雪の日ってさ、の巻。前編
 私の暮らしている京都では、大晦日からお正月の三日まで、雪がたくさん降りました。
 新聞でも「京都市内は記録的な雪」と記事になるほど。20センチ超の積雪。
 元日は夕方から夫の実家の滋賀県に車を駆って行く予定だったのですが、午後2時過ぎくらいからほたほたと雪が降り始め、いい風情だなあと思っているうちに、こんこんとなり、次第にしんしんへと変わってきました。
 車に乗り込むとみるみるうちに道路が真っ白になっていきました。通行量の多い大通りですら雪でタイヤが取られる状況。ノーマルタイヤなのです。こりゃ危険、と蹴上(けあげ)の手前、平安神宮のあたりで慌てて引き返すことにしました。夫の実家の方はさらに寒く車通りも少ないし、無事にたどり着けないだろうと判断したのです。
(後日、名神高速道路で車が乗り捨てられたなんてニュースを聞き、「正しかった」と思いました)

 かたつむりのようなのろのろ運転で家に帰り着くと、車庫にあるほんの5センチの段差すら雪で滑って上がれず、悪戦苦闘。段ボールをタイヤの下に敷くという作戦でようやく駐車しました。
 凍ってしまうと翌朝通行の人が大変なので、今のうちに積もった雪をどけておこうと家の前を除雪シャベルでぐいぐいやっていたら、お向かいさんに両隣さん、ご近所の方が次々出てこられて「明けましておめでとうございます!」「今年もどうぞよろしくお願いします」の大合唱に。
「こんなに雪が積もるのは珍しい」「嫁いできてから初めてやわ」「よくほんじょさん家はそんな雪シャベルを持っていますね」と言われたのです。物持ちはとてもいいので、私たち。
 いろんなプランが崩れて「やれやれ」の雰囲気濃厚な私たちの中で、唯一眼を輝かせ、そわそわしている人がいて、それが小二の娘のふうたろう(仮名)。さっそく雪遊び仕様に着替えて玄関先に飛び出しました。気づけばお隣のお宅に帰省していたお孫さんたち(同年齢)と遊び始めました。ハジメマシテのはずですが、早速みんなで何かをやっている。子ども同士って初対面でも物怖じしないんだなあ。あっという間に小さな雪山ができました。「ここにかまくらを作ろうよ」「うんうん」。なんだか楽しそうです。
 ねずみのかまくらのような大きさの祠(ほこら)が掘られていきます。
 それを見ながら私たち大人も、新年早々井戸端会議を楽しみました。
 そして雪にまつわるいろんなことを思い出しました。

 冬はいつも首が縮こまってしまい寒さに震えているのですが、雪となると話は別で、見るのも遊ぶのも好きなのです。自分が一番はしゃいでいた雪の日の記憶は、子どものころの冬休み。母の実家。山形・庄内の田舎の裏庭で毎日毎日ソリ滑りをして遊んでいましたっけ。
 妹やいとこたち、いつも最低五、六人はいたなあ。いとこは全部で十四人いるのですが、休みになると方々から集まってくるから私も田舎へ行くのが楽しみで、長い休みが来るのを心待ちにしていました。
 祖父母宅の雪は山形の内陸部ほど積もらないものの、屋根から落ちてきたのも合わせると一番高いところで2メートルはあり、とびきり上等のプライベートゲレンデでした。真っ白な雪、ほっぺや鼻が真っ赤っ赤のいとこたち。黄色や青のソリが目の前をしゅーしゅー行き過ぎるのが、今もまぶたに焼き付いています。
 そうそう、うちのおかんも出てきてソリ滑りに参加していたっけ。おかんはソリが大好きなのです。「大人は子どもより重みがあるから道がくっきりつくんだ」と威張って、雪シャベルと足踏みで階段を作ってくれたり。きゃあきゃあ騒ぎながら子どもたちよりも先にソリに乗っていたなあ。  雪のなかで遊んでいると手袋や靴下が濡れて冷たくなる。ふと気がつくと指先がじんじんしていたりするのです。
 あ! なんか、手が痛い! 思わず口に出すと、みんな口々に足の爪先がじんじんする、じんじんすると急に気づいて連呼しだし、慌てて家の土間のだるまストーブにあたりに行ったものでした。
 ストーブは薪がぱちぱち音をさせながら景気よく燃えている。上に乗ったやかんがしゅんしゅん音を立てています。手袋をかざすと、みるみるうちに湯気がもくもくと上がりました。生きものみたいに不思議に揺れ動くのがおもしろかったなあ。その勢いが弱まっていくと同時に手袋はすっかり乾いているのです。
 拾ってきた小枝や松の葉を差し込んで燃やしたりして、よく大人たちに怒られていた記憶もあります。たき火でもなんでも、火を見ているとどうして色々燃やしたくなるのでしょうね。大抵火遊びはダメって言われるけど言われると余計にやりたくなるのも子ども心。こそこそしながらみんなで燃やしていました。火を囲んでじーっとしていると凍りそうなくらいだったほっぺがじわーんとあたたまっていくのが気持ちよくて、火を眺めているのも飽きなかったなあ。みんなの顔もにこにこオレンジ色になりました。