| 1月14日放送 |
父のお弁当バッグ |
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44歳 女性 |
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4歳の私は必死で「いやあ、いやあ!」と泣き叫んでいた。
父が、とんでもないものを持ってくるのを予感していたからだ。
その日、私は母と一緒に、翌年の春、入園する保育園の一日保育に参加した。ひと通りの保育園日程が終わり、優しい笑顔の園長先生から入園グッズの説明を受けた。
「お弁当バッグを準備してください」
すでにそれを誇らしげに肩から掛けた貴子ちゃん、正子ちゃんはお母さんと目を合わせて余裕の笑顔。
子供ながらに出遅れを感じた私は、みんなのデザインを観察し、
「お姫様の絵は子供っぽいから、私はまゆずみ黛ジュンみたいな髪の毛のクルンとしたショートカットの女の子の絵にしよう」
等と考えていた。
隣で説明を聞いていた母にねだるまでも無く、「明日、町まで買いにいかんとね」の言葉を聴いたときの嬉しさは、心に甘い綿菓子が一杯に詰まったようだった。
夕食を終え、晩酌でご機嫌の父にその話をした時、
「おお、それならピッタリのモンが、うちの木小屋にあるはずだ」
と立ち上がった。父の背中を見て、取り返しのつかないことが起こりつつある恐怖を感じた。
「いやあ、絶対ない、うちにそんなの絶対ない!」
果たして父は、古ぼけたこげ茶色の皮のバッグを持ってきた。
ところどころカビまで生えて、ふたを開けたらバリバリ痛そうにバッグが叫んだような気がした。私は一瞬のうちに、それを肩にかけ、お友達の嘲笑を浴びながら通園する自分の姿を想像した。
中から出てくるお弁当も、醤油の味付けばかりの茶色いものしか似合わないだろう。
「これは俺の爺さんのいとこの叔父さんが利尻に渡って
狩猟をしていたときの・・・」
自慢げに説明する父の言葉に母は、
「まあまあ、そんな古いもん、使えんでしょう」
と笑って言ったが、私は思考停止となり、泣くことも止め、コタツにもぐりこんで眠ってしまった。
しばらくして起こされた。寝ぼけ眼の私は、母の手に引かれながら、バッグを磨く父の姿をぼんやりと見た。
朝絞った乳牛の乳をタオルにしみこませ、磨いては頬擦りをして、父は古ぼけたバッグに命を吹き込むことに夢中だった。
「ほら、だいぶ柔らかくなっただろ?」
私の手を持っていったその場所は確かにしっとりとしていて、
「もうこれを使うしかないのかもしれない・・・」
と半分夢の中で覚悟をさせるには充分な光景でもあった。
だが夜が明けて、壁に誇らしげに掛けられたバッグを見て、私はやはり号泣し、程なく新しいお弁当バッグを手に入れた。
その時それを手に入れた喜びの記憶はまったくない。ただ、寂しげに
「そうか、やっぱり嫌か・・・良いなめし皮なんだけどな・・・」
と肩を落とした父がとても気の毒に思えた。
その後、そのバッグは外の木小屋の軒下に掛けられ、剪定ばさみや、工具が突っ込まれ、元気に通園する私を、毎日見送ったり、迎え入れたりしてくれた。
今想うと、スコットランドのキルト姿のバグパイプ奏者が身につけている、ポシェットのような洒落た形だったような気もするし、乳くさいその皮も、なかなか上品な光沢を放っていた記憶もある。
しかし結局、そのバッグはいつの間にか姿を消し、今となっては、その行く末を尋ねたくても、父はもうこの世にいない。
ヴィトンやエルメスに全く興味がないと言えば嘘になる。
けれども例えば、何百何千という、それらのバッグが並んでいても、その中に父の磨いたこげ茶色のバッグがあったら、迷わず私はそれを選ぶだろう。
そしてきっとそのバッグに頬ずりするに違いない。
父があの夜していたように。
そして大人になった私が、彼の亡骸にそうしたように。
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