屋久島へいったよ、の巻
 4月初め、私は屋久島にいました。NHKBSのトレッキングの番組で山登りしませんか? とお誘いを受けたのです。
 屋久島と言えば、樹齢1000年を超える巨木が悠々と枝葉を伸ばし、苔むした岩がごろごろ、澄んだ清水がそちこちに流れる「太古の森」「原始の森」というイメージ。うちの本棚にある、写真家の三好和義さんが撮られた屋久島の写真集は私のお気に入りです。濃い深い緑の森、雨に濡れた苔の美しさ。三好さんの写真は、その場所が最も美しい瞬間、輝いている一瞬が切り取られています。いいなあ、素敵だなあ、いつか行ってみたいなあとずっと思っていました。
 林芙美子の最晩年の小説『浮雲』にも、屋久島が出てきます。成瀬巳喜男監督の同名映画も、どちらも大好きです。屋久島のシーンはざんざん降り続く雨が印象的だったなあ。ひと月に35日雨が降る、と言われているのは、この小説から来ているんだろうなあ。
 わたしの妹はもうずっと前にかの地を訪れていて「お姉ちゃんも絶対行った方がいいよ」と勧められていたのです。
 というわけで、「行きます行きます!」と即答しました。

 私は運動神経はあまり良くないのだけれど、山に登るのは得意です。体力と脚力がなぜかある。二十代の頃におかんの荷物持ちで八ヶ岳縦走に同行し、これは楽しい! と開眼しました。実は仕事で山に登るのもアメリカのアパラチアントレイル、北海道大雪山に次いで3回目なのです。
 今回は野々山さんというガイドさんにヤクスギランドから太忠岳の天柱石へ案内してもらう、およそ八時間のコース。
 ヤクスギランドの入口でお弁当の朝ご飯を食べ、野々山さんと待ち合わせ。がっしりとした体躯に大きなザック、チェックのシャツにダウンのベストを着た野々山さんは、いかにも強そうでかっこいい。が、近づいてみると笑顔、しかもちょっぴりひょうきんな風貌になる、素敵なひとでした。「私、アウトドアの服と靴しか持ってなくてですね、他の履き物はサンダルしかないんです」「大学のころは探検部にいてアフリカに珍獣を探しに行ってました」とか、なんだか愉快な方なのです。
 屋久島は火山岩が隆起してできた島であること、そのため土の養分が乏しく、植物にとっては過酷な環境であること。だけど過酷だからこそゆっくりじっくり成長し、生き残ったものが今こうして見られるのだと言うこと。
「例えば海岸に近いところは陽当たりもいいし、木々も早く大きく育つんです。でも、そうすると寿命は短くなる。面白いものです」
 樹齢1000年を超える杉を「屋久杉」、それより若いのは「小杉」と呼ぶこと。700歳でも小杉!「そうなんです」。なんだか間尺に合わない言葉だなあ……。杉だけでなくツガ、モミも巨木になること。
「木の根元に落ちている実がほら、違うでしょう?」
 木を見ないとその種類がわからないと思っていたけれど、そうか! 根元にぱらぱらと落ちている実でも、当てられるんですね。なるほどなるほど。
 途中のせせらぎで「この場所のは飲める水です」と教えてくれて、島の特産《たんかん》という柑橘の絞ったものを、お水で割って飲ませてくれました。
 おいしい! 甘くて濃い、南の島の味。
「このあたりにたくさん落ちている椿の花、全部半分に裂かれているでしょう? これは、ヤクザルが蜜を吸った後なんですよ。そして、この落ちた花をヤクシカがまた食べたりしています」
 あ、鳥のさえずり! ほんの2、3メートル先の枝にとまっているかわいい小鳥がいます。「ミソサザイですよ。名前の由来は……羽の色が味噌みたいだから、と言われています」。ええっ! そんなあ。
 自然のなかを歩きながら、山や森に詳しい先生の話を聞くのはなんて楽しいんだろう。大きな木に囲まれたり、ごつごつした岩にしがみついてよいしょ、よいしょと登ったりしていると、自分が小さな動物や昆虫になった気持ちがしてきます。谷を抜ける風が冷たいこと、急に雲が晴れてトレイルに木漏れ日がさし、それがうっとりするくらいにキレイなこと。実際に訪れないと見られないもの聞けないもの、たくさんありました。
 そして、とうとう出発地点ヤクスギランドからも見えていた天柱石に到着。山の上に、親指を立てたみたいに巨岩がすくっと立っている太忠岳(たっちゅうだけ)の頂上です。木々がもこもこ茂る山の上に、ひとつだけぼん! と立っている岩。どうしてこんなことになっちゃったの? って、誰もが思う光景。岩が大きすぎて天柱石の真下からは視界に入りきらないよ!
「この天柱石は、ふもとの安房(あんぼう)という町からも見ることができます。町の人たちの信仰の対象になっているんですよ」
 少し回り込んでいくと、石作りの小さな祠が、雨を避けられるような窪地に置かれているのが見えました。自然を敬い、自然と共に生きる島の人たちの暮らしが垣間見えたように思いました。

 翌日は野々山さんと撮影班にくっついて、別ルート、おまけのツアーもしていただきました。白谷雲水峡(しらたにうんすいきょう)から、手で叩くと太鼓のような音がするという、太鼓岩までのコース。途中白谷川の豪快な流れや『もののけ姫』にも出てきそうな、苔むした岩と木々の広がる森を見て、太鼓岩からは満開の桜が眼下に広がる絶景を眺めることができました。
 ひと月に35日の雨、心配していたけれど、お天気に恵まれてとても楽しいトレッキングになりました。「またきっと来ます!」野々山さんに宣言して、飛行機に乗りました。