第1221回「コロナウイルス対策と防災」
電話:アウトドア防災ガイド あんどうりすさん

新型コロナウイルスの感染が拡大しています。人が密集する場所を避けたいところですが、今、災害が起きて避難しなければならない状況になることも十分に考えられます。
アウトドア防災ガイドのあんどうりすさんは、「感染症の心配で避難所に行けない可能性もあるため、自宅にとどまれるよう災害対策をしておくことが今まで以上に重要」と話します。地震が起きても自宅で過ごせるように、耐震化や家具の転倒防止対策を見直すことが必要です。また、食材は、日持ちする乾物類などを中心に普段食べるものを備蓄しておいて、食べたら買い足す「ローリングストック」という備蓄方法で自宅避難に備えます。急な買い占めが問題となっていますが、今は物流や供給は止まっていませんので慌てて買い出しに行かずに、自宅にある食材を再確認したり原材料から作ってみることで、意外と食べられるものが多いことにも気づくと言います。キャンプ用のコンパクトで強力なバーナーや固形燃料、軽量の断熱マットなど、アウトドア用品も災害時の自宅避難に活用できます。
あんどうさんに電話をつなぎ、感染症拡大であらためて見直したい自宅の防災について話を聞きます。
 
あんどうりすさん考案の手洗いの歌
https://www.youtube.com/watch?v=FUmcUcJw2Ts

(番組内容は予告無く変更する場合があります)

第1220回「いのちと地域を守る~311メディアネット」

東日本大震災の被災地である宮城県の河北新報社の呼びかけで、全国の地方メディア11社が、それぞれの地元のユニークな防災活動を取材して記事を共有する「311メディアネット」という取り組みがあります。放送局で唯一、この取り組みに参加しているMBSラジオは、大阪市西淀川区の佃地域を取材しました。
佃地域は川の中州で、海抜ゼロメートル地帯に1万7000人が住んでいます。南海トラフ地震では最大5メートルの浸水被害が想定されています。1995年の阪神・淡路大震災をきっかけに、町会が一体となって防災活動に取り組むようになりました。合言葉は「佃はひとつ」、そして「一人も見逃さない」。町会が民間ビルと覚書を交わし、住民が逃げ込むための津波避難ビルを確保。高齢者に向けては毎月「お節介通信」を発行し、見守り担当者が手渡しで配布しています。全国各地から視察団が訪れる防災の先進地です。
このほか、中日新聞社が取材した「保育園の防災に取り組む研究者」や、高知新聞社が取材した「子育てをする女性たちが防災を話し合う女子会」なども紹介します。
 
西村愛のひとこと
「過去の災害の教訓を伝え、地域で取り組む」と聞くと、堅苦しいイメージですが、"女子会"や"親子でわがまち探検隊"と聞くと「楽しそう!私も参加したい!」と思います。知らず知らずのうちに顔見知りも増え、日々の暮らしも楽しくなるのもいいですね。私も近所に住むママ友と企画してみようかな!

第1219回「東日本大震災9年~被災地のいま」
電話:MBSラジオ災害リポーターで宮城県石巻市在住の 武山友幸さん
電話:富岡町社会福祉協議会 吉田恵子さん

東日本大震災と福島原発事故から9年がたちました。震災では、関連死も含めて1万9729人が亡くなり、2559人が今も行方不明のままです。今年は新型コロナウイルス感染拡大の影響で、政府主催の追悼式が中止になり、各地の追悼式も規模縮小を余儀なくされました。被災地はどんな3月11日を迎えたのか、2人に電話で聞きます。
1人目は宮城県石巻市に住む武山友幸さん。武山さんはMBSラジオの災害リポーターです。石巻市では現在、津波の被害が大きかった地区に新しい堤防や復興公園ができ、町の風景が大きく変わりました。仮設住宅も解消され、コミュニティづくりや人の心の復興が、これからの課題です。
2人目は、福島県富岡町の社会福祉協議会に勤務する吉田恵子さんです。富岡町は福島第一原発のある大熊町の南にあり、原発事故のため、全町民が避難生活を送っていました。3年前に町の8割の地区で避難指示が解除されましたが、人口は震災前の1割程度。今春は常磐線の全線開通やオリンピックの聖火ランナーが走るなど明るい話題が多いものの、新型コロナウイルスの影響で、ほとんどのイベントが中止になりました。町の現状と住民の生活再建について、吉田さんに聞きます。
 
千葉猛のひとこと
時がたつと壊れた建物や道路は新しくなりますが、復興とは住む人の心が回復することだと私は思っています。9年で本当に復興は進んだのでしょうか。国主催の東日本大震災犠牲者追悼式は、来年が最後と言われています。震災発生から10年が区切りのように考えられていますが、それでいいのでしょうか?

