第909回「東日本大震災から3年〜備えが役立ったある自治会の取り組み」
電話出演:ライオンズタワー仙台広瀬元自治会長 佐々木益彦さん

東日本大震災では、仙台市内でも震度6強などをを記録し、大きな被害を受けました。
そんな中、地震が起こる前から防災マニュアルの作成作業などの防災の準備をしていたために、被災後の住民の生活などを救う事などができた、あるマンションがありました。
今回はそのマンションの震災当時の自治会長を務めておられた方と電話を繋ぎ、震災当時の様子や、どんな防災対策をおこなっているのか、どんな備えが大切かなど、リスナーの方々の自治会など、来るべき今後の地震に備えるための役に立つお話を、お聞きします。

第908回「福島原発事故3年〜関西への避難者が裁判に踏み切った訳」
取材報告:MBS 亘 佐和子記者

「子どもの将来を考えると、今、福島にいては危険だと感じました」と話すのは、中学生の娘を連れて、福島市から兵庫県・宝塚市に避難してきた石塚路世さん(41)。今月、東京電力と国を相手に裁判を起こした原告のひとりです。原発事故の2〜3か月後、鼻血を出す子どもや、倦怠感を訴える人が周囲で増え、放射線被ばくとの関係はわからないが、避難の必要を感じたといいます。
原発事故で損害賠償を求めて提訴した人は、全国で5000人を超えました。「普通の暮らし」を奪われた人々が、個人の尊厳を取り戻すために、そして、事故の責任を問うために立ち上がっています。「国が推進してきた原発が事故を起こし、私たちは正しい情報を知らされないまま被ばくしました。子どもたちは一生、健康不安を抱えながら生きていかなければなりません。あまりに理不尽です」と語る石塚さん。番組では、裁判に踏み切った避難者の思いをとおして、原発事故がもたらした被害の大きさを、改めて考えます。

第907回「東日本大震災から3年〜震災遺児に必要なサポートとは」
電話出演:仙台青葉学院短期大学講師、NPO法人「子どもグリーフサポートス テーション」理事
     佐藤利憲さん

東日本大震災で親が死亡または行方不明の子どもは、1739人に上ります(厚生労働省調べ)。これは、阪神・淡路大震災による震災遺児の3倍以上の人数です。
震災で突然親を失った子どもたちの悲しみは一人一人さまざまで、きめ細やかな心のケアが必要です。震災当時はまだ幼くて死を理解できなかった子どもが、時間が経つにつれて親の死を理解し、悲しみが増していくケースもあるといいます。宮城県仙台市のNPO法人「子どもグリーフサポートステーション」で震災遺児のサポートにあたる佐藤利憲さんは、「子どもたちが感情を自由に表現できる機会が必要」と話します。
震災遺児の子どもたちはどんな様子なのか、大震災発生から3年が過ぎ、今後必要なサポートとはどういったものなのかを、佐藤さんと電話をつないで聞きます。

第906回特別番組
『ネットワーク1・17 〜 東日本大震災から3年 関西から被災地にできること』
<ゲスト>松田曜子さん(関西学院大学災害復興制度研究所准教授)
     松田朗さん(岡本商店街振興組合副理事長)
     播磨靖夫さん(財団法人たんぽぽの家理事長)
     内海徹さん(石巻仮設住宅自治連合推進会事務局長)


<放送日時>
3月10日(月) よる7時半〜9時

<内容>
次回のこの番組は、放送時間をよる7時半から9時まで拡大し、特別番組『ネットワーク1・17〜東日本大震災から3年 関西から被災地にできること』と題して、東日本大震災からもうすぐ3年となる今、関西で様々な被災地支援の活動をおこなっている方々や、被災地の方に話を聞き、阪神淡路大震災を経験した関西の人間から被災地に何ができるのか、そして被災地の方々が望んでいるのは何なのかを、3つの特集を通じて考えます。

皆様が東日本大震災の被災者の方々に対して、している事やしてきた事、また阪神大震災の時にどんな事をしてもらって助かったか、などを番組の中で紹介しますので、メール117@mbs1179.com、またはFAX06-6809-9090でお寄せください。
採用させていただいた方には、番組特製のレスキューホイッスルをプレゼントします。 

また、特集の中で出てくる素敵な特産品を、抽選で5人の方にプレゼントします。

ぜひ、お聴きください。

第905回「東日本大震災からまもなく3年〜津波被災者が語る避難の心得」
ゲスト:東日本大震災復興サポート協会 代表理事 遠藤雅彦さん

約1万6000人が亡くなった東日本大震災。生死を分けたものは一体、何だったのでしょうか?今回のゲストは、福島県いわき市から大阪に避難してきた遠藤雅彦さん(30)です。 遠藤さんは津波で自宅を失い、大阪で県外避難者のネットワークづくりに取り組んできました。現在は、東日本大震災復興サポート協会の代表理事として、近畿各地で津波の経験を語りながら、福島への支援を呼びかけています。
遠藤さんの住んでいたいわき市沿岸部の豊間地区では、600戸のうち500戸が津波で流され、85人が亡くなりました。「避難行動をとっていれば助かった命が多い」と遠藤さんは言います。地震の後、一旦は高台に避難したのに、忘れ物を取りに帰ったり、第1波が小さかったから大丈夫と判断して自宅に戻ったために、命を落とした人がいました。また、津波がくるという意識がなく、地震で壊れた家財の片付けをしていて、被害にあった人もいます。遠藤さんも、「自宅を離れたくない」という祖父を説得して、車で避難を始めるまでに19分かかりました。家に津波の第1波が到達したのは、その3分後のことでした。
近畿では、南海トラフ地震に対する備えが、大きな課題となっています。ひとりでも多くの命を助けるために大切なことは何か、東日本大震災の津波を経験した遠藤さんに、避難の心得を聞きます。