MBSラジオがパソコンで聴ける!インターネットラジオサービス「radiko.jp」
上野誠の万葉歌ごよみ
ポッドキャストの楽しみ方
ポッドキャストの受信ソフトに、このバナーを登録すると音声ファイルが自動的にダウンロードされます。
ポッドキャストの説明はコチラ
歌ごよみ!
上野誠コラム
上野誠の万葉歌ごよみ
毎週土曜日 朝 5:30〜5:45

上野誠(奈良大学文学部教授)
上田悦子(MBSアナウンサー)
★上田悦子アナウンサーブログ
utagoyomi_p@mbs1179.com
上野先生に聞いてみたい事、番組の感想など何でもお寄せください。
〒530-8304 MBSラジオ
「上野誠の万葉歌ごよみ」

【2017年1月14日 放送分】
【2017年1月7日 放送分】
【2016年12月31日 放送分】
【2016年12月24日 放送分】
【2016年12月17日 放送分】
【2016年12月10日 放送分】
【2016年12月3日 放送分】
【2016年11月26日 放送分】
【2016年11月19日 放送分】
【2016年11月12日 放送分】
上野誠の万葉歌ごよみ-歌ごよみ
【2017年1月14日 放送分】
2017年1月14日
【巻】…16・3858

【歌】…このころのわが恋力 記し集め 功に申さば五位の冠(かがふり)

【訳】…最近の俺様が彼女に貢いだ手間、暇、金・・それを記し集めて功績としたならば、五位の冠がもらえる位だよ

【解】…万葉時代の役人は、一年間の功績や失敗、能力などを総合的に判断した9段階の勤務評定をつけられていました。この評定を受ける際に、「この一年、自分はこんなに頑張った」と自己申告する機会があり、その内容によっては、位が上がることもあったようです。歌の作者は、この制度を例えにして「俺が彼女にどれだけ貢いだか・・その全てを記録して提出したら五位の冠がもらえる!」と詠んでいるのです。五位の冠というのは、平城京10万人の役人のわずか0.01%しかもらえないような高い位です。もちろん、恋力の自己申告で五位の冠がもらえる訳はないですから、これは、今で言うところのジョークとして宴席などで詠まれたものと思われます。この作者、きっと彼女にふられたのでしょうね。
停止

上野誠の万葉歌ごよみ-歌ごよみ
【2017年1月7日 放送分】
2017年1月7日
【巻】…20・4299

【歌】…年月はあらたあらたに相見れど 吾が思ふ君は 飽き足らぬかも

【訳】…年月は、新た新たに変わってゆく。お正月の度にお会いはするけれど、私が思うあなたには会っても会っても飽きないことだ

【解】…古代のお正月は、まずは宮中で行事が行われ、その後に各氏の邸宅で宴会が催されていました。この歌は、天平勝宝6年(754年)、大伴氏のトップであった大伴家持の家で開かれた宴席で詠まれたもの。お正月の宴会では、出席者は何かを褒める慣習があり、この歌もその流れで作られたと思われます。料理の味や庭の景色、女性の着物など、褒める対象は色々ありますが、歌の作者である大伴村上は、宴の主人である大伴家持に対して「年月はどんどん新しくなり、その度ごとにあなた様とはお会いしますが、何度お会いしても飽きる事がありません」と伝えています。何度〜しても飽きないというのは、最上の褒め言葉のひとつなのです。
停止

上野誠の万葉歌ごよみ-歌ごよみ
【2016年12月31日 放送分】
2016年12月31日
【巻】…18・4137

【歌】…正月(むつき)たつ春のはじめに かくしつつ相し笑みてば 時じけめやも

【訳】…正月となって春の始めとなれば、このように笑顔を交し合う事が似つかわしくない事があろうか、本当にお正月らしいなあ

【解】…地方に赴任している貴族たちは、お正月に、その地方の有力者である郡司たちをもて成さなければなりませんでした。そして、その宴が終わると、「やれやれ無事に終わった」と貴族達だけで慰労の宴を催していたようです。この歌は、天平勝宝2年(750)年のお正月に開かれた、そんな宴の席で詠まれたものです。集まったメンバーは、ほっとして表情も明るかったのでしょう、お互いの笑顔を見て「毎年同じことだけれど、このように笑顔を交し合えるのは、本当にお正月らしいことだなあ」と、新年のさわやかな空気に包まれたに違いありません。
停止

上野誠の万葉歌ごよみ-歌ごよみ
【2016年12月24日 放送分】
2016年12月24日
【巻】…3・415

【歌】…家にあらば妹が手まかむ 草枕旅に臥(こや)せるこの旅人あはれ

【訳】…家にいれば恋人の手を枕に寝ているであろうに、旅先で臥せっているこの旅人の哀れなこと

【解】…聖徳太子が、奈良の竜田山を通りかかった際、道中で亡くなっている人を見て詠んだ歌です。当時は、交通事情が悪く、旅をするのも命懸けで、このように旅の途中に命を落とす人は珍しくありませんでした。ですから、道中の亡骸を見ても通り過ぎる人が多かったであろう中で、聖徳太子は故人に対して「旅に出なければ、家で恋人の手枕で穏やかな時を過ごしていたろうに」と同情の言葉を寄せているのです。ちなみに、「臥す」は伏すの敬語。亡くなった人にも敬意を持って接する聖徳太子の、徳の高さを表した作品とも言えます。
停止

上野誠の万葉歌ごよみ-歌ごよみ
【2016年12月17日 放送分】
2016年12月17日
【巻】…10・2318

【歌】…夜を寒み 朝戸を開き出で見れば 庭もはだらにみ雪降りたり

【訳】…夜が寒いので朝戸を開いて出てみると、庭もまだらにみ雪が降っていることよ

【解】…「朝戸」は、朝に開ける戸のこと。万葉集では、同じ戸でも、開ける時間によって呼び名が変わります。例えば、夕方に戸を開ければ「夕戸」となるのです。この歌が描くのは、寒い夜が明けた朝、戸を開けてみれば・・という場面。純白の雪で、まだら模様に彩られた庭の景色を詠んでいます。「み雪」の「み」は接頭語で、愛おしく思うものや貴く感じるものにつけますから、歌の作者は、久しぶりの雪景色に少なからぬ感動を覚えたことが分かります。現代でも、雪が少ない地域の人には、一夜で銀世界になった朝の光景を目にした時の「わあ・・」と感動する気持ちは、分かるのではないでしょうか。
停止