道でして、この下に昔はトロッコが走っていました。昭和48年に閉山する際にダイナマイトを使って坑道を広くしました。

菊の御紋が入った生野銀山の石門
菊の御紋が入った生野銀山の石門
生野銀山管理部長の田上正昭さん(写真右)
生野銀山管理部長の田上正昭さん(写真右)
公開されている坑道
公開されている坑道
採掘の様子を復元
採掘の様子を復元
採掘の様子を復元
採掘の様子を復元

― 木箱が積み上げられている所がありますが、これは何ですか?

田上さん: 日本酒・焼酎・ワインなどのお酒の熟成庫です。坑道内にたくさん寝かしてあります。年間を通じて気温や湿度が一定で、お酒の熟成に非常に向いています。

― 下を覗き込むと谷のようになっているところがありますね。

田上さん: 鉱脈層が大きな口をあけています。何億年前に、地割れを起こしてここから熱水が吹き上げてきて鉱石が溜まっていた跡です。幅が70センチから1メートル50センチで、奥行きは、1キロぐらいあります。

― 今歩いている場所は地上と同じくらいの高さですか?

田上さん: そうですね。

― これより下は危険で入れないのですか?

田上さん: はい、地下水が湧いてきていますので入る事はできません。ちょっと止まってみてください。

― 追い風というか、後ろから風が吹いていますね。

田上さん: 外では、四方から風が流れますが坑道内は常に一方向に風が流れていています。

鉱山資料館
鉱山資料館
鉱山資料館館内
鉱山資料館館内

◆生野銀山ホームページ: http://www.ikuno-ginzan.co.jp/

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