発表! 6月のしあわせ賞!

 今朝は「6月のしあわせ賞」を発表させて頂きました。
今回は毎週一句ずつ際立つ作品があったのだそうです。まず、その四句をご紹介しますが、すべてに共通している点があります。
それは文章表現の語法のひとつ、比較対象語法と呼ばれるものです。ひとつの例として、近藤師範はこんな話をしてくれました。
「サンデー毎日」編集長時代、近藤さんはスタッフにこう話していたそうです。
「新聞は、人間の問題を扱え。週刊誌は、問題の人間を扱え。」
「人間の問題」と「問題の人間」。二つを比較対象することで、メディアの特性が鮮明に描かれます。では、この語法を意識して味わってみてください。
「遊び人のくせして句はくそ真面目」(まみちゃん)
遊び人とくそ真面目の対比です。
「ウォーキングくらい夫についてこか」(歩くアザラシ)
 文字としては表面化していませんが、普段の関係と較べていますよね。
「どうでもいい内容だからいいテレビ」(かたつむり)
 平易な言葉も二つ組み合わせて並べると、こんなに面白くなります。
 そして「6月のしあわせ賞」に輝いたのは、こちらの一句です。
「日記には書けないことは覚えてる」(てるちゃん)
 なるほど。私も思い当たるところがります。あなたもですか?日記は完全に自由な空間のはずなのに、なぜか恥ずかしくて書けない自分。
人間の心の複雑怪奇まで思わせてくれる作品ですね。
 逆の意味を持つ二つをうまく使う表現方法。どうぞお試しあれ!

「川柳な人々」 石蔵文信さん。

 今朝の「川柳な人々」は、これまで何度もご出演頂いている循環器・心臓内科医の石蔵文信先生をお招きしました。
昨年11月に石蔵さん自身の病気について明かしてくださった番組は、大きな反響を頂きました。
今年2月の特番では、先生の考え方を詳しく、私の朗読でお伝えしました。こうした内容が、このほど一冊の本として世に出ました。
「逝きかた上手」(幻冬舎)です。サブタイトルは、全身がんの医者が始めた「死ぬ準備」。
 二年余り前64歳で前立腺がんの全身転移が見つかって以来、石蔵先生はドクターである一方で、患者として病と向き合ってきました。
残りの時がそう長くはないと伝えられたとき、人はどう生きるか。一分一秒でも長く生きたい、そう願うのが当然だろうと想像します。
でも石蔵さんは少し違う考えに至っています。自分の病気は、時間の猶予を与えてくれている。
それならば、家族にいい思い出を残したい、そのために自分の持ち物を整理しよう。
患者として生きるのは月一回の受診日だけでいい。治療方針は主治医にまかせて、自分は今を楽しむことを大切にしよう。
 石蔵さんは60歳以降はおまけの人生だと考えているそうです。
今は「おまけのおまけの人生」を与えられている、と。だから今日生きていることに感謝できると語ってくださいました。
4月は薬の副作用で辛かったそうですが、今日は元気な笑顔を見せてくださいました。
 書店には長寿のためのハウツー本があふれています。
が、超高齢社会になり、「生きる」ことだけではなく「逝きかた」を考えることも必要になってきているというのが、石蔵さんのお考えです。
今回、こんな川柳を頂戴していました。先生にご披露しました。
「生き方は人それぞれにいずれ逝く」(毎土きくお)
 また次回、スタジオにお越し頂く約束をさせてもらいました。

