第1117回「熊本地震2年〜関連死はなぜ増えたのか」
ゲスト:兵庫県立大学大学院・減災復興政策研究科 教授 室埼益輝さん

熊本地震から2年がたちました。今回のテーマは「災害関連死」です。災害関連死とは、建物の倒壊や津波などの直接的な被害ではなく、被災による急激な環境変化など間接的な原因で死亡することをさします。熊本地震では、直接的な被災による死者50人に対し、関連死による死者は今年4月時点で217人と、4倍以上にのぼります。さらに現在も認定を待つ人が70人近くいて、未だに増え続けています。
熊本地震では、2度にわたって震度7の大きな地震に見舞われた不安などから、避難所に一時、多くの住民が集まり、環境が劣悪になりました。そのため、車中泊や自宅の軒先での避難生活に切り替えた人も多く、「エコノミークラス症候群」で死亡する人が出てきてしまいました。また、福祉避難所が想定通り機能しなかったことや、病院の損壊により適切な治療を受けられなかった人が多かったことも、関連死が増えた原因とされています。
「防ぎえた死」とも表現される災害関連死を無くすためには、どのような対策が必要なのでしょうか。この問題に詳しい兵庫県立大学大学院・減災復興政策研究科の室埼益輝教授に聞きます。
 
千葉猛のひとこと
災害関連死は対策をとれば防げます。災害発生に備えて避難所の環境改善は緊急に取り組まなくてはいけない課題です。また熊本地震発生から2年もたっているのに、いまも軒先避難の人がいるという状態は驚きでした。地震を越えて助かった命が、生活環境の悪化で失われるのはあってはならないことです。

第1116回「熊本地震2年〜阿蘇に通い続ける大学生の語り部たち」
取材報告:新川和賀子ディレクター

熊本地震の発生から今月14日で丸2年を迎えます。16日の本震で大きな被害を受けた熊本県南阿蘇村の黒川地区は、東海大学農学部の阿蘇キャンパスがあり、下宿していた学生3人が倒壊したアパートの下敷きになり亡くなりました。
震災後、阿蘇キャンパスは閉鎖され、下宿していた約800人の学生たちは黒川地区を離れざるを得なくなりました。突然断たれてしまった黒川地区住民との繋がりを取り戻そうと、東海大学の学生たちは「阿蘇の灯」というグループを立ち上げ、熊本市内から南阿蘇村に通い、住民と交流を続けてきました。昨年2月からは語り部活動をはじめ、南阿蘇村を訪れる人たちに災害の記憶を伝えています。地震発生から2年が経ち、新2年生と1年生は熊本地震を経験していません。しかし、先輩から地震の経験談を聞いた2年生が、語り部活動の引き継ぎを始めています。
黒川地区からは学生の姿が消え、多くの住民も仮設住宅で生活していますが、下宿「新栄荘」の大家、竹原伊都子さん(57)は、「子どもたちがここに通いつづける限りは、関わっていきたい」と話し、解体予定だった下宿の建物を残して学生の支援をしています。
熊本地震から2年を迎える黒川地区を取材した、番組ディレクターが報告します。
 
「阿蘇の灯」facebookページ
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「阿蘇の灯」問い合わせ電話番号
080−2696−7416


西村愛のひとこと
親元を離れて、大学生活を送る中で起こった熊本地震。当時住んでいた下宿先が地震でなくなった今でも『ただいま』『おかえり』が言える場所と人がいらっしゃること。そして後輩へと受け継がれていく語り部の活動も素敵だなぁと思います。地震への備えについても、改めて向き合わなければと考えさせられました。

第1115回「大学生が開発した防災袋」
ゲスト:大阪市立大学商学部4年生  池田聖さん 横尾裕貴さん

今回は大阪市立大学の学生が開発した防災袋「AIR POST(エアー・ポスト)」を紹介します。エアー・ポストは、商学部の学生が製作しました。「大学のブランド力を上げるグッズを開発してほしい」と大学の広報室からゼミに依頼があり、南海トラフ巨大地震の被害想定地域にキャンパスがあることから、防災袋にしようと決め、開発に取りかかりました。
開発にあたっては、市場調査に加えて学生300人以上にアンケートを行い、さらに熊本県や神戸市にも赴き、被災した学生への聞き取りを実施しました。その結果、ほとんどの学生が防災袋を持っていないことがわかりました。また、従来の防災袋は部屋に置くとデザインに違和感があり、サイズも大きいことからしまい込まれ、災害時に持ち出せなかったケースが多いことも判明しました。調査結果を反映し、かばん製造会社と連携して「おしゃれさ」と「コンパクト感」を重視したリュックサック型の防災袋を開発。6色のカラー展開を実現し、普段はインテリアとしても使えるよう箱型に変形できるなど、随所に工夫を盛り込みました。
開発に携わった学生をスタジオに招き、「若い人に手にとってもらい、防災を考えるきっかけにしてほしい」と語る思いとこだわりを聞きます。
「AIR POST」は、大阪市立大学の生協で購入できます。 
問い合わせは、大阪市立大学広報室 06-6605-3411 です。

