2017年

9月10日

若いエネルギーが伝統の刃物を磨く

ゲストは、先週に引き続いてダンボール用刃物製造専門メーカー、近畿刃物工業株式会社の代表取締役社長・阿形清信さん。
ダンボール用刃物専門で営むのは名古屋から西はこの会社だけ。
様々な形の刃物を作っていらっしゃいます。

そもそもダンボールはどんな歴史を持っているものなのでしょう。
「うちは昭和35年創業。
戦後、復興している時代ですね。
物が全国に流通し始める時代に入れ物が要ります。
ちょうど木箱からダンボールへ移り変わった時代でもあります。
ダンボール自体の歴史は108年ほどの歴史があるんですが、生まれてから半世紀経って始めた仕事ですね」

もともとダンボールのカッターを作っておられたのでしょうか?
「元々は祖父が工業用の刃物の研磨業をしていたんです。
そこから今の業態の商業は父が。
四国の鍛冶屋さんと協力して立ち上げました」

先代と阿形社長のコンビで会社を盛り上げて…?
「最初はよく衝突しましたね(笑)。
僕は新しい機械を入れたいと言っていたんですが、実際に導入しても当時の機械は宣伝文句通り動いてくれない。
機械も動かなければ、それに人もついていけない。
機械にさわらなくなって、取り残された機械は自然と古くなるでしょ。
失敗ですよね。
いい経験として覚えています。
これからはそのマシンを操る人間も必要だと思いますね。
何がうちの会社に必要なのかそういう見極め。
今風でなくて独自のものを探したいですね」

忙しい最中、体を壊されたこともあったそうです。
39歳の時に突然心筋梗塞に…。
「当時は社長は父。
その父も入院に続いて自分もでしたからね。
社員はよく頑張ってくれました。
もしうちの会社が魅力のない会社だったらこの機に辞めてくと思うんです。
でもそうじゃなかった。
きっと父がうまくやってくれていたんだと思うんです。
父は石橋を叩くタイプで、仕事がたくさんあっても、人を入れて多く回すことはしなかった。
何もないところから立ち上げた父はすごいですね」

先代から受け継いだ近畿刃物工業株式会社。
阿形社長のこれからの夢は?
「うちの社員の平均年齢は34歳なんです。
この若さは強みのひとつです。
この若い世代の社員に事業をどう継承して行くか。
進める事業を後に人に渡した時に、迷ってしまわないようにしたいんですよね。
必要後悔する仕事はやらないほうがいい。
しんどくても、やった後、喜びあえるような仕事はやったほうがいいんですよ」

近畿刃物工業株式会社の商品の切れ味は、社長をはじめ、社員の皆さんの想いで磨かれた賜物です。

竹原編集長のひとこと

社員さんの気持ち、会社の在り方。
見える、見せることで仕事に楽しみを見出していらっしゃいますね。

ページトップへ