オンライン:大阪公立大学 教授 遠藤崇浩さん
西村)去年の元日に発生した能登半島地震では、水道施設が広い範囲で壊れ、断水が長期間続きました。災害時に水が不足すると、健康被害や衛生環境の悪化にもつながります。そんな中、能登の被災地では、地域の井戸から井戸水をくみ上げて生活用水を確保したケースが多くあったそうです。
きょうは、災害時における井戸の重要性について、大阪公立大学 教授 遠藤崇浩さんにお話を伺います。
遠藤)よろしくお願いいたします。
西村)能登半島地震の被災地で活躍したという井戸。具体的にどんな例があったのですか。
遠藤)能登半島地震では、3ヶ月以上断水した地区もありました。そこで必要になるのは、飲み水や生活用水。飲み水は、給水車やペットボトルの水でまかなうことができますが、入浴、手洗い、トイレなどの生活用水は飲料水の10倍ほどの水が必要なので、ペットボトルや給水車では足りない。そこで生活用水をまかなうために、能登半島の一部の地域では、自宅の庭や工場、個人商店にある井戸が開放されて、そこから生活用水を確保したという事例がありました。
西村)そういうことが実際にあったのですね。
遠藤)わたしが初めに能登に行ったのは、震災発生から1ヶ月後。2月上旬に七尾市に行きました。七尾市の中心部を歩いたところ、少なくとも59ヶ所で井戸が使われていることがわかりました。
西村)七尾市は被害が大きかった地域ですよね。
遠藤)町には倒壊した建物がそのまま残っているところもたくさんありました。
西村)そんな中、井戸がたくさん使われていたのですか。
遠藤)断水しているはずなのに道路が濡れているところがあったんです。地域のみなさんが井戸の水を汲んでいたからでした。そんな場所がたくさんありました。
西村)みなさん、ポリタンクやペットボトルに入れて水を持ち帰っていたのですね。井戸があるとありがたいですね。井戸の水はどんなことに使われていたのですか。
遠藤)トイレを流す水、食器を洗う水として使われていました。
西村)水は欠かせないものです。井戸を開放してくれる人がいるのはありがたいですね。
遠藤)井戸を開放している人に「なぜ井戸を開放したのか」と聞くと、ほとんどの人が「誰から言われることもなく、率先して開放した」という回答でした。
西村)災害時に役立つ井戸は、大阪にもあるのでしょうか。
遠藤)大阪にも登録されている井戸はたくさんあります。災害時に利用できる井戸を登録して、情報を共有している自治体もあります。大阪府のホームページで確認できます。
西村)何ヶ所ぐらいの井戸があるのでしょうか。
遠藤)現在、約1400ヶ所の井戸が登録されています。
西村)たくさん登録されているのですね。きょうは、番組の子どもリポーター・桃佳さんが「災害時協力井戸」を取材してきてくれました。大阪にあるお宅です。取材の模様をお聞きください。
音声・桃佳さん)「ネットワーク1・17」子どもリポーターの桃佳です。中学校1年生です。きょうは、大阪府の「災害時協力井戸」に登録されている橋本武さん宅に取材にきました。こんにちは。
音声・橋本さん)よろしくお願いします。
音声・桃佳さん)井戸はどこにあるんですか。
音声・橋本さん)井戸は庭の片隅にあります。どうぞ、こちらです。開けます。
音声・桃佳さん)(井戸の中を見て)思っていたよりも深いですね。落ちても上がってこられるくらいの深さをイメージしていたんですけど...。
音声・橋本さん)8~10mぐらいあると思います。
音声・桃佳さん)橋本さんが子どもの頃からこの井戸を使っていたのですか。
音声・橋本さん)子どもの頃は、ここで行水をしていました。家に五右衛門風呂があったのですが、そこへ水を運んで、風呂に入っていました。井戸の水は、夏が冷たくて冬が温かいんです。夏はビールを冷やしたり、スイカを網に入れてつけたり。これが井戸水です。
音声・桃佳さん)(井戸水をさわって)水道水よりも冷たいですね!すごく気持ちいいです。どうやって、井戸水を引き上げているんですか。
音声・橋本さん)現在は電気でポンプアップしています。昔は釣瓶で汲み上げていました。
音声・桃佳さん)この水は飲めるのですか。
音声・橋本さん)保健所が毎年1回検査しますが、煮沸すると飲めるといわれています。
音声・桃佳さん)これまでに井戸水が枯れたことはありますか。
音声・橋本さん)枯れたことはないです。
音声・桃佳さん)なぜ「災害時協力井戸」として大阪府に登録したのですか。
音声・橋本さん)災害のときに何らかの形で役に立てればと思ったからです。
音声・ディレクター)桃佳さん、「災害時協力井戸」を見てどう思いましたか。
音声・桃佳さん)井戸が家の近くにあったらすごく心強いと思いました。断水や停電になったときは、水を分け与えてもらいたいなと思います!
