今日は、皆さんの川柳をたっぷりご紹介!

近藤さんは、早朝に新聞が届けられる「コトン」という音が好きだと言います。朝を刻む、大切な音ですね。
「夜明け待ち新聞待ってメシを待つ」(豊中のタカシ)
今公開されている映画「新聞記者」でも、まだ誰も外出していない朝の街を行く新聞配達の動きが描かれています。政治の闇を暴く大スクープを各家庭に運ぶシーンに胸が熱くなりました。
「同窓の名簿に人生見え隠れ」(堺の川人さん)
今朝は、同窓会モノが多く届きました。
「クラス会今頃好きと言われても」(早起きテルチャン)
遅いなんてことは、恋にはないのかも~
「同窓会不幸な話に輪ができる」(三崎伴子)
他人の不幸は蜜の味とは、よく言ったものですね。
夫婦川柳も快調です。
「ゴキブリが出て久しぶり夫呼ぶ」(ポンコ)
ゴキブリのおかげか?
「話しても話さなくても飯は出る」(コルボ)
夫婦の会話っていつから消えるのでしょう。
「集合場所を決めて出かけるフルムーン」(佐野の興ちゃん)
 これぞ旅の達人!と近藤師範。
「好きだけで暮らせた頃もあったんや」(プーちゃん)
 これも最近観たポーランドの映画ですが、「COLD WAR」は男女のからみあう想いが15年続く、濃厚な物語。スクリーンの中の情熱よ、日常にもちょっとお裾分けしてもらえませんかね。

6月のしあわせ賞!

 今日は「6月のしあわせ賞」の発表でした。
 川柳には「狂句」と呼ばれるものがあるそうです。近藤師範の言葉によれば、ナンセンス川柳。それがどうした?と言いたくなるような戯れの句です。
「すぐキレるおしっこの切れ悪いのに」(こだわりトマト)
「存在感ない夫の屁の存在感」(背黄青鸚哥)
 私はどちらも大好きなのですが、狂句とみなして、あまり評価しない立場の人もいらっしゃるとか。ただ、近藤さんはこうした作品も人間味いっぱいでいいじゃないか、と大いに認めたいと言います。
 ただ「しあわせ賞」となると、ちょっと違うかな?と。
 そこで最終選考に残ったのは二作でした。共通しているのは、日々の生活を描写しながら、その積み重ねによって人生を描いているところです。
 まずは、こちら・
「思い出を語れば酔いがよく回り」(堺の川人さん)
 非凡なのは「語れば」だ、と近藤師範は指摘しました。「思い出を浮かべば」でも「思い出を抱けば」でも川柳は成立します。が、「語れば」を選ぶことで、具体的な動作が眼に浮かびます。確かにわずか一言で、ぐっと人間の姿が浮かび上がってきますよね。
 しかし、さらに近藤さんをうならせた一句が「6月のしあわせ賞」に決定しました。
「妻が居てこその川柳先逝くな」(カメラおじさん)
 皆さんの中にも、奥さまの言動をタネにして句を生み出している方は多いと思います。あるいは自分の作品を、まずは奥さまに伝えて、一言批評してもらってから投稿する方も大勢いらっしゃることでしょう。「今日のは、割といいね」とか「うーん、意味がよくわからない」とか。日常の夫婦の会話が聞こえてきそうです。そんな日々の生活を描きながら、その積み重ねが人生を感じさせます。「先逝くな」に込められた、これまで共有してきた夫婦の時間の重さ、愛情。笑いながらもしみじみと伝わってくる作品です。これまで数多くの句作りをしてきてこそ、ようやくたどりついた「先逝くな」だろうと、近藤さんは賛辞を送りました。