第1218回「原発事故9年~ふるさとへの思い」
ゲスト:福島県南相馬市から京都府綾部市に避難している 井上美和子さん

東日本大震災による福島第一原発事故が発生してから、今月11日で丸9年を迎えます。復興庁によると先月10日時点で、福島県から県外に避難している人は約3万人います。
 京都府綾部市に家族4人で避難している井上美和子さんは、福島県南相馬市で被災しました。山あいの土地に夫とともに建てた自宅では、山の恵みの薪や水を使って生活していましたが、事故後は汚染されてしまいました。井上さんは、福島第一原発の隣町に位置する浪江町の出身です。かつては原発関連企業で働いたこともあり、複雑な思いを抱えています。実家の解体、帰還困難区域にある祖母の墓参り、人が戻らない町...。井上さんは、9年間の避難生活と帰郷の度に感じる思いを浪江弁で詩にしたため、朗読しています。
 番組では井上さんをゲストに迎え、詩の朗読も交え、事故から9年を迎える思いを聞きます。
 
西村愛のひとこと
故郷の福島から京都に避難し、生き抜いてきた9年の中で生まれた想いの数々。井上さんが福島弁で語る詩の世界は、景色や人々の表情が鮮明に見えてきて、痛いほど心に響きました。過去の出来事として終わらせるのではなく【自分ごと】として、3/11を前に今一度、語り合いませんか?

第1217回「東日本大震災を伝えるために~陸前高田の語り部」
ゲスト:「陸前高田 被災地語り部 くぎこ屋」釘子明さん

東日本大震災の発生から、まもなく9年です。今週は約1800人が犠牲になった岩手県陸前高田市で語り部を続ける、釘子明さんにお話を聞きます。釘子さんは、地震発生時、駐車場にいて、車がバウンドするような大きな揺れを感じました。ラジオから流れて来た「6mの津波が来る」との声に、自宅にいた母親を連れ、指定避難所の公民館ではなく、その上にある山まで避難。振り返ると、押し寄せた津波が がれきや電柱をなぎ倒し、公民館をも飲み込んで行きました。
辛い体験を経て、「自分のような思いをしてほしくない」と、2013年に「陸前高田 被災地語り部 くぎこ屋」を立ち上げ、語り部として5万人以上に講演を行ってきました。伝えたいのは、自分の町も含めて指定避難所で多数の市民が津波の犠牲になったこと。そして、予算が足りず水や毛布など防災への備えが十分ではなかったということです。実際、釘子さんがいた避難所でも、食料が何度も底をつきかけました。「語り部は、事実を伝え、避難を見直すために必要な"防災の種まき"だ」と、釘子さんは言います。
陸前高田市には、去年9月、国が整備する追悼施設『いわてTSUNAMIメモリアル』が誕生しました。津波の映像を流すシアターに加え、押しつぶされた消防車両を展示するなど、震災を模擬体験できる場所です。一方で、最近は、語り部の需要が減り、町の中の多くの震災遺構が姿を消しつつあるといいます。語り継ぐために何が必要なのか。釘子さんに伝承者としての思いを聞きます。 
 
千葉猛のひとこと
発生から9年たとうとしている今も、100世帯もの仮設住宅が残っている現状にはショックを受けました。そんな中、政府主催の追悼式は来年で終わるという話も出ています。それでいいのかと強く感じます。ぜひ多くの方に被災地へ行って、語り部の方々のお話を聞き被災地の現状を見てほしいと思いました。