千葉猛のひとこと
「自分の部屋に置いておきたいデザインの防災袋をつくる」という大学生の発想が生み出したバッグ。目立つように「非常用持ち出し袋」と大きく書かないと意味がないと思っていた私にとっては、劇的な発想の転換でした。いざというときのためのみならず普段も使えるという点で、大きなお得感ありですね!

第1114回「シリーズ東日本大震災7年【6】〜仮設住宅を出た後の生活は?」
取材報告:千葉猛キャスター

東日本大震災の被災地では、今も1万3000人が仮設住宅で暮らしています。7年にも及ぶ長期の仮設生活は、これまでの日本の災害史上、例のないことです。
千葉猛キャスターが、宮城県名取市の愛島東部仮設住宅を訪ねました。意外にも多くの住民が「仮設での生活は楽しかった」と言います。それは、仮設から復興住宅に移った後の生活に対する不安の裏返しでもあります。
復興住宅の周りには、病院や買い物ができるところがありません。町として整備されるまでには何年もかかるので、車に乗らない高齢者が生活するのはたいへんです。復興住宅の家賃は入居後段階的に上がるし、仮設住宅に無料で運行されていたバスなども有料になり、これまでかからなかった費用がかかります。
復興住宅の入居者が孤立感を深め、健康を損なったり、孤独死したりする可能性もあります。仮設住宅は近所の人がまとまって入居できましたが、復興住宅ではバラバラになり、顔見知り同士の助け合いは期待できなくなります。見守り活動やコミュニティづくりのサポートなど、対策が必要です。長い仮設住宅での生活を終え、ようやく落ち着くはずの復興住宅で、高齢者を襲うさまざまな問題を考えます。
今回から、西村愛さんが新たにキャスターとして出演します。

西村愛のひとこと
初めての放送、あっという間でした!復興住宅での生活と聞くと、「やっと安心して広いお部屋に。良かったですね!」と思っていましたが、実は様々な不安があるのですね。仮設住宅で生まれた心のつながりが、復興住宅で続くといいのですが…。何か良いアイデアがないか、家族や友人と話してみたいと思います。

第1113回「シリーズ東日本大震災7年【5】〜園児の津波避難を絵本で伝える」
電話出演:岩手県久慈市在住 詩人 宇部京子さん

岩手県野田村の野田村保育所では、東日本大震災で園舎が津波に飲まれながらも園児90人と職員14人の全員が助かりました。毎月1回実施していた訓練通り、園児が避難できたからです。0歳児は保育士がおんぶし、小さな子どもは手押し車に乗せ、大きな子どもは徒歩で、およそ2キロ離れた中学校まで逃げました。
同村出身で詩人の宇部京子さんは、保育所に勤める義妹から園児たちの避難について聞き、文章を書き上げて、絵本「はなちゃんの はやあるき はやあるき」(岩崎書店)を出版しました。絵本には、小さな子どもたちが懸命に逃げて命を守る様子や、津波が村を襲うシーンも大きく描かれています。子どもに不安を与えないよう淡い色合いで絵を描いてもらい、最後には希望を持てる絵本になるように書き上げたと言います。番組では、宇部さんと電話をつなぎ、園児たちの避難のエピソードや絵本を通じて伝えたいことを聞きます。

千葉猛のひとこと
野村朋未さんが、今日で番組を卒業されました。正直、大変寂しいです。ネットワーク1・17は災害や防災情報を伝えるだけではなく「生き方そのものを問う」番組だという野村さんの言葉をしっかり心に刻んで、これからも番組をお伝えしていこうと思います。野村さん、本当にありがとうございました。

野村朋未のひとこと
番組23年の中の2年間ではありますが、たくさんの方からお話を伺って、多くのことを知り、学び、考えてきました。災害について考えるというのは、「自分の生き方」を考えることに繋がっていると感じています。私も自分なりに『伝える』事を続けていきたいと思います。みなさま、本当にありがとうございました。


