取材報告:亘 佐和子プロデューサー

東日本大震災が起こった頃に生まれた子どもたちが、すでに中学生になっています。当時のことを知らない世代が増える中、何をどう伝えていくかは大きな課題です。
福島第一原発事故で、幼い子どもを連れて大阪に避難してきた森松明希子さんが、昨年12月、大阪府豊中市立第一中学校で、全校生を前に自身の体験を語りました。
森松さんは、福島県郡山市から大阪に、3歳と0歳の子ども2人とともに避難してきました。自宅は原発から60キロ離れていて、強制避難区域ではありませんでしたが、子どもを外で遊ばせることもできず、自分や子どもが避難生活の中で毎日飲んでいた水道水が放射性物質で汚染されていたことを知り、原発事故の2か月後、大阪への母子避難を決断しました。福島で働く夫との二重生活は今年で15年になります。
原発事故により、多くの家族がそれまでの暮らしを奪われ、選択を迫られました。今も全国で26000人以上が避難生活を続けています。森松さんは、国と東京電力の責任を問う「原発賠償関西訴訟」の原告団長でもあります。森松さんが語った「命を守る大切さ」「被ばくを避ける権利」は、中学生の心にどう響いたのでしょうか。取材した記者が報告します。
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震災復興応援イベント
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