川柳な人々  渡辺勇三さん

 今日は「川柳な人々」をお届けしました。
 今年1月の中之島の「初春・近藤流健康川柳の集い」で年間大賞に輝いた作品。
「まだ起きてもう起きている母でした」
 この作者である渡辺勇三さん(ラジオネーム:よもやま話)にお電話させて頂きました。
 渡辺さんは工場の勤務が長く、帰りが夜遅いことが多かったそうです。でも、どんなに遅くなっても必ず、お母さまが用意してくれていたのが、きつねうどん。寒い夜に、湯気のあがるうどんのありがたさ。夏もきつねうどんに、ほっとしました。
 疲れがとれるようにと、少し甘味をきかせた、お揚げさん。息子の身体を思う母の気持ちが凝縮された味です。
 ただ、母親が朝も夜も家族のために働いてくれたという思い出を持つ人は、渡辺さんの他にも多くいるはず。違うのは、その思い出を川柳にまとめることができるかどうか、です。
作品ができるまでの経緯を尋ねました。まずは「まだ起きている」と「もう起きている」の二つのフレーズが浮かびました。が、単純に並べてみても十七文字に収まりません。そこであれこれ考えます。「まだ」と「もう」をうまく生かすにはどうしたらいいか。二つのフレーズに共通している言葉を省けないか。
こうして思い付いたのが「まだ起きている」から「いる」を削除するアイデアです。最後の部分は過去を示すことが必要だと考え、素直に「母でした」と結びました。完成までには一週間ほどかかったそうです。
あまり長命ではなかったお母さまに、十分な親孝行ができなかったとおっしゃる渡辺さん。受賞の翌日、お母さまの墓前に報告にいらしたそうです。
観客に圧倒的な共感を呼び、会場賞にも輝いた作品は、湯気が立ち上る、ちょっと甘目のきつねうどんから生まれていたのですね。

近藤師範の「川柳な風景」

 近藤師範の「川柳な風景」。
 川柳は人間と生活、俳句は自然と人生。このところは大前提として、いつも心に留めておきたいですね。
 その上で、近藤さんは樹木希林さんの言葉から、今朝の話を始めました。
希林さんは、こうおっしゃっていたそうです。
楽しむことより、面白がること。
楽しむというのは、あくまで客観的な態度。面白がるとは、中に入っていく、という能動的な態度。つまり、何か楽しいことがあるから楽しむのではなく、どんなことでも自分がまず、その中に入っていって味わってみれば面白くなってくる、という意味なのでしょう。
近藤師範、それがまさに川柳だと言います。俳句のように客観的に観ているだけではなく、中に入ってしまって面白がってみよう。そして面白がるなら、題材は何より人間だ、と。
確かに人間って、表も裏もあり、複雑です。嘘つきな善人もいれば、正直な悪人もいます。私たち人間は矛盾だらけの存在です。
佐藤愛子さんは「人生とは、己の内なる矛盾を生きること」とおっしゃいます。矛盾を観察して面白がってしまう、そこに川柳が生まれるというわけです。
さらに師範は、こんな定理を導き出してくれました。
人間関係 × 歳月 = 人の営みの多様性
「たとえれば俺は葉桜嫁は八重」(中口信夫)
「お家には独りぼっちが二人いる」(よもやま話)
どちらも、この定理にぴったり。あなたの作句に、この定理を是非生かしてみてくださいね。

川柳道場拡大版!脱力川柳!