第1112回「シリーズ東日本大震災7年【4】〜避難者を支えた臨時災害放送局が閉局」
電話出演:「おだがいさまFM」パーソナリティー 富岡町社会福祉協議会 吉田恵子さん

今週は、福島県富岡町の「おだがいさまFM」について紹介します。「おだがいさまFM」は、災害時に被災者の安否情報やライフラインなどの情報を提供するために自治体が開設する「臨時災害放送局」です。避難施設で情報を提供することから始まり、故郷を離れて全国へ避難した富岡町民に向け、町のローカルな話題を、地元の言葉で伝え続けてきました。
しかし、「おだがいさまFM」は、今月末で閉局となります。富岡町では、去年4月、町内の約8割にあたる居住制限区域と避難指示解除準備区域が解除され、「ラジオも一定の役割を終えた」というのが町の判断です。
約1万6000人の町民のうち、帰還した人は429人と、全体の4.9%に留まり、帰還者を支えるために、今こそ「町の情報」を伝えることが必要だという声もありますが、臨時災害放送局から地域のコミュニティFMに移行するには、資金面などハードルが高いのが現状です。東日本大震災後に開局した臨時災害放送局は、今月ですべて閉局されることになりました。「おだがいさまFM」の果たした役割、そして、6年間の放送を終える今の思いについて、パーソナリティーで富岡町社会福祉協議会職員の吉田恵子さんに話を聞きます。
  
野村朋未のひとこと
町に帰って来た人や全国に避難した人たちが”心を寄せる場所”だった『おだがいさまFM』が閉局するのは、たいへん残念なことです。吉田さんがおっしゃった「ラジオは福祉だ」という言葉は、放送に携わる私たちにもズシリと重い言葉でした。ラジオを通して、癒され力づけられ少しでも幸せを感じられる人がいるということを心にとめて、これからも番組づくりをしていきたいです。

第1111回「ネットワーク1・17スペシャル〜3・11から始まった」
電話出演:河北新報社 防災・教育室長 武田真一さん
電話出演:仙台市婦人防火クラブ 佐藤美恵子さん

東日本大震災の発生から7年となる3月11日よる8時〜9時、特別番組『ネットワーク1・17スペシャル〜3・11から始まった』を放送します。番組では、南海トラフ巨大地震に備え、先月末に大阪府堺市で行われた個別避難訓練アプリ「逃げトレ」を使った避難訓練について取り上げます。「逃げトレ」は、津波想定のデータを組み込んだスマートフォンの個別避難訓練アプリで、京都大学防災研究所が本格運用を目指して開発を進めているものです。
また、河北新報社(本社:宮城県仙台市)が主催する巡回ワークショップ「むすび塾」についても紹介します。「むすび塾」とは東日本大震災の教訓を生かして「次」の地震・津波に備えるため、河北新報社が2012年5月から月に1回、町内会や学校、職場など地域住民らと一緒に活動を続けている防災ワークショップです。MBSラジオは2015年に大阪・住吉区で「むすび塾」を共催しました。
今回、これまでに「むすび塾」を共催したマスコミ10社(北海道新聞、河北新報、東京新聞、神奈川新聞、中日新聞、京都新聞、MBSラジオ、神戸新聞、高知新聞、宮崎日日新聞)が、3月11日前後に共通紙面を出すことになりました。各社が3・11以降の「各地域ならでは」の防災の取り組みを取材し、その記事を共有します。MBSラジオでは、今回の特別番組内で、3社(河北新報、京都新聞、高知新聞)の記事内容を紹介し、3・11以降、日本全国でさまざまな防災の取り組みが広がりを見せていることを伝えます。
 
千葉猛のひとこと
3月11日は東日本大震災の被災地では「祈りの日」でした。悲しい経験を踏まえて、将来起きる災害の犠牲者を一人でも減らすための新たな試みが各地で進んでいます。伝えるだけではなくて、命を守るために私たちメディアももっと地域の中に入り、防災のお手伝いをします。どうぞよろしくお願いします。


