ワカメをもらう、の巻。後編
 前回の旅行話の続きです。
 京都、丹後地方の海辺の民宿で、朝食に登場した旬の穫りたてワカメに舌鼓をうっていた私たち一家。
 うちの娘ふうたろう(仮称)はというと、いつもはのんびり牛のように、夫に言わせると「毎回晩酌ペースで」ごはんを食べるくせに、民宿の末っ子Mちゃんと遊ぶからと言って猛スピードで食事をかきこみ、ワカメの物干しの真横にある手作りブランコでふたり遊んでいます。昨夜初めて出会ったのに、ずいぶん打ち解けているようす。子どもっておもしろいなあ。
 食事を済ませてブランコのところへ行くと、ふうたろうとMちゃんは救命胴衣をつけて、もう船に乗り込んでいました。
 Mちゃんのお父さんであるご主人が船を操縦してくれて、久見浜湾内をぐるーり、クルーズです。小学三年生のお姉さんとおばあさんが桟橋で手を振って見送ってくれました。

 途中途中で「これはうちの牡蠣の養殖棚です」と、牡蠣の赤ちゃんが殻にぽちぽちくっついているのを見せてもらったり、魚市場のことをいろいろ聞いたり。Mちゃんに魚好き? って聞いたら「うん! アジが一番好き」だって。へえ、うちのふうちゃんはサカナ苦手なんだよ、と言うと「え! なんで?」って。ふうたろうは若干気もつかっているのか慌てて「え! 私サバは好きだよ!」と声を張ります。あ、そうだったね。そう、うちの娘は鯖の塩焼きとかしめ鯖、鯖寿司が好きなのだった。それにしても青背の魚が好きとは、二人とも渋いねえ。Mちゃんがもし都会に出たら、きっと魚の味がうんと違うからびっくりするんだろうなあ……と、余計な心配までしてしまいます。
 船上からの眺めは、かぶと山という名の、形の美しい山が目の前にそびえ、初夏の太陽がきらきら輝いて、なんともきれい。いいところだなあ。そして、この宿のご一家はなんという良い方たちなのでしょう。
「夏は海水浴もできますし、冬のカニもおいしいですよ。ぜひまた来てくださいね」
 はい、またきっと来ます! どうもありがとうございました。
 何度もお礼を言い、大量のワカメと共に、車に乗り込んで宿を出発しました。
 さて。車の中は磯の香りでいっぱいです。
 これから鳥取の皆生(かいけ)温泉と大山(だいせん)と、二泊するので、生のワカメのことをマジメに考えなくてはなりません。鮮度が落ちないうちになんとかせねば。
 鳥取砂丘にちょろっと寄って、道の駅で特産という《ねばりっこ山芋》という長芋を買う。
 そしてホームセンターへ。そこで洗濯ばさみのいっぱいついたハンガーを580円で入手したのち、次に泊まる皆生温泉の宿にチェックインしました。今度は旅館です。
 チェックイン後、私はというとひと息つく間もなく、ふたたび車に積んだワカメの元へ。
 旅館の駐車場脇にあった海水浴客用のシャワーを借りて、一人せっせとワカメを洗い、どんどん洗濯ばさみに挟んでいきました(そう、そのために買ったのですよ)。
 手でつかんだ生のワカメは一株一株、肉厚で本当に立派です。つるつる滑って洗濯ばさみで挟むのが意外と難しい。メカブがついているものもあり、大きいのは二カ所で留めないと重みで落っこちそう……ああでもないこうでもないと試行錯誤の後、ようやく全部をぶら下げました。一番大きいハンガーを買っておいて良かった。ワカメはぎちぎちにぶら下がり、ぼたぼた水をしたたらせなら風に吹かれている。
 ふー、頑張ったオレ。
 しかし。これをどこに干せばいいのでしょう。
 もちろん、物干し竿なんてありません。駐車場に干しておいたら誰かにとられちゃうかもしれないし(「とらへんわ」と家族)。
 車の中じゃ乾かないだろうし。うー困った。
 重たいワカメハンガーを持ってうろうろしていると「おーい」「おかーさーん」上から声が。見上げると、五階の部屋の窓から夫とふうたろうが手を振っています。なんか、笑顔です。もうお茶とお茶菓子もらってくつろいでいるようすです。
 これ、干すとこ探しているんだよ−!
「えーなあにー?」
 干すとこだよー!
「えー?」
 海風で良く聞こえないみたいです。しかたなくバイバイと手を振り返して、私はまた干し場を探す旅に出ました。
 あとで夫が言うには、実は聞こえていたけど、返事をすると手伝わされそうなので聞こえないふりをしていた、とのこと。憎らしい。
 しかも、私がハンガーにワカメぶらさげて、右往左往している姿に「笑って」「ちょっと引いた」そうで、倍憎らしい。

 結局、たまたま通りかかった宿のスタッフの方に頼んで、事情を話し預かってもらうことに。スーツ姿のその男性も、にこやかに受け取ってくださったものの(申し訳ない!)、バックヤードの貯水槽の脇にぶら下げようとして失敗したりしてワカメの水で袖を濡らせてしまいました。厄介な客です(本当に申し訳ない!!)。
 翌朝のチェックアウト時、そのスーツの男性は「すっかり乾きましたよ」とワカメハンガーを持ってにこやかに登場。私はまんまと手作り干しワカメを手にすることができたのであります。
 無事にこの案件が片づいたので、それからは安心して、海の幸にも舌鼓、境港にある水木しげるロードの妖怪銅像を見物に行くことができ(十五年ぶりの再訪)、念願だった一反もめんの「いったんメモ」も買うことができました。

 それは、車内が潮の香りでずっとむんむんしていた、幸せな匂いとともに記憶されることになる旅でした。