10連休をどうとらえるか。人さまざまですねえ。
「10連休終わってやっと生き返る」(河内の子)
 時間があるから遊べ、と言われてもかえって困ってしまうのかもしれません

「連休が三日くらいが丁度よい」(色鉛筆)
 あなたにとっての、いい案配は何日くらいでしょうか。
「あほぬかせこっちは毎日連休や」(藤原浩司)
 はい、失礼しました!
 こんなふうに、加齢を川柳でうまく笑い飛ばす生き方、大好きです。
「髪が抜け歯も抜けおまけ間まで抜け」(然心爛漫)
 いろんなものが抜けていくのが、年を重ねることなのか!
抜けるのは悪いことばかりではありません。一人の喋り手としては、マイク
の前でも力むことなく、いい感じに力が抜けている人間になれればいいなあと
、ずっと憧れてきました。それも、これから少しずつ可能になるかも!
川柳にも、脱力川柳と呼ぶべきものがあります。
「おじいちゃんおじいちゃんあぁおばあちゃん」(テコ&コテ)
力、抜けてますよねえ。男らしさとか、女らしさとか、そんなものを通り越
した境地にまで、いつかいってみたいものですなあ。

4月のしあわせ賞発表!

 今日は「4月のしあわせ賞」の発表をさせて頂きました。
 近藤師範の胸の内には4つの作品が最後まで残っていたそうです。
「職歴に人妻と書き就活へ」(こだわりトマト)
 こんなセンスを面白がってくれる面接官がいれば、愉快な就活になりそうですねえ。
「男手が欲しいわねえと妻が言う」(堺の川人さん)
 なかなかの皮肉ですね。きっと夫に聞こえるか聞こえないか、というトーンで、でもしっかり聞き取れるように呟いたのでしょう。熟練の技が感じられるセリフです。
 他にも大阪弁を上手く使っている句があります。
「ゴメンより天気ええなぁで区切りつけ」(コルボ)
 本来なら謝るべきところを、うまい一言で、その場をかわしています。
 ただ「天気ええなぁ」は八音になってしまっています。七音であるべきところを八音にするのは、「中八」といってリズムの乱れから避けるべきこととされています。そこで近藤さんは、こう提案します。
「天気ええなぁゴメン代わりに区切りつけ」
 上の五は、音が増えても許されるのだそうです。思い切って「天気ええなぁ」と最初に持ってきたらいかがでしょう。ちょっとした語順の入れ替えで、リズムが良くなるの、この技を皆さんも是非お使いください。
 この句と共に、もう一句、4月中の「今週の特選五句」に選ばれていたのがコルボさん。そこで今回は、コルボさんの作品に決まりました。
「うるさいな皆んな阪神好きちゃうで」(コルボ)
 大阪の居酒屋での一場面が眼に浮かぶよう。大阪弁は、川柳にぴったりの言語なんですね。

兼題「時代」

「しあわせの五・七・五」も平成の放送としては、今日が最後。そこで皆さんから「時代」をテーマに川柳を頂戴しました。
「三時代生きるとはねえ夢のよう」(てるてゃん)
 昭和、平成、そして令和へ。勿論、大正から四つの時代を生きる方もいらっしゃいますよね。
「しおらしい時代もあった我が妻も」(Shin)
 しおらしいって言葉、今や新鮮です。
「兄(あん)ちゃんと呼んでたころの家族愛」(もこ)
 本当のお兄さんだけでなく、「近所のあんちゃん」なんて言い方もしていましたっけ。それくらい関係性が密だったのでしょうね。それが今では
「あちこちに監視カメラのある暮らし」(あらいとも)
 これも時代ってことでしょうか。父親や母親の姿も変化しました。
「糠床と時代を生きた母の背な」(濱田英明)
糠の匂いまで伝わってきそうです。
「よく行った父と一緒の時代劇」(かたつむり)
 近藤師範もチャンバラが大好きな少年だったそうですよ。
「うそみたい利息で旅行してました」(南みよ子)
 ああ、高金利の時代。年金生活者の懐具合は大きく変わりました。
「あの頃の未来はとっくに過ぎました」(佐野の興ちゃん)
 そうです、昔思い描いていた未来を、私たちはどんどん超えていきます。
最後に、私が共感できる一句を。
「平成に一度は痩せてみたかった」(さくら草)

しあわせの五・七・五 川柳な人々

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