「川柳な人々」 ゲスト:高田郁さん(時代小説家)

 今朝のお客さまは、ラジオネーム満月ぽんぽんさん!
 そうです、小説家の高田郁さんがスタジオに来てくださいました。
 今月発表されたばかりですが、「澪つくし料理帖」が映画化されるとのこと。公開は来年秋の予定だそうですが、今からどんな映画になるのか楽しみです。   
高田さんはロケ現場を見学したそうですが、お芝居に使われるお料理がどれもこれも本物のお味だったそうで、役者さんが本気になって料理を楽しんでいそうです。鮎の塩焼きだって、天然ものの鮎が使われていたり、お味噌汁もしっかり出汁をとったもので、監督から「カット!」の声がかかっても、役者さんたちが、食べることを止められず、思わず完食してしまうのだとか。「おつかれさまでした」というべきところ、役者さんが「ご馳走様でした」と言ってしまう現場なのだそうです。
「あきない世傳 金と銀」シリーズは第七巻の碧流編が出版されたばかりです。もうお読みになりましたか?
大坂から江戸へ進出して、女性が商人としてどんなふうにして生きる道を見つけていくか。その生きざま、才覚の発揮に心躍る物語です。
また今回、私が面白かったのは、大坂と江戸の湯屋の違いです。大坂のお風呂屋さんは床が石。それに対して、江戸は板張りなのだそうです。また、江戸のお湯が熱いのは、今も受け継がれている伝統だといいます。
女性の着物の好みも、大坂は色鮮やかなものが多いのに対し、江戸は地味なものを洒落て着るのが良し、とされていたのですね。このあたりも現代に受け継がれている流れです。
綿密な調査や研究をもとに綴られていく高田郁作品。けれど、満月ぽんぽんさんとしては、いつも川柳に挑戦しながら、なぜか近藤師範にダメ出しを食らっています。
 今回の作品も、ここに書き記すほどのことはないかなあ?(笑)
 満月ぽんぽんさん、また「ボツ酒場」でお会いしましょう。

発表! 8月のしあわせ賞!

 8月に番組に頂いた、すべての川柳の中から近藤師範が選ぶ「8月のしあわせ賞」を発表させてもらいました。
 今回、最終選考にまで残ったのは、次の二句でした。
「あの角を曲がれば昭和あるような」(キタキツネ)
「朝ドラのセリフかき消す蝉しぐれ」(カオリン)
 しかし、他の川柳を引き離して「8月のしあわせ賞」に輝いたのは、こちらの作品です。
「里帰り昔のあだ名で出ています」(茜苺)
 みなさん、お気づきの通り、これは小林旭さんの大ヒット曲「昔の名前で出ています」からの発想です。まずは、このアイデアが良い!と近藤さん。 
 本来は「五・七・五」の真ん中の「七」が「八」音になるのは「中八」と云って、避けるようにと近藤さんは言っています。この句では「昔のあだ名で」と八音になっているので、普通ならばアウトなのでしょうが、「昔の名前で出ています」のパロディとして認めてもいいだろう、とのこと。口にのせてみると、唄のちからも手伝ってくれているのでしょう、リズムもなぜか悪くないのです。
 また「里帰りの」と五文字をつけただけで、すべてが了解できるのも、この句の魅力です。
 唄の作詞は星野哲郎さん。星野さんが、この句を聴いたら、なんておっしゃるでしょうね。

子ども川柳大会 ~2019夏~

「夏休みそうめんラーメンメンメンや」(橋本れんせい・小5)
8月も終わり。今日は、子ども川柳大会をお届けしました。
「やめてよねパパが命中スイカ割り」(しょうこりん・13歳)
「父さんの方が料理が上手です」(山縣花加・小3)
お父さんも頑張りました。
「無理やりに孫に川柳勧める祖母」(松村春香・中1)
「腹へったばあちゃんの顔みたとたん」(高見駿斗・高2)
「はるくんがばあちゃんのおうちとまったよ」(吉田晴人・6歳)
「じいちゃんが作ったスイカあまいよね」(横内果菜・12歳)
 おじいちゃんやおばあちゃんとの出来事が、川柳にはよく登場しますね。
 先日お伝えした、天理市立南中学の生徒さんからも、また作品が寄せられました。番組リスナーである国語の先生に、女子二人が手渡してくれたそうです。
「夏休み塾に引きこもり勉強会」
「暑いけど意地でもふかないわきの汗」
 女ごころですよねえ。
「合宿でトランポリンに汗が落ち」(山縣七々海・小6)
「あと三日あればなんとか間に合うよ」(ひなどりあーちゃん・小4)
 運動に、宿題に、忙しかった夏休み。
「気がつけばセミがなかなくなってきた」(小玉ダニエルあきひろ・9歳)
「七日間セミの日記を読みたいな」(秋山リサ・中3)
 夏から秋へ、季節が移りゆくことをセミの声に感じた日々でもありました。
「夏休み子供天国親じごく」(横内美咲・13歳)
 そうなのよ~、よくわかっているな~。
「しんがっきともだちいっしょにあそびたい」(小玉ソフィア・6歳)
 新学期、楽しんでくださいね。ご紹介した子ども川柳作者には、番組からささやかなプレゼントをお送りします。