第1110回「シリーズ東日本大震災7年【3】〜原発事故避難者の思い」
ゲスト:福島市から京都市に避難している 齋藤夕香さん

発生から7年を迎える東日本大震災。東京電力福島第一原発事故の影響で、全国に避難している人たちの避難生活も長引いています。福島県から県外への避難者は先月の調査で約3万4千人。その内、約1300人が関西で避難生活を送っています。避難者の多くは母子避難で、地元に残った家族とはバラバラの生活です。
こうした避難者らが、国や東電に損害賠償を求める集団訴訟を各地で起こしています。集団訴訟は全国で約30件あり、原告住民らは1万2千人を超えています。これまでに出された4件の判決では、国の賠償責任を認めるかどうかで司法の判断が分かれました。集団訴訟は、今月、京都、東京、福島の地裁でも判決が言い渡されます。
原発賠償京都訴訟原告団の1人で、福島市から京都市に避難している齋藤夕香さんは、「大勢の人々の生活を一変させた国や東電の責任を問いたい」と話します。番組では、齋藤さんをゲストに迎え、避難生活の現状や今の思いを聞きます。
 
野村朋未のひとこと
原発事故の被害にあった上、避難先でもいじめや生活が苦しい状況に立たされるという不条理に、被災者の方々が耐えてきた7年。このまま避難者の頑張りだけに頼っていてはいけないと思います。訴訟という形でしか国や東電に訴えかけることが出来ないと齋藤さんらは裁判に臨んでいます。15日の判決をしっかり見つめましょう。

第1109回「シリーズ東日本大震災7年【2】〜津波で家族4人を失った自衛官」
電話:陸上自衛官 佐々木清和さん

陸上自衛隊員の佐々木清和さん(51)は、宮城県名取市閖上で妻(当時42)と中学2年生の長女(当時14)、妻の両親とともに5人家族で暮らしていましたが、全員を津波で亡くしました。自身は陸上自衛隊船岡駐屯地(宮城県柴田町)に勤務していて、東日本大震災発生直後から災害派遣で石巻市に入ったため、自宅には戻れませんでした。勤務中、「家族は逃げてくれている」と信じていましたが、発生から10日が経過した3月21日に、安置所で家族の遺体と対面することになります。仕事柄、何かあれば救助に行かなければならないと家族に伝えていましたが、「なんで逃げなかったんだ」と、遺体を前に悔やんでも悔やみきれませんでした。
もともと近所づきあいは奥さん任せの「口下手なお父さん」だった佐々木さんですが、2015年から「語り部」としての活動を始め、現在までに施設や学校などで30回以上、地震の体験を語っています。話す時は、長女の数少ない形見である「ジャージ」を横に置き、家族との平凡な日常生活の有難さを訴えます。大切な家族を亡くした辛い体験を伝える「語り部」となった想い、そして7年を迎えて伝えたいメッセージを、佐々木さんに聞きます。
 
千葉猛のひとこと
「逃げていてくれている」と信じていたかったご家族の棺と対面した佐々木さんのお気持ちを思うと、キリキリと胸が痛くなりました。そして佐々木さんには二つの時間がある。一つは震災のあの時で止まった時間。そして、もう一つは一人で生き続けている今の時間という言葉が、深く心に刺さりました。

第1108回「シリーズ東日本大震災7年【1】〜子どもたちに原発事故を伝える」
リポート:MBSラジオ 亘佐和子記者

森松明希子さんは、原発事故のため、福島県郡山市から大阪市に、幼い子ども2人を連れて避難してきました。夫は今も福島に残って働いていて、母子避難の生活がもうすぐ7年になります。
東日本大震災避難者の会「Thanks&Dream」の代表も務める森松さんが最近力を入れているのが、子どもたちに原発事故や避難生活を伝えることです。原発事故とはどんなものなのか、なぜ遠く大阪まで避難してきたのか、子どもに伝えるのは難しいと思われがちですが、森松さんは子どもと対話し、一緒に考えてもらいながら、話を進めます。
番組では先月、大阪市生野区の東桃谷小学校で、1年生から6年生まで約200人の児童を対象に森松さんが行った特別授業を取材しました。東日本大震災には、地震・津波・原発事故の3つの大きな要素があること、子どもの命を守りたい一心で避難を決めたことなどを、丁寧に説明していきます。授業を受けた子どもたちにインタビューすると、大人が思う以上に、いろいろなことを感じ、原発事故について考えたことがわかりました。MBSラジオの亘佐和子記者が報告します。
 
野村朋未のひとこと
地震、津波、そして原発事故について。子どもたちに伝えるとともに、私たち大人もこの震災で感じたことや考えたことなど得た教訓を忘れないでいなければと思います。子どもたちはしっかりキャッチする力を持っていますね。被災者、避難者ともっとふれあい、話を聞く機会が増えれば、誤解やいじめもおこらないのではないかと感じます。