2019年

5月26日

時代と共に設備投資 生産世界一を目指す 

先週に引き続きゲストは日本絨氈株式会社の代表取締役社長・池崎博之さん。
多岐にわたるカーペットをお作りになっている会社です。
今週は改めて会社の歴史を伺います。
「元々、泉州は綿花ができたり繊維産業が盛んな地域でした。
私の曽祖父は綿の糸を作ったり絨毯も扱っていました。
実際にカーペットの方にシフトするきっかけは、私の父が体験したことでした。
戦後、難波から梅田まで焼け野原を父が見たそうです。
その悲惨な光景を見た父は"これからは西洋の建物の中に敷くカーペットを"と思ったそうです。
家業としては145年、法人化してからは70年ですね。
日本の産業復興と同じ歴史を歩んできました」。

着実に積み上げてきた実績で現在、国内で人工芝では1位、タイルカーペットは2位のシェア。
これまでの実績を残せたのはなぜなのでしょう?
「色々挑戦をしてきたからだと思います。
父は織物のカーペットを手がけてまして、当時織機は"ガチャっとすれば1万円"通称ガチャマンと呼ばれていて、景気が良かったです。
そこから機械を替えてミシンの針が1600本繋がったような機械にしたり。
ガチャマン時代からすると生産量が10倍以上になりました。
用途開発をして新しい織機を生み出して、作るもののジャンルを広げることで仕事が広がったと思います」。
設備投資には時間もお金もかかってるそうで、現在お父様の代の機械はほとんどないそうです。
機械も新陳代謝を繰り返しているのです。

どのような経営理念があるのでしょうか?
「プラス思考というのもあります。
ピンチことチャンス。
繁栄のプラス。
そういった考えを取り入れてましたので、リーマンショックなど不況を乗り切れたように思います。
あと"幸せを敷き詰めよう"ですね。
父は65歳の時に急逝するんですが、この言葉の原点は父の考えや想いが詰まっています。
私は変革の時に社長就任したのですが、当時の父は私の提案を受け入れてくれました。
度量の大きな人間だったと思います。
それに社員の協力もあって今がありますね」。

これからのビジョンはどうお考えでしょう?
「法人化して70年、売り上げ90億円。
この先に100年になった時に売り上げ100億円になっていたいです。
その時に盛大にパーティをしてもらって、来賓として呼んでもらいたい(笑)。
そこまで引き継ぐことが大切だと思っています。
新しい世代に頑張ってもらいたいですね」。
本社は堺市、滋賀の新しい工場はタイルカーペット専用。
生産世界一を目指す日本絨氈株式会社の目標達成はそう遠くないかもしれません。

<プレゼント>
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≪ 宛先 ≫
メール:akarui@mbs1179.com
FAX:06−6809−9090
ハガキ:〒530-8304 MBSラジオ 「日本一明るい経済電波新聞」
「 日本絨氈 プレゼント 」係
*当選者の方の発表は商品の発送をもってかえさせて頂きます。

竹原編集長のひとこと

絶えずチャレンジをしていく姿勢。
歴史のある商品だからこそ、
そのチャレンジを長く続けていただきたいですね。