みかんがなったよ!の巻。
 晩秋の畑に、だいだい色したかわいいみかんが実りました。
 半年ほど前に植えた50センチほどの2本の苗木。ここから、みかんが穫れたのです。しかも、8個も。すごいでしょう?

 このみかんの木は和歌山の小南農園さんが送って下さったもの。以前この番組『NatureBreath』で小南農園の太田さんが栽培するブランドみかん「田村みかん」を取材させていただいた際に、図々しくも「みかんを育ててみたいのですが、相談に乗っていただけますでしょうか」とお願いしたことがきっかけです。
 取材後数度のやりとりを経て、植え付けに適期と言われる春先に、太田さんは2本のかわいい苗木を送って下さいました。植樹の地は滋賀にある義母の畑であります。義母も私と同じく無類のみかん好き。前々からみかんの木を欲しがっていたのです。

 植える場所には元々ススキが生えていたのですが、これを掘り起こすのが実に大変だったなあ。地中におよそ五〇センチ四方の頑固な根が巣くっていて、なかなか歯が立たなかったのです。シャベル係の夫と代わる代わる、力任せにがんがんがんやっているうち、初めは長年ここに暮らしていたススキさんごめんなさいと言う気持ちだったはずが、次第に(しつこいやつめ! えい!)と懲らしめの気持ちが勝ってきたのです。なぜだろう、ちっともそんなつもりなかったのになあ。ぜーはー、ぜーはー(荒い息)。
 しかし、本当に手強い相手でありました。地中から根の塊を引きはがそうとして私はクワの柄を折ってしまったほどです。思い返せば、今年最大の試練、親知らずを抜いたときのことを思い出させるような厄介な仕事でしたよ……。

 私の親知らずも相当頑固で、大学病院の手術室で歯を引っこ抜かれるとき、仰向けに寝て寝台にくっついていた頭や背中が宙に浮くほどだったのです。ちなみに執刀医の先生は意表をつくアロハ柄の手術着で登場。「ははは、面白いですね」と言いたかったのですが、途中からそんなこと言っている場合じゃない状況になり、終了後はしばらく放心状態で結局何もコメントできなかったのが残念でした。アロハ先生曰く「ほんじょさんの親知らずは、ものすごく大きく、あまりにも堅かった」とのことでした。
 あ、話が横道にそれました。

 ススキの巨大な根っこが「まいった」とついに退場した後、できた洞穴。ここにエンヤコラと腐葉土を運び込んだのも私です。1キロくらい行った裏の山の、落ち葉集積所で集めてきたもの。一応義母にお伺いを立てて「あそこら辺のはもらってきても大丈夫」と言われたものを運びました。村の墓地の入り口付近なんですけどね、いつも落ち葉が満杯なのです。
 見るからに養分たっぷりの、ふかふかの土をたっぷり詰め込んでみかんの木を迎えることができました。
 ひょろりと細い枝。緑の小さな葉っぱ。新入園の幼児さんのように愛らしく頼りない姿を、5、6、7、8月……一家で見守ってきたのです。

 みかんが来たことを誰よりも喜んで、日々の成長に関心を寄せていた義母が腰を痛めて入院したのは植樹後すぐのこと。入院と静養で三ヶ月、畑に出ることができなくなって、そのときは本当にみんなで心配したものです。けれど、義母が回復して自宅に戻ることができたとき、畑に根をはった小さな木が青いみかんをつけて出迎えてくれたことが本当に嬉しかった。ちっちゃなみかんたちが急に頼りがいあるものに思えてきたのです。
 存在そのものが元気をくれる。植物の持つ力ってすごいなあと、しみじみ思いました。
 夏が終わる頃庭の竹藪から竹を拾ってきて、果実を支えきれなくてしなりつつある枝を支える支柱を立てました。実が色づき始めると義母はネットをかけてみかんを守りました。
 お隣のおじさんが「よう実ったが、あまり小さい木に成らしておくと木が弱ってしまうよ」と心配してくれたようですが、義母は(できれば孫たちにもこのかわいい木の、豊作の様子を見せてあげたい)と、心配しいしい見守り続けてくれたようです。

 そして、とうとう収穫の時期を迎えました。
 うちの子どもたちと実った木の記念撮影。
 大きいのや小さいのや、丸いのやでこぼこのや、いろいろの形をしたみかん。まるで私たち家族みたい。とりわけ、ちっちゃいのの愛らしさといったら!
 我が家にやって来てまだたったの半年ほどなのに、あっという間にこの2本の木はみんなの心のよりどころになりました。
 8個も実をつけてくれて、どうもありがとう!
 甘くてちゃんと酸っぱくて、おいしかった。みんなで少しずつ分け合って食べ、ニコニコとまあるい笑顔になりました。義母もすっかり元気になって、よかったよかった。
 これから二本の木はどんな風に育っていくのかな。うちの息子や娘の背丈を超す日はいつなんだろう。みんなで見守っていきたいと思います。
 苗木を送って下さった太田さんに感謝です。