番組内容

今回お邪魔しているのは、宮崎県日南市南郷町。
宮崎空港から車で一時間ちょっと海岸線を走ったところにある、とてものどかな田園地帯です。
現在暮らしている京都の田園風景との違に、本上も少し驚いています。
田んぼの周辺にソテツをはじめ南国の草木が滑る風景は、宮崎ならでは!
カンナという南国の夏の花に見とれながら歩き、ビニールハウスが並ぶ場所にやってきました。
ビニールハウス越しにもたわわに実るマンゴーが見えて、テンションが上がっていく本上。










※南郷町は、海も山も近い太平洋岸の町。温暖で風邪が抜ける、地形によるこの地の気候が、マンゴー栽培に適していると言われます。

作業中の小玉さんに声をかけ、さっそくビニールハウス内にお邪魔しました。
目に映る風景すべてがマンゴー、という光景に、本上はすでに感嘆している様子。
このハウスではマンゴーを約5000個育てているそうで、作業に適した高さに整えられたマンゴーの木には、完熟のもの、もう少しで完熟のものなど、色とりどりのマンゴーがネットに包まれてぶら下がっています。
小玉さんによると、マンゴーの木1本に果実は約50個、その木がハウス内に約100本あるそうです。果実は小さなうちに間引かれているわけなので、花の数は、当然もっともっと多いはず。
その問いに
「小さなクリスマスツリーのように、かわいい花がたくさん咲くんですよ」
と小玉さん。その様子は想像するだけでなんだかメルヘンの世界ですね〜。
ちなみに受粉にはミツバチを使うそう。1つの枝に5、6個の果実が付き、そこから1、2個を選んで大きく育て、立派なマンゴーになるのだとか。
これを約5000個分、すべて人の手でやるわけですから、とても大変です。










※ちょうど人の目の高さに、マンゴーがたくさん実っています。ふわりといい香りがハウス内に漂っているのも、印象的でした。

ところで。
外も結構暖かいのですが、ハウス内もとっても南国。でも温度は取材中ずっと変化していないようなのですが、そこには何か理由があるのでしょうか。

「天気のいい日でも30度以上にならないように気を遣っています。25度以下になると、夏でも暖房を入れるんですよ。朝晩は冷えることもありますから」と小玉さん。
ハウス内の温度が上昇しすぎると、マンゴーにはいろんな障害が出てくるそうです。
人間で言うと熱中症のようなもの、と小玉さんはおっしゃいましたが、 そうならないように、冷暖房だけでなく、ビニールハウスの上に遮光ネットを張るなどの工夫もしているそうです。
「直射日光を浴びると、人間で言う日焼けのような障害も出てくるんんですよ」と小玉さんは言います。

南国のフルーツなので、気温が高いところで育てるほどおいくなるのだと思っていましたが、それは大きな間違いでした。
人間の暮らしと同じで、マンゴーも熱すぎず寒すぎず、の環境で育てるのがベスト。
そのために温度管理に細心の注意を払っているそう。










※たくさんのマンゴーに囲まれながらの取材。本上もなんだかいつもより饒舌、テンションが上がっているようです。

マンゴー栽培は、完熟まで約100〜110日。 最初はとても小さい実で、それが熟していく大きさになるまで4回色が変わるのだとか。
小玉さん曰く「最初はちょっと紫かかった緑、それから青みがかかってきて、つや消しの紫、そして熟してくると赤色になるんです。つや消しの紫が出た瞬間からネットをかけて、落ちるまで待つんです」 落ちるまで、といってもそのままポトリと落ちてしまったのでは、傷ものになってしまい、商品として出荷できません。
なのでマンゴーは、熟していく過程でネットを一つ一つかけ、完熟状態のマンゴーが地面に落ちないようにしてあります。

「ひとつひとつやるんですよね? それを5000個・・・」
と、作業の手間を考えて絶句する本上。
落ちるまで待つということはつまり、完熟のタイミングはマンゴーにしか分からない、ということ。もちろん見込みはできますが、正確には分からない、最後は人間がコントロールできない、というところに、少し神秘性を感じてしまいます。








※左がいよいよ完熟へと向かう直前の、つや消しの紫色をしたマンゴー、右がまもなく完熟するマンゴー。

ちなみに南郷町ではもう20年近くマンゴー栽培が行われているそう。育てているのはアーウィンという品種で、一般的にアップルマンゴーと呼ばれているものの一種だそうです。 ハサミで切らずに落ちるまで待つ、という収穫方法に驚いていると、 「追熟ということを考える人もいますが、このマンゴーは収穫してすぐ一番のおいしさを味わえますね」と小玉さん。
だから私たちが食べる時には、甘みがたっぷり詰まったマンゴーになっているわけです。

Director’s voice [マンゴー王国宮崎は、はいつから?] 今でこそ宮崎のマンゴー農家は一般的にも知られる存在ですが、もちろん、昔から栽培されていたわけではありません。 今から遡ること20年、1984年に沖縄へ視察に出かけた西都市のとある農業施策担当者が、現地でのマンゴー栽培に感銘を受け、宮崎に栽培技術を持ち込んだのが始まりです。 しかし、苗木を取り寄せて栽培を募ったものの、やはり未知の作物、わずか8戸でのスタート。しかも様々な病害に悩まされるなど、ここまでの道のりは苦難の連続だったそうです。 それから時を経て1998年、糖度や大きさなど一定の基準を設けた「太陽のたまご」ブランドが登場。テレビなどで話題になり、完熟マンゴーといえば宮崎、というイメージが定着したのでした。
【プロフィール】
小玉広明さん、章子さん
会社勤めを経て、家業の農業を継ぐ。しかし牛が苦手だったこと、友人の農家にマンゴー栽培を進められたこともあり、9年前からマンゴー農家に転身。 現在は奥さん、息子さんと3人で3棟のビニールハウスを使ってマンゴーを栽培している。