番組内容

住宅街の中にぽっかりと京の伝統野菜が育つ畑

京都駅から車で30分ほど走った、京都市北区、上賀茂。 周りには住宅街が広がる地域ですが、 それらの間にところどころ、田んぼや畑が見られます。 今回訪ねるのは、そんな場所で京の伝統野菜を作る農家さんです。










※バスが通り、交通量も比較的多い通りを歩き、目指す畑へ。こんなところに野菜畑が? と思ってしまいます。

やがて見えてきたのは、背が高いビニールハウス。
中を覗いてみると、上に伸びる蔓の間に賀茂なすの姿がコロンコロンと!

「もう収穫も終わりになってきたのですが、どうぞ入ってみてください」 と農園主の森田良彦さんに促され、ハウスへ入ってみました。

「元々は丸茄子と言われていたんですけど、明治時代にいろんな地名が付くようになって、賀茂茄子は鳥の鴨、ナスを後ろから見た姿が鴨に似ていることから、鴨、賀茂、そして賀茂茄子という名前になった、と言われています。新潟にも丸い茄子があるのですが、賀茂茄子と同じ品種です。大阪には泉州水茄子、山科には山科なすもありますよね」
入って早々、なす談義の始まりです。

本上はそれよりも、一つ一つの大きさが気になっている様子。
目が完全にナスにいっています(笑)
「1個でだいたいどのくらいの重さがあるんですか?」と本上。

森田さんによると、大きいものなら1個1kgくらいにもなるそう。木の生育が順調だとそんな大きさになるようですが、しかしそれだと市場に出せません。だから300〜400グラムくらいで収穫しているそうです。
ちなみに森田農園では、賀茂なすの苗を植えるのは3月半ば。そのときは15cmくらいの苗ですが、それから2か月ほど後の5月下旬くらいになると実が付き始めて収穫となり、お盆くらいまでは収穫しているのだとか。
しかし最近では、ちょっと事情が変わってきたと森田さんは言います。
「なんとか8月いっぱいまで収穫期を延ばし、9月になってもほしというニーズがあるので、少しずつ調整しながら9月まで残していくことも最近はしています。自然が相手ですから、天候の影響などでなかなか思うように行かないですね〜」

※葉っぱ一つとっても、大人の顔くらいの大きさ。大きな葉の茂みの中に、ぷっくら丸い賀茂なすが実っています。森田さんは自分の賀茂なすを見ながら、いろんなナスの話をしてくれました。

森田さんのお話を聞きながら、本上は素朴な疑問を抱きました。
「この辺は住宅街になっていますが、昔は違ったんですか?」

昔はこの周辺は田んぼばっかりだったのだが、だんだん都市化してきて農家の規模が小さくなってきた、と森田さん。
「全部ハウスにしていないと、周りの住宅にゴミが飛んだりするから、その配慮もあって今はビニールハウスでやっているんですよ。できれば露地栽培でとは思いますが、雨が降ってカッパ着てというのは大変つらい。居心地のいい、作業効率のいいハウスにしています。風も通るし」

つまり、近代化していく街、人の暮らしとの共存のために、ビニールハウスで野菜を育てているのです。また、ビニールハウスの形状にも、京都らしい工夫がありました。
「このビニールハウス、風は横から通ります。ハウスの背が高くて、上が空いているでしょ。京の町家は中庭があって、そこに打ち水をして、蒸散作用がありますよね。その応用です。ここでは気化熱で涼しくしているんですよ」

ビニールハウスが町家仕様、というのはなんとも京都らしいですね〜。

※住宅街から露地を進むと、森田さんの大きなビニールハウス。中は上部に空間の余裕があり、野菜のなんだかのびのびしています。

ビニールハウスの工夫にはもう一つ、大切な理由がありました。

「作業するのも大変だから、後継者が跡継ぎするのに、いやな環境は受け継がせたくないじゃないですか。居心地のいいようにすればあとも継いでくれるかな、と考えてこんなビニールハウスにしているんですよ」

自分が受け継いだ農業を次の世代に伝える、そのためには少しでもいい環境で、という森田さん。確かに好環境ではないということが、まだまだ農業の現実として存在しています。
それを率先して改善していこうと森田さんは尽力されているそうです。
おいしい野菜を作るためと、元気に長く続けるためにこのスタイルなんですね。

「ちなみに、朝収穫したら昼には食卓に並ぶ、というのはこの場所のメリットなんですよ」と森田さん。
生活の場に密着している農業、ということでしょうか。
朝収穫した野菜を午後には食卓に届くように、という思いもあるようです。
「野菜も酸化しないうちに食べてもらった方がおいしいですからね」

さて、そもそも上賀茂周辺ではどうして農業が発達していったのでしょう。

森田さんの持論では、
「洛中に西陣があり、そこで働いている人達がいて、まかないのおばちゃんがいました。そして、上賀茂辺りからリヤカーで売りに来た野菜を、おばちゃん達が買って食べていた。
そこでは、当然ながら屎尿が出るでしょ。これを農家はもらって肥やしにして、野菜を育てていたんだと思っています」

作る、買う、食べる、そしてまた作る、というサイクルが、昔から京の街にはあったと言うことなのですね。なんだか歴史ある街らしいつながりだと思いませんか?
「上賀茂は、東に高野川、西に鴨川、中間には池があって、出町柳から北のこの辺りは三角州になっています。立地情感がよく、土壌が富んでいる」
というのも、上賀茂周辺で農業が発達した理由だとか。
そんな地で京の伝統野菜が育っている。その事実に脈々と続く人と街の営みを感じます。



Director’s voice [京の街と伝統野菜] 京都では1200年もの間、宮中や社寺、そして町衆からの需要で、さまざまな産業が発達してきました。京野菜もその一つ。現在"京の伝統野菜"と呼ばれている野菜は、こうした歴史的背景と共に生き続けているものなのです。

おもしろいのは、それら伝統野菜の出自。京都でもとから育っていた、というよりも、全国各地や中国大陸から調停や社寺に野菜の種が贈られ、それらが京都の街で根付いた、というのがその始まりのようです。 それから長い期間を経て品種改良が施され、現在では現存する野菜36種、絶滅した野菜2種、それに準じる野菜3種の計41種が、京の伝統野菜、つまり京野菜と呼ばれています。




【プロフィール】
森田良彦さん
京都・上賀茂で100年続く農家の三代目。四代目の息子さんと共に、賀茂なすをはじめ様々な野菜を育てている。
http://www15.plala.or.jp/puremorita/