番組内容

完全防備で訪れたドキドキのミツバチ農園

田畑にレンゲソウの花がかわいく揺れる時期、大阪府の富田林市佐備に向かいました。
大阪の梅田から1時間ほど南に行った場所なのですが、もうこのあたりは、山に囲まれていて、のどかな風景が広がっています。
取材当日はいい天気で、鳥の声がたくさん、とても心地よく聞こえています。

訪問した場所はちょっと小高くなっていて、眼下には畑や田んぼ、竹林なども広がっていて、風光明媚な感じです。

やってきたのは、「みつばち農園」と書いてある建物の前。
今回は養蜂場におうかがいするということで、肌を露出しないように、頭からネットをかぶったり手袋をしたり、完全防備のつもりなのですが、大丈夫でしょうか? この格好(笑)。

「隙間があるとミツバチが入ってきますが、大丈夫そうですね」と答えてくれたのは、農園主の東 敏宏さん。






※防止の上からネットをかぶり、脇に隙間がないように閉め、首は念のためにストールで保護、手袋もして完全防備の本上。昔からミツバチは、黒っぽい服に反応するとのことで、今回は明るめのファッションです。黒っぽいと天敵の熊に間違われることもあるそうですよ。

目の前でミツバチが箱の回りにたくさん見えるのですが、東さんの養蜂場ではどのくらいのミツバチがいるのでしょう?

「この養蜂場で、大小の巣箱65箱、130万匹くらいのミツバチを飼育しています。
私を含め、日本の養蜂家が使っているのは、世界標準箱といわれるものです。
杉の木でできた巣箱なのですけど、非常に精巧にできていて、家具職人さんが工房で作っているものなんですよ」








※農園にはたくさんの巣箱が! 箱の回りにはミツバチがカワイイ羽音を立てながら忙しそうに飛び回っていました。

訪問時はGW前、レンゲソウの花の蜜を採取している時期でした。
ここへ来るまでにあちこちにレンゲ畑がありました。懐かしい風景というか、最近あまり見なくなった風景ですが、そこにこの場所からミツバチがせっせと通っているんですね。

「最近は減農薬の米農家さんがレンゲソウを増やそうという流れになってきているんですよ。レンゲソウは昔から有機肥料に使われた花なんです花の時期が終われば、土に混ぜられてしまいます」

レンゲソウが減っていると一般的には言われていますが、実はこれから増えていく、という状況なんですね!











※農園から少し離れた場所に、たくさんのレンゲ畑がありました。恐らく東さんのミツバチでしょう、花の周りでミツバチが蜜を採取していました。
Director’s voice [日本での養蜂の歴史] 日本でハチミツが使われ始めたのは、遠く奈良時代にまで遡ります。
といっても、その頃は朝鮮半島などからもたらされた、貴重な薬としての存在。
養蜂はその頃から見られていたようですが、日本書紀には、奈良の三輪山の麓で養蜂を試みたものの、失敗に終わった、というような記述があります。
平安時代になるとお香の原料として使われるようになるなど貴族の間に広まり、甲斐(山梨)や相模(静岡)、備後(岡山)地域で細々と養蜂が始まっていたようです。
やがて江戸時代に入り、国内での養蜂も本格化。全国各地で養蜂が盛んになりましたが、土佐(高知)のものがよいとされていたとか。
明治時代になると西洋ミツバチが輸入され、養蜂の規模も拡大を始めます。
そして大正時代、現在のような長距離転飼が導入されました。
しかし戦後〜平成にかけて、海外からの輸入ハチミツに押され、国内での養蜂業は少しずつ衰退していきます。一時は飼育家が最盛期の2/3ほどまで落ち込んだ時期も。
そして現在。環境保全や生態系が見直されるようになってきた影響で、養蜂が見直され始めています。農作物の受粉のためや、国産ハチミツを採取するためなど、需要が高まっているようです。





【プロフィール】 創業から45年という「みつばち東農園」の二代目・東(あずま) 敏宏さん。 後継者不足などの事情で国産のローヤルゼリー養蜂場が皆無に近い現状の中、国内で唯一、国産ローヤルゼリー専門の養蜂場として知られる。大阪府富田林市佐備、甘南備地区ヺ中心に田畑に花の種をまき、蜜を採取している。
http://www.azumahoney.com