第1216回「大学生が向き合う阪神・淡路大震災」
ゲスト:神戸大メディア研代表 森岡聖陽さん 副代表 長谷川雅也さん

阪神・淡路大震災で学生39人教職員2人が亡くなった神戸大学で、今年1月17日に行われた献花式には、多くの現役生たちの姿がありました。これは、昨年の献花式では見られなかった光景です。背景には、震災を知ってもらおうと1年かけて奔走した学生の活動がありました。
神戸大メディア研代表の森岡聖陽さん(大学院修士1年)はメンバーらと共に、昨年、震災で亡くなった神大生の9家族に聞き取りを行いました。震災を経験していない世代の現役生らに多くの先輩が犠牲になったことを知ってもらうためです。亡くなった学生の大学生活、震災に遭った時の状況、その後の遺族の心の動きなどを丁寧に聞き取り、ほぼ全文をブログに書き起こして発信しています。震災で亡くなった戸梶道夫さんの母・栄子さんは「当時のことを話すのは辛い時もあるけど、若い人たちの記憶に残るのは嬉しい」と話します。
神戸大メディア研代表の森岡聖陽さんと、副代表の長谷川雅也さんをゲストに迎え、活動内容や震災と向き合った思いを聞きます。
 

神戸大メディア研ウェブログ 連載「慰霊碑の向こうに」 
https://blog.goo.ne.jp/kobe_u_media/e/b81d5f93f24d4db312586b32da0838da

西村愛のひとこと
「"震災"と聞くと"東日本大震災"が浮かびます」と語るお2人。阪神·淡路大震災を経験していない、若き11人の学生さんが手がけたインタビュー。遺族の皆さんの気持ちや当時の様子が鮮明に伝わってきました。真摯な想いが多くの人の心を動かしたんですね。ぜひ、皆さんにも読んで頂きたいです!

第1215回「斜面はなぜ崩れたか」
電話:京都大学防災研究所 教授 釜井俊孝さん

今月5日、神奈川県逗子市で、道路脇の斜面が突然崩れ、通学途中の女子高校生が(18)が巻き込まれて死亡しました。斜面は高さが約16メートル、下半分は石垣で補強されていますが、上半分はむき出しになっていて草木が生い茂り、その一部分が崩れ落ちました。土砂災害は雨の多い夏場に発生しやすいのですが、今回は雨の少ない冬場に起きていて、現場の土砂は乾燥していました。国土交通省の専門家の現地調査では、火山灰が固まってできる凝灰岩が風化し、非常にもろくなっていたことがわかりました。
現場は土砂災害危険区域に指定されていますが、斜面の上に建つマンションの管理組合が所有する私有地で、行政による定期的なチェックはありませんでした。
斜面災害が専門の京都大学防災研究所教授の釜井俊孝さんは、「今回の崩落は特に珍しい現象ではなく、同じような斜面は数多くある」と話します。崩壊の危険性を事前に察知することはできないのか、同様の事故を防ぐためにどんな対策が必要なのか、釜井さんに聞きます。

千葉猛のひとこと
「楽しく防災を伝える」西村さんのイベント「ハッピーラッシュ」はまさにこれだなあと思いました。西宮花火大会もそうですが、楽しいイベントがずっと続いていって、若い世代に防災が伝わってくれるといいなあと願います。また神奈川のがけ崩れ事故については全国的な緊急対策の必要性を強く感じました。

第1214回「音楽にのせて伝える防災」
ゲスト:防災音楽ユニット「BloomWorks」KAZZさん、石田裕之さん

ポップソングにさりげなく防災のメッセージを織り交ぜて発信している、神戸発の防災音楽ユニット「BloomWorks」が注目されています。
ボイスパーカッションを担当しているKAZZさんは、大学生の時に阪神・淡路大震災で被災。音楽活動と並行して語り部として、長年、震災の経験を伝えてきましたが、最近は風化を感じていました。危機感を覚えたKAZZさんは、2017年に兵庫県立大学大学院・減災復興政策研究科に入学し、防災について学びました。
ボーカル・ギター担当の石田裕之さんは、東日本大震災の被災地に直後から通い続けて支援を続けてきました。被災者から聞いた災害の教訓をきちんと伝えるためには専門知識も必要だと感じ、2016年に防災士の資格も取得しました。
同じ思いの2人が出会って「BloomWorks」は生まれました。彼らの楽曲は、決してお堅い防災啓発ソングではありません。例えば、「171」というポップソングは、男性の平均身長である171センチの男性がもうちょっと背が欲しいと悩んでいる歌。曲の最後に「災害伝言ダイヤルも171」と伝える仕掛けです。
防災音楽フェスの開催や、おしゃれな防災アーティストグッズの開発など、さまざまな手法で、さりげなく防災意識が持てるアプローチを続ける彼らをゲストに迎え、お話を聞きます。
 
