マイ・ストーリー
1月7日放送
蓑虫の晴れ着
 
72歳 女性
私七歳、弟四歳、妹生後六ヶ月を残し、母は産後のひだち肥立ちが悪く、昭和十七年一月に他界しました。

だだっ広い家屋敷に父は戦地で留守。祖父が育ててくれていました。
そんなころ、「藤森のおばちゃん」と呼んでいた人がひとり離れ家を借りてくれていました。
いつもミシンをかけ、抱っこ人形の服を縫う内職をしていました。
当時の化繊で「スフ」というじんけん人絹は色をピカピカ光らせて、女の子の私にはいじりたい布です。
「おばちゃーん」
とよく部屋に入っていっていました。ある時、
「遼子ちゃん、この箱開けてごらん」
とお菓子の空箱を私に渡しました。
蓋をとってびっくり、声になりません。
これなに・・・としばらく見入っている私に、おばちゃんの説明は、スフの色とりどりのハギレを米粒くらいに切り刻み、その中に蓑虫を入れておくと、粘液で、この切れくずで蓑を作っていくことを教えてくれました。
蓑虫が本当に綺麗なきれいな振袖を着ているようでした。
こんな晴れ着を着て、枯れ木にゆらゆらしていたら、皆に愛されるだろうなあ・・・・と思ったことを思い出します。

そんな日もあって、おばちゃんは、女の子を産みました。
そしてどれ程たったでしょう。
内地も戦乱の火の粉をかぶるやもと噂が広まり、おばちゃんは郷里に帰っていきました。

おばちゃんは日陰の身であったとか。
祖父がぽつんといった事を覚えています。
 


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