西村)橋本さんが子どもの頃から使っていた井戸が今も現役というのは、すごいですね。井戸水は、夏は冷たく、冬は温かいということも初めて知りました。停電になるとエアコンが使えなくなるので、冷たい井戸水で水浴びしたり、手足を冷やしたり、煮沸して飲み水にしたり...と熱中症対策にも役立ちそうですね。
遠藤)井戸が自宅にあるというのは非常に羨ましいですね。
西村)停電したら電気のポンプで水を汲み上げることができません。停電しても水を汲めるように、何か準備しておくことはありますか。
遠藤)自家発電用のバッテリーや車のバッテリーから電源を得る方法があります。災害の後は、水道より電気が先に復旧します。今までのケースでは、水道が先に復旧したというケースはゼロです。
西村)それを覚えておくとパニックにならずに済みそうですね。手動のポンプも売っていますか。
遠藤)はい。バックアップとして非常に有効だと思います。
西村)備えておいた方が良いですね。わたしたちの身近にも災害時に役立つ井戸があるかも知れません。
遠藤)大阪府の「災害時協力井戸」はホームページで確認できます。登録されている場所には、登録の標識が出ていることも。災害時に慌てないように、一度、自宅周辺の「災害時協力井戸」を探してみると良いですね。
西村)家族で防災散歩をして、「災害時協力井戸」を探してみようと思います。どのくらいの自治体に「災害時協力井戸」の登録制度があるのでしょうか。
遠藤)数年前にわたしが全国調査をしたときには、全国1741の自治体のうち、418の自治体が「災害時協力井戸」「震災対策用井戸」などの具体的な名前をつけて、災害時に井戸を利用する仕組みを設けていました。約25%という数字になります。全国的にまんべんなくというわけではなくて、東京・名古屋・大阪といった大都市圏に偏っているということがわかりました。このような取り組みを今後全国的に広めていくことが大事です。
西村)実際に自宅に井戸があっても、この制度を知らない人もいるかもしれません。
遠藤)大多数の人は知らないと思います。
西村)だからこそ防災散歩をして、井戸を見つけて、顔見知りだったら、声をかけてみるのも良いかもしれません。地震以外にも、今までに災害用井戸が役立ったことはありましたか。
遠藤)2021年10月に和歌山市で突然断水が起きましたよね。和歌山市を横断する紀の川に架けられた水道橋が老朽化で崩落して、地域が断水した事故です。このときに、和歌山市は事前に「災害時協力井戸」を登録していたので、翌日には使用できる井戸を市のホームページで公開していました。
西村)井戸は何ヶ所ぐらいあったのですか。
遠藤)23ヶ所です。これは非常に早い対応でした。和歌山市は、南海トラフ地震の備えとして、2017年から「災害時協力井戸」の登録を進めていたのですが、このインフラ事故は、想定外のトラブルでも井戸が役立つということを示した事例です。
西村)きちんと備えていたからこそ、いざというときに使うことができたのですね。
遠藤)昔ながらの方法ですが、災害時に有効だと思います。
西村)もっとこの制度が広まると良いですが、災害時の井戸について、これからの課題はありますか。
遠藤)これからの課題は、井戸の維持です。建て替えなどの機会に井戸を潰してしまう家庭が多いです。
西村)なぜ潰さないといけなくなるのですか。
遠藤)井戸を使っていない人が多いからです。井戸を潰してしまう人が多く、登録数が減っている自治体も多いです。井戸の手押しのポンプに補助金を出している自治体もあるんです。水質検査を行うなど、自治体からのサポートも大事だと思います。
西村)井戸を所有している家ではどんなメンテナンスが必要ですか。
遠藤)メンテナンスというより、普段から使うのが一番大事だと思います。
西村)先ほどの橋本さんは、庭の水やりに井戸の水を使っているそうです。
遠藤)災害用にわざわざ井戸を掘ると、災害が起きるまでの間、ずっと遊ばせておかないといけないので割が合わない。それよりは、普段からビールを冷やしたり、散水したりして水を使って、いざというときに井戸を近所に開放する。そのような普段使いと防災の境目をなくす使い方が大事だと思います。
西村)ローリングストックのように、井戸も同じように普段から使うことが大切なのですね。
きょうは、災害時に役立つ井戸についてお話を伺いました。遠藤さんありがとうございました。