BloomWorks 公式WEBサイト
http://bloom-works.com/index.html

西村愛のひとこと
防災音楽ユニットと聞くと啓発ソングがメインかと思いましたが、防災の歌詞とは最後まで聴かないとわからないようなオシャレな曲の数々。日頃の生活の中に自然に溶け込んでいく音楽だからこそ、防災のメッセージが伝わってきました。4月開催の防災フェス、私も家族で参加するのが楽しみです!

第1213回「密集市街地の地震火災」
ゲスト:神戸大学 都市安全研究センター 教授 北後明彦さん

地震の後に発生する火災をどう防ぐかは、防災を考えるうえで大きな問題です。阪神・淡路大震災では、神戸市長田区などで同時多発的に火災が発生し、多くの命が奪われました。都市部にある木造住宅の密集地では、地震で大規模火災が発生する可能性があり、避難が困難になることが予想されます。大阪は、そんな危険な密集市街地の面積が2248ヘクタールと、全国で最も広いといわれています。
老朽化した木造建築を耐火建築物に建て替えたり、狭い道路を拡幅して延焼の危険を減らしたりして、まち全体を不燃化する対策が求められています。しかし、実際の整備はなかなか進んでいません。土地と建物の権利関係が複雑で交渉に時間がかかるうえ、「今のままでいい」という住民も多いからです。
家屋の解体費用の補助制度を導入するなど、自治体としても早急な対応を迫られる中、どのように整備を進めればいいのでしょうか。「大阪府密集市街地整備のあり方検討会」のメンバーも務めた神戸大学・都市安全研究センターの北後明彦教授に聞きます。

千葉猛のひとこと
時間がかかるように思えるけれど、地道に一戸一戸の耐火性を強めていくことが木造住宅の密集市街地の防災については重要なのだということが、今日のお話でよく分かりました。全国各地に少なからず密集地があります。阪神淡路大震災での地震火災を思い出すと、できるだけ早く進んでほしいと願うのですが。

第1212回「25年を語る⑪~被災者に寄り添った"災害看護"」
ゲスト:神戸市看護大学 学長 南 裕子さん

今月17日に発生から25年を迎えた阪神・淡路大震災。都市部を襲った大地震は、命を救うための医療機関にも大きな被害をもたらしました。当時、兵庫県立看護大学(明石市)の学長だった南裕子さん(神戸市看護大学長)は、全国から看護師ボランティアを受け入れ、病院や避難所への派遣を取りまとめました。
大震災では、救出の数時間から数日後に急死する「クラッシュ症候群」や、長期間にわたる「PTSD(心的外傷後ストレス障害)」などが多数報告されました。これらの症例は、当時、医療現場でも知識の共有が充分ではなく、対応にあたった医療者からは「救えるはずの命が救えなかった」という声も聞かれました。こうした経験を蓄積して新たな災害に備えようと、1998年に日本災害看護学会が発足。災害看護学は、多くの看護学校で教育課程に組み込まれています。
南さんは、現在、日ごろから看護師が地域の防災の仕組みを知っておく「減災ナース」を育成する取り組みにも着手しています。番組では南裕子さんをゲストに迎え、発展をつづける「災害看護」についてお話をうかがいます。
 
西村愛のひとこと
多くの看護学校で基礎教育に組み込まれている「災害看護」阪神·淡路大震災での経験がきっかけだったと初めて知りました。大災害では最初の72時間は支援が入らない可能性がある。看護師もその地域のリスクや物資はどこにあるかを知り地域と協力する"減災ナース"を育てる取り組みも!心強いですね。