マイ・ストーリー
12月24日放送
音のない音のプレゼント
 
31歳 女性
それはちょうど今から十年前、私が大学三回生のときのことです。
私は教育学部の小学校教員養成課程にいて、いろいろな学校へ教育実習に飛び回っている最中でした。
まずは付属の小学校、保育園、そして養護学校。
最後にいった学校は聾学校で耳の不自由な子どもたちが勉強していました。
その聾学校で私は忘れられない話を聞き、経験をしました。

聾学校にくる子どもの大半は、耳に特別な補聴器をつけて音をより拾えるようにしていますが、ほとんど聞こえないので授業は手話をまじえた身振り手振りで、先生たちはより多くのことを子どもに伝えようとそれこそ汗を流しながらジェスチャーで頑張ってらっしゃいました。
音がないというのがこれほど物事を伝えるのに大変なんだなぁと実感しながらも屈託なく笑い、学び、遊ぶ子どもたちは、それはそれはかわいいものでした。
そんな子どもたちとのふれあいの時間を終えて、今日が実習の最後という日に、小学校3年生の男の子が私の手をひっぱっていくではありませんか。
ひかれるままについていってみると、その子は自分のノートを破って見せてくれたんです。
「先生、ありがとう。耳はきこえないけど、これはすごい音楽なんだ」と。
そこには、ノートいっぱいに音符が書いてあったんです。
音のない、けれど音のプレゼント。この子は音ってどんなだろう?
と思いながらこの音符を書いたのだろうか? 私を喜ばすために?
自然と涙が出ました。

その後、担任の先生から聞いたことですが、児童たちは入学してから必死に指文字といって、指で「あ」とか「い」とかを表現することを手話の前に最初に学ぶそうなんです。
そして十歳くらいまでに「言葉」という概念を身につけないと、言葉を理解できないようになってしまうそうなんです。
その先生は「ここがこの子達にとって正念場なんです。」
と言ってらっしゃいました。
また、受け持った児童の中には、指文字を頑張って覚えれば耳が聞こえるようになるんだと思っている子もいるらしく、そんな子達が自分の耳はずっと聞こえないんだと悟るのも、それくらいの年齢だと聞きました。
ある児童が手話で
「自分の耳がもうだめなんだと知ったとき一晩中泣きました。
それであきらめました。」
といったそうです。
その話をきいて、またまた涙してしまった、私たち実習生でした。

あれから十年、私は学校の先生になる代わりに教育を行政の現場からサポートしたいと思い行政職につきました。
まだまだ教育に関われていないし、現場から遠ざかって久しいのですが、今でも「音のない音のプレゼント」とあの聾学校での経験は忘れたことがありません。
 


Copyright (c) 2006, Mainichi Broadcasting System, Inc. All Rights Reserved