「川柳な人々」  ゲスト:桂かい枝さん

 今朝は、桂かい枝さんがスタジオに遊びに来てくださいました。
 かい枝さんとは、もう22年も前からのお付き合いをさせて頂いています。年の始めの「初春・近藤流健康川柳の集い」には毎年のように中之島の舞台に来て頂いています。リスナーの皆さんにとっては、お正月が来たら、中之島で日本一の川柳を決めると共に、舞台でかい枝さんと共に笑う、とイメージしてくださっている方も多いことでしょう。
 今年の中之島ではご一緒できなかったのですが、かい枝さんは今やとてもお忙しい身。先日は繁盛亭大賞にも輝きました。受賞記念ウィークの繁盛亭昼席に私も伺いましたが、連日トリをとり、満員の客席を笑いで揺らすかい枝さんの姿に、私まで誇らしい気持ちになったほどです。
 そんなかい枝さんも、近藤師範と久しぶりのラジオで、朝からノリノリ!今日も笑いっぱなしの30分でした。
 実は、私はこのところ落語のお稽古をしていまして、かい枝さんを師匠と仰いでいます。以前は、ラジオでのおしゃべりに関しては、私の方が師匠みたいな関係だったのですが、今は逆。私が還暦にして弟子なのです。
 ただ、今も師弟関係が無茶苦茶なところがあり、今日もエレベーターのボタンは、かい枝さんが押し続けて、私が先に乗り込む始末。ああごめんね、師匠!
 落語も川柳も、笑いが基本。少しでも皆さんに笑って頂けるようにならなくちゃ!

近藤師範の「川柳な風景」   田辺聖子さんと川柳

 川柳をこよなく愛した作家、田辺聖子さんが今月6日、91年の生涯を閉じました。
今朝の「川柳な風景」で、近藤さんは田辺聖子さんを偲び、語りました。
 「自分の難儀を可笑しがると、川柳が生まれる」
 田辺さんは川柳を、こんなふうに表現していらしたそうです。「難儀」という言葉の用い方が、いかにもお聖さんだと感じますね。確かに「難儀やなあ」と呟きながら、もう一人の自分が、そんな状況をも面白がってしまうとき、人が共感する言葉が出てきそうです。
 「川柳を作る女のひとは長生きする」ともおっしゃっていたとか。しなやかにものを考えること、笑って物事をとらえ直すちからを持っていること。川柳が生きるちからになる、というわけです。
 田辺聖子さんの小説「道頓堀の雨に別れて以来なり」を、近藤さんは紹介してくれました。川柳作家で「ぬぎすててうちが一番よいという」で知られる岸本水府に焦点をあてながら、庶民の歴史を書いてみたいと2500枚の長編となった作品です。多くの川柳も紹介されているので、それだけでも面白いばかりか、岸本水府が生きた時代、川柳を愛して生き生きと暮らす人々が生き辛くなっていく空気をも映し出しているそうです。これは、川柳ファン必読の一冊かもしれませんね。
 また、近藤さんは、阪神間の文化的土壌の中で田辺聖子という作家が誕生したのだろうとも語りました。宝塚もあれば甲子園もある多様性です。
 「川柳を小学校の教科書に載せてほしい」と田辺さんは願っていました。多様性を認め、自らの難儀を可笑しがる、生きていくちから。子どものうちから親しんでいくって、いいですよねえ。
 今週、リスナーの方からはこんな投句がありました。
「ユーモアの五七五遺すお聖さん」(よもやま話)

お便り紹介「嫌な事笑いにかえて生き上手」

 「しあわせの五・七・五」には毎週多くの方から、お便りが届きます。川柳の他に短い文章で近況をお知らせくださる方もいらっしゃいます。
 時折、そんなお便りがパタリと止まることがあります。スタッフも私も「何かあったのかな?」と心配になります。
 勝又栄美子さんも、そんなお一人でした。以前「川柳な人々」のコーナーで取材をさせて頂いたことがあります。楽しくおしゃべりして、よく笑う方だという印象をずっと覚えています。
 今年89歳の勝又さんは、昨年6月、投稿しようとするときに、突然文字が書けなくなりました。病院に行ってみると、脳梗塞との診断。すぐに入院。当然ながら、番組へのお便りは途絶えてしまいました。
 そうして一年。現在も通院しながらリハビリを続けていらっしゃるそうですが、また投稿を再開してくださったのです。
 一年ぶりのお手紙。右半身が思うように動かせなくなったとおっしゃいますが、一文字ずつ丁寧な字でしたためてくださっています。後遺症があり、生活で色々と不便なことは勿論おありだろうと想像しますが、「しあわせの五・七・五」にまたつながってくださったことが、本当に嬉しく、ありがたく、番組を続けてこられたよかったなあとつくづく思います。
 久々の一句はこちらです。
「嫌な事笑いにかえて生き上手」
 勝又さんのように病気など何らかの理由で、いったん番組への投稿が途切れる方は大勢いらっしゃいます。でも、またいつか戻ってきてくださる場所が、ここにあります。

しあわせの五・七・五 川柳な人々

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