近藤師範の『川柳な風景』

 今朝は近藤師範の「川柳な風景」をお届けしました。
 川柳は「上五」「中七」「下五」の五七五から成り立っています。
今日は近藤さんが「中七」にこだわって、こっそり教えてくれた「魔法の中七」のお話しです。
 川柳をひねるときに、まず中七を「一日一句」と定めます。
「○○○〇〇一日一句○○○〇〇」という具合です。
「一日一句」ってちょうど七音なんですよね。あとは「上五」に日々やっていることを、「下五」にその効果を配置する。
ただこれだけ!でも、すぐに自分の心を支えてくれる一句ができるから不思議、それこそ「魔法の中七」です。
 たとえば「健康は一日一句医者いらず」
 ほら、これだけで一句できました。
「語彙トレの一日一句ボケしらず」なんていうのも、すぐに出てきますね。
私も「読み上げる一日一句ダイエット」とすぐさま詠みました(笑)。
そう言えば、今年も年の始めにこう決めたはずでした。「今年こそ一日一句がんばろう」
こんな日常も一句になりました。「散歩して一日一句笑顔出る」
 近藤師範は、日々の習慣が性格を変えると言います。
このところどうも暗い顔をしているあの人も、なんだか悲観的に考える癖があるこの人も習慣を変えれば、
それがやがて身について性格まで変わってしまうというわけです。あなたはどんな「一日一句川柳」でご自分を元気づけますか。

川柳道場拡大版。たくさんの川柳をご紹介♪

 コロナ禍での様々な規制が随分緩まってきました。それに伴い、投稿して頂く川柳にも変化が訪れています。
「解除して『行け』と言われど抵抗が」(ミルミル)
 そうですよね。これまで散々「出ていくな」と言われてきたわけですから、急に「行け」と言われたからってすぐに、ああそうですかと出ていく気持ちにはなれません。
これからは人それぞれ心の開け方、行動の緩め方が違ってくるのでは?無理しないで、自分のペースでいきましょうよね。
「生きる知恵マスクの下で舌を出す」(酔いどれ親父)
マスクがあってこその便利も見つけました。マスクとのつきあいも自分なりにうまく距離をはかっていきたいものです。
 コロナ禍で普及したのが、これ。
「セルフレジ買い物行っても空しいね」(三崎伴子)
 人と接触しないから安全だ、という考え方はこれからどうなっていくのでしょうか。このまま続けばちょっと怖いように感じるのは私だけでしょうか。
 便利なもの、効率のよいもの。でも、それが奪ってしまうものもあります。
「秒針音デジタルにない愛着が」(眠りよしろー)
 カチッ、カチッ、カチッ...。眠れない夜の友達でした、あの音は。柱時計のボーン、ボーンも懐かしい。
何の音もしない空間よりも、秒針の音が冴える夜のほうが、静けさをより味わえたようにも思います。
 これからコロナ禍からの出口を模索する日々がやってきます。
自由を喜べればよいのですが、ある意味、様々な日常の変化をまた押し付けられるわけで、違和感を感じる場面も多いかと思います。
穏やかに変化を受け入れながら、心模様を川柳に託していきたいなあと願っています。
「減ったなあ夢と希望と好奇心」(たまちゃん)
閉じ込められた情熱は、少しずつ取り戻せるといいですね。

発表! 5月のしあわせ賞!

 「5月のしあわせ賞」発表の朝でした。
 近藤師範は言います。
俳句が描くのは自然と人生。一方、川柳が描くのは生活と人間です。人と人が存在すれば、そこに通い合うものが生まれますよね。それを私たちは人情味と呼びます。
今回、最終選考に残ったのは3作品。どれも人生の機微が感じられる川柳です。
「やあー元気たったこれだけ笑顔出る」(黄色い財布)
 たった一言「やあー元気」だけで、これまで長く顔を合わせていなかった二人であること、そして一瞬で人と人がつながることを教えてくれます。
「これがまあ終の棲家か尻の下」(安田蝸牛)
 「これがまあ」と言えるまでには何十年もの月日がかかったのでしょう。
「終の棲家」と「尻の下」との組み合わせは、なかなか思いつくものではありません。
 そして「5月のしあわせ賞」に輝いたのは、こちら。
「初恋さん杖ついたはる追い抜けぬ」(河内の篤姫)
 初恋の人をこう呼ぶアイデア、大阪弁のやわらかさ、そして追い抜くことができないままの二人の姿。しみじみと人生の機微が伝わってくる一句です。
 

しあわせの五・七・五 川柳な人々

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