2024年

4月21日

リグニンで作る循環型の未来社会

今週のゲストは京都大学生存圏研究所 特定准教授 西村裕志さんです。
西村さんは池田泉州銀行の2023年度イノベーション研究開発助成金の大賞を受賞されました。
このイノベーション研究開発助成金とは社会課題、地域課題の解決に資する先進的な研究開発に取り組む企業、研究者に対して贈られます。

どういった研究内容で受賞されたのでしょう。
「私の身の周りにある森林の資源を有効に使って、人にだけでなく地球にも優しい新しい素材を作っていこうという研究です。
特に今回のイノベーション研究開発としては、紫外線バリアというのに着目しました。
森の木の中の『リグニン』という成分があるんですけど、それを上手に取り出して、自然の持っている力を引き出して人の健康や地球にも優しい循環型の社会を作っていきたいという研究のテーマになります」。

『リグニン』とは?
「植物が陸上に進化していきました。
その時に維管束植物というのができた時点で『リグニン』ができたと云われています。
樹木でいうとおよそ4億年の進化を経てできてきたものです。
私たちが食べている野菜の中にも『リグニン』は含まれています。
木材を見ると茶色いですよね。その茶色い部分がリグニンだと云われています。
木から紙とかティッシュペーパーなどを作りますが、真っ白ですよね。
それはリグニンを全部除いて白くなっているんです。
リグニンがちょっと残っているものでいうと例えば新聞紙。
光が当たって古くなってくると、なんか黄色っぽくなります。
あれは、リグニンの色が光で変化して色がついています。
木の中にも、大体1/3〜1/4が『リグニン』。
地球上にはすごくたくさんあるものです」。

身近にあるものなのに初めて耳にしたという方も多いでしょうね。
「すごく長い歴史があるんですが、紙を作る、パルプを作るというのがまず優先でした。
なので、『リグニン』はどうやって分解して除いて紙の成分を取り出すかということが課題でした。
どっちかというと『リグニン』が悪者で、分解して取り除きたいといった感じ。
私の今回の研究は、植物が作ったリグニンそのものをできるだけ壊さずに使うことで、今まで考えていなかったような良い性質があったので有効活用しようというものです。
色んなところに使えると思います。
例えば樹木ってすごく長生きですよね。
1000年も生きている樹木があったり。
長い時間、風雨に耐えて、病気とか虫からも耐えて生きている、そのバリアがまさに『リグニン』なんです。
植物を守っているバリアをうまく上手に使って、人間を守ったり、地球の環境を守ったりしたいですね」。

改めて西村さんのいらっしゃる生存圏研究所とは...?
「生存圏っていうのは聞き慣れない言葉ですよね。
英語では"Sustainable Humanosphere"と云っています。
人間を含めた生き物全体が生きていくような領域。
私たちを含めた生態系全体が、今後も長く豊かに生きていくために、その診断と治療をするというのが大きなミッションなんです。
今起こっていること、視点がどうなってるかということをまず知る、診断をする。
それともう1つ、直面している大きな危機を克服するためのこの解決策を研究して提案、実行していく。
それが治療ということです。
ちょうど20年前にできました。
それまでは木材の研究所が京都大学宇治地区に80年前からあります。
そこと宇宙とか電波の研究をしている研究センターが一緒になって、新しい研究所ができました。
かなり幅広い領域の研究ですね」。

20年前からサステナブルという言葉を使っておられたということですね。
「そうですね、それが研究所の名前になっています。
まず木材を素材として有効に使いたい。
上手に使っていくというところに今集中してやっています。
自然界ではどうやって循環しているかというと、木が倒れた後、キノコ類が分解して、小さなバクテリアがさらに分解して。
こうやって生態系が循環しているんですね。
自然の中では、常温常圧でゆっくりゆっくりなんですけど、回っています。
こういう自然の循環は研究のヒントになるんですね。
自然環境とか微生物とか、生き物がやっていることがどうなってるかということを深く研究することが社会実装するための大きなヒントになります」

木材は家や家具に変わるだけでない。
「もちろん、建築や家具に使うことは素晴らしい使い道です。
ですが、その建築に使えない部分や余ってくる部分、そこに向かない部分もあります。
それでは建築に向かない木が生態系にとって要らないかというとそうではないです。
建材を作るとどうしても端材もたくさん出てきますので上手に使うというのはものすごく大事になってきます。
プラスチックみたいなものとか色んなものを植物由来に変えていくと本当の意味のサステナブルな循環型社会になると思います」

いずれ社会実装されていくもののイメージは?
「イメージとしては、今回のイノベーション研究開発助成で『紫外線バリア』と呼んでいるものです。
紫外線を跳ね返すようなものですね。
1つは日焼け止めのクリームに入れて。
例えば塗料なども光で劣化してしまうものを守るコーティングとして使えます。
元々『リグニン』というもの自体が植物を守っていたものなので色んなものを守る時に使えるんです。
大きなポイントは環境中に出た時もマイクロプラスチックなんかと違って、分解する微生物というのが環境中にあります。
リグニンができてから、もう4億年経っていますので、分解する微生物もきっと進化してくれているんですね。
人工物との大きな違いで実は地球が解決してくれているところです」。

色んな業種の方にも可能性が広がっていきますね。
「量産やスケールを上げていって作っていくこともそうですし、作っていった後にそれを上手に加工したり。
色んなことに使える可能性がありますが、その可能性の中で私も気づいていないこともあるかもしれません。
消費者へ届くまでにはいろんなご苦労があるわけですよね。
実はそこで必要なことってすぐにはわからないことも多い。
専門として長年やってきた方の経験と知恵を総動員して循環型社会を目指していきたいです」。

竹原編集長のひとこと

実は身近にあった『リグニン』と地球が持っている力を引き出して、私たちの暮らしを長く豊かにしようとする研究。
お話を聞いていると、先生の力はもちろん、自然の力はすごいと思い知らされました。