「川柳な人々」 中島春江さん

「川柳な人々」で、5年前取材させて頂いた中島春江さん。米寿を迎えられたところでしたが、お肌がつやつや。思わず「どんな化粧品を使ってはるの?」と聞いてしまったほどです。でも若々しさの秘密は化粧品ではなく、笑顔だとわかりました。声を出して笑ってくださるので、会話がどんどん弾みます。
「私より 年寄りがまだ たんといる」
 この句は、デイサービスに誘われたときに思いついたそうです。「あそこ、年よりばっかりや~」と大笑い。
 春江さんは一人でお暮しでしたが、ご近所さんといい関係を築いていらっしゃいました。特に「しあわせの五・七・五」を通してサポートしてくださっていたのは、リスナーの小玉正博さん、ノブさんご夫妻です。よく投稿してくだるお二人ですが、徐々に耳が遠くなってきた春江さんのために、番組で紹介された川柳を紙に記して、春江さんに届けてくださっていました。また春江さんの作品を、小玉さんが春江さんに代わって番組に送ってくださり、春江さんの川柳が採用されたときは、作品について近藤さんや私がコメントした内容を一字一句書き取って、春江さんにプレゼントしていらっしゃいました。
 先日、いつものように小玉さんからFAXが番組に届きました。でもそれは、私たち番組スタッフが全く予期せぬものでした。
「中島春江さんが、7月31日急死されました。私の良き先輩であり、良いお姉さんみたいな存在でした。」 
 亡くなられた朝、小玉さんは春江さんがご近所を歩いている姿を見かけたそうです。が、翌日ご自宅でなくなられているのが発見されました。とてもおだやかな寝顔のままでいらしたそうです。94歳でした。
ご近所には実の妹さん、辻井八重子さんもお住まいで番組リスナーでもいらっしゃいます。お二人は毎月出会い、よく川柳や番組のことを話したそうです。亡くなられた直後の8月3日にお会いになる約束だったといいますから、息を引き取られる直前まで、お元気にお暮しだったことがよくわかります。
57歳で夫に先立たれた春江さんは、「あと一年」と余命宣告された夫と一緒にいる時間を確保するために、長く続けていた仕事を辞めたそうです。「人生は、お金ではない、大切な人と過ごす時間。悔いはないですよ」とおっしゃった言葉は、私自身が定年後の生き方を考えるときに方向性を示してくれました。
 もう一度、春江さんの声を聴かせてもらいました。
「川柳を作ると、なんでも面白くなるでしょ。同じ一日なら、できたら楽しんで暮らして、ああ楽しかった面白かったなと言うて、さよならしたいです」
 最後に投稿してくださった作品は鰻谷川柳通りに、春江さんが逝った7月末日ちょうどまで掲げられていました。
「この服が 旅にでたいと 言っている」

近藤師範の川柳な風景 「そもそも健康川柳とは・・・」

 今朝は、近藤師範の「川柳な風景」をお送りしました。 
ラジオで聴いて頂く「しあわせの五・七・五」と、活字で読んで頂く毎日新聞。両方で楽しんで頂こうとお届けしている「近藤流健康川柳」。
 2007年4月から、まず毎日新聞紙面でスタートしました。近藤さんのもとに大阪本社から一本の電話があり、「健康をテーマに新たな展開を試みる。その中で、健康川柳を始めたい」とのこと。当時はまだ「健康」と「川柳」とを一つにするなんて、誰も考えついていなかったのですが、今や「健康川柳」という言葉は、あちこちで使われるようになりました。時代が必要としていたから、ここまで大きく拡がったのだろうと思います。(あのとき商標登録をしておけば、よかったなあ~!)
 当初から、近藤さんは「健康」の意味を広くとらえようと考えていたそうです。単に、体が元気、という意味だけではなく、心が健やかであることを含めて考えたい、と。言い換えると、安心してつきあえる安定感だと近藤さんは考えています。
「健康は 健康なときには わからない」
 そうですよね。健康を損ねたときに初めて、そのありがたみに気付くものです。近藤さん自身も50歳で、生まれて初めて入院生活を送ったときに、多くの気づきを得たと言います。
 みなさんが、それぞれの暮らしの中で見つけた気づきを、川柳を通してシェアしてくださっているのが「健康川柳」のすごいところ。
 これからもラジオで聴いて、毎日新聞で読んで、お気に入りの川柳をあなたの心に宿してくださいね。

しあわせの五・七・五 川柳な人々

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