番組内容

キャベツの試食をしながら、本当に愛おしそうにキャベツのことを語る井上さん。今でこそキャベツ農家として身を立てていらっしゃいますが、ここまでの道のりは、決して平坦ではなかったようです。









※キャベツのおいしさについて話をするうち、話題は井上さんが実践する農業のことへ…。
井上さんが、真剣な表情になって語り始めました。
「儲からないから」では無責任

小さい頃からご両親を手伝って畑に出ていた井上さんは、「自分は農業をするために生まれてきたんだ」とその頃から感じていて、ほかの選択肢は、考えていませんでした。 多感な小学生時代、手伝いは嫌々ながらでしたが、トラクターに乗せてもらったりしているうちに、自然とそんな気持になっていたそうです。

しかし、その思いに変化が生じるのは、大学の卒業を控えたある日のこと。 卒業したら自分も農業をしたい、とご両親に申し出た井上さんに、思いもよらない答えが返ってきました。

「気持は嬉しいけど、儲からないから、続けなくていいよ」

自分が入っても給料を出せない、外で働いてきてくれと言われたそうです。 それから5年、会社員生活。阪神淡路大震災をきっかけに、家業を手伝うことに。 ずっと親の背中を見てきたので、親の役に立ちたい、なんとか力になれないものか、という思いで農業に取り組んだと言います。 就農してまず「よく親はこんなに大変な作業を毎日して、自分たち兄弟(3人)を育ててくれたものだ」と感嘆した井上さん。 実際に働いてみると、子どもの頃見ていた農業と現実は、まるで違った。 当時25歳、ずっと柔道をやっていて体力には自信があったのですが、それでも毎日ヘロヘロ。そして、収益はそんなに上がるものでもない。

そこで井上さんは考えます。
『これだけ苦労しても儲からないというのは、なんだかおかしい。 でも日本の根幹を支える大事な第一次産業に携わる人間が、儲からないから続けなくていい、というのは日本人として無責任なのではないか。儲からないからやめたらいいよ、という状況を改善したい!』 出した結論は、“生産効率を上げるように改善しなければ”。

いつまでもこんな手作業ではダメだ。 生産効率を上げるためにと考え始めた時、真っ先に浮かんだのはこのことでした。 自分自身、親を少しでも楽にしたいと考えての就労でしたが、その親も年を重ねて、いつかリタイアすることになる。その先を考えて、機械を導入して体力の負担を減らさないと。

次に着手したのは、どの野菜を生産するか、ということ。
井上さんが就農した当時はキャベツとトマト、水稲がメインでした。
それまでも江戸時代から続く農家である井上さんのところでは、ホウレンソウやレタスなど、いろんな野菜を作っていたそうです。どれが儲かるのかを模索しながらの営農でした。

そこから、キャベツ専業に転換することになります。
キャベツに絞ったのは、昔から明石はキャベツが有名だった、ということ。明石など東播磨地域が葉物野菜を育てるには非常に適した地域だったことも大きな理由です。 ともあれ、市場の評価が高い野菜を作ることで収益性の向上を考えた井上さん、 平成17年に農業法人「かんらん」を立ち上げました。 その頃は親が法人の代表、古くからのスタイルで農業を続けてきた親と井上さんは、何度も衝突したそうです。機械化に加え外から人を雇うことにした際も、「人を雇ってまでやることなのか」と。

それでも井上さんは、自分の道を進み続けるのです。

「これまでの農業は、農家を助けて農業を育てられなかったのだと思う。農家は様々な施策で保護され、それに甘えてきたために農業そのものが産業として育ててこなかった」と井上さんは言います。 労働対価の薄さが魅力を失わせている、だから担い手が続かない。 それを改善するには、「儲かる」を実現するしかない−−

悩みながらも新しい農業のために続ける井上さん。
人手はある程度必要、機械ばかりでもダメ。動かす人、機械、面積、作業可能な時間のバランスを考えて、最少人数で最大の収穫ができる面積、人数、機械の種類、栽培量を考えて、模索した15年だったそうです。農地の確保、機械の導入、人材育成…。これらの規模拡大で、前年の利益を全て使い果たすことの連続。 それでも井上さんを支え続けたのは、前へ進む井上さんを影ながら応援し続けてくれた親、そして「きっと東播磨のキャベツ生産地としての復興への道は、このやり方しかない」という信念でした。 「適正規模だと確信できた時に初めて、拡大を止められる。そこまで行くまでが大変なのですけど、ようやくそこまで来ました。あとは“儲かる農業”ということをどうやってこの地域に根付かせるか」 これからはそことの戦いだと、井上さんはおっしゃいました。










※整然とキャベツが並ぶ井上さんの畑。ここまで来るには様々な苦労があったのだと知ると、丸々としたキャベツが愛おしく思えてきます。

そのために今、井上さんは地域の方々に農業の魅力、明石の野菜を広める活動に力を入れています。居住地域と生産地域が近いこの地域だからこそ、農業への理解を深めてもらわなければ。農業を身近に感じてもらえれば、地元産野菜を買ってもらえるし、新たな担い手も出てくるかもしれない、そんな思いからの活動です。 一定期間キャベツ畑を開放して収穫体験してもらう活動は、近郊に暮らすファミリーに人気。そして、キャベツを使ったスイーツも、世に出されたそうです。

それはなんと…シュークリーム!

味の想像も付かないスタッフ全員で、早速「JAあかし 農産物直売所 フレッシュ・モア大久保店」へ向かうことにしました。










※第二神明道路大久保ICから南東方面へ少し進んだところにある「フレッシュ・モア」。地元では大人気のお店です。
Director’s voice [明石における農業の現実] 平成23年に明石市農業基本計画策定委員会がまとめた資料によると、明石市全体に占める農用地の面積は全体の1割強。平成8年から21年までの13年間でも、約2割減少しているそうです。減少した農用地は宅地へ転用されています。また、農家戸数は平成17年から平成23年までの間に1割弱減少。農家人口は総人口の約0.4%(平成17年)で、そのうち65歳以上が約6割、50代以上に対象を広げると、なんと約9割にもなります。農地の確保も重要ですが、井上さんが言うように担い手の育成も急務であることが分かります。

そのため委員会では「担い手の支援・育成のための施策」「競争力強化のための施策」「市民の生活向上のための施策」という3つの柱を策定して改善を進めていますが、それ以外のも、直売所設置や学校給食への導入による地産地消、「ひょうご食品認証制度」を利用した付加価値型農業、生産物の6次産業化など、様々な新しい取り組みを始めています。 このような取り組みは全国各地で行われていますので、皆さんもぜひ、地元産野菜を手にとって、地元農家を応援してあげてください。
【プロフィール】
農業法人「かんらん」
代表 井上 聡さん
100年続く農家の長男として、5年間の会社員経験を経て、家業を継ぐ。平成17年に農業法人を立ち上げ、キャベツに特化して営農。収穫後の畑で地元住民との交流イベントを企画するなど、明石の農業を広く知ってもらうための活動も精力的に行っている。