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国道24号 平城宮〜寺内町今井町〜葛城の道 PART【1】

2007/9/16放送
【リポーター:多聞 恵美】

国道24号を平城宮跡からスタートします。
国道24号を平城宮跡からスタートして、橿原市寺内町今井町と御所市「葛城の道」を訪ねます。平城宮は約1300年前の都で現在も歴史とロマンを伝えます。寺内町今井町では歴史的町並みについてお話を伺い、古代豪族ゆかりの道の「葛城の道」を歩きます。

平城宮朱雀門

平城宮朱雀門の前
平城宮朱雀門の前

平城宮跡
城宮の朱雀門の前にいます。大きくて立派な門です。平城宮の面積はなんと甲子園球場の30個分もあり、天皇のお住まいや官公庁がありました。現在、平城宮跡地にある資料館や遺構展示館には、出土遺物や復元模型など貴重な資料が展示されています。また、ここからの眺望は素晴らしく、奈良盆地を囲む山並みや東大寺の伽藍などを一望できます。2010年には平城京が誕生して1300年を迎え「平城遷都1300年記念事業」としてPRするための様々な行事やイベントが行われています。

寺内町今井町
「今井町並み保存会」副会長古林壮介さんと、「今井町並み保存整備事務所」の北川清利さんにお話を伺います。
― 今井町はどういった町ですか?

古林さん: 今井町は戦国時代、一向宗本願寺の僧侶今井兵部卿豊寿がこの地に(※)寺内町を建設したのが始まりです。1568年に織田信長と対立し、戦いに備えるために寺を中心に城塞都市の形態を整えましたが、明智光秀を通じて織田軍と和睦し、大事にならずにこの町が残りました。その後、経済的特権を利用して大阪や堺との交流が盛んになり、商業都市として変貌しました。江戸時代には大和の金の7割は今井町にあるといわれるほど繁栄しました。
(※)寺内町
中世末期、浄土真宗本願寺派などの寺院の境内に築かれた集落で、周囲に堀をめぐらせ土居があるのが特徴です。税制面などの経済的特権が認められ多くの庶民が移り住み繁栄しました。

― 戦国時代から商売人が多い町だったのですか?

古林さん: 織田信長との和睦後に商売人の町、商業都市として発展しました。現在、東西600メートル南北300メートルほどの今井町は寺内町として、平成5年12月8日に重要伝統的建造物群保存地区に指定されています。また民家700軒のうち500軒が江戸時代からの伝統的建築で、そのうち9軒が国の文化財に指定されています。

― 今井町並み交流センターの「花甍(はないらか)」はどういった場所だったのですか?

北川さん: 明治36年、奈良県初の社会教育施設として建築されました。左右対称の大和にふさわしい明治建築です。現在は、1階は資料室や展示室、2階は講堂として開放し今井町研修の拠点として活用されています。

古林さん: 今井町を見学に来られるときは、まず最初に交流センター「花甍」に寄っていいただいて、今井町の歴史を知ってから町の中を散策していただくと、より今井町の特徴や歴史が理解していただけると思います。

― 現在、町並み保存会はどのような活動をされていますか?

古林さん: 先人から守ってきた町並みをしっかり受け継ぎ次の時代にバトンタッチできるようにがんばっていきたいと思います。


重要伝統的建造物群保存地区の寺内町今井町
重要伝統的建造物群保存地区の寺内町今井町
今井町の町並みを歩く
今井町の町並みを歩く
今井町並み交流センター 「花甍」
今井町並み交流センター 「花甍」
町並み保存会の古林さん(中)と整備事務所の北さん(右)
町並み保存会の古林さん(中)と整備事務所の北さん(右)
京奈和自動車道を御所市に向かって走ります
京奈和自動車道を御所市に向かって走ります


◆平安遷都1300年記念事業協会ホームページ: http://www.1300.jp/
◆今井町町並み保存会ホームページ: http://www3.kcn.ne.jp/~imaicho/

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