第1413回「救助で命を落とさないために」
オンライン:静岡大学 防災総合センター 教授 牛山素行さん

西村)みなさんは、地震や豪雨、台風などの大きな災害が起こったとき、ひとりで逃げますか。それとも近所の誰かを助けに行こうと思いますか。いわゆる共助の活動中に亡くなるケースがこの20年で少なくとも11件発生していることがわかりました。
共助は災害時にとても重要なことです。しかし救助のために自らが犠牲になることは避けなければいけません。
きょうは、この問題について、実態調査をした静岡大学 防災総合センター教授 牛山素行さんにお話を伺います。
 
牛山)よろしくお願いたします。
 
西村)大きな災害時に地域住民を助けたり、避難誘導したりする「共助」の活動中に巻き込まれて亡くなるケースがあるそうですね。実態調査では、どのようなことがわかったのですか。
 
牛山)2018年、岡山県・倉敷市で大規模な洪水災害(西日本豪雨)があり、倉敷市・真備地区で51人が亡くなりました。そのうちの1人が避難の呼びかけをしていたある地区の町内会長です。町内会長は、「車に乗ったまま取り残されている人がいる」という情報を得て、その人を助けに向かったのですが、戻ってこられずに亡くなりました。2021年、長崎県・西海市では、台風の大雨の最中に一人暮らしの女性から「怖いから見に来てほしい」と要請を受け、訪ねて行った民生委員の高齢女性が亡くなっています。遭難した現場は目撃されていないのですが、2人とも転落したとみられる水路付近で亡くなっていました。1999年以降の風水害の死亡者1521人中、昨年までで10人、今年さらに1人が同じような状況で亡くなっています。
 
西村)町内会長や民生委員をしている人は、日頃から誰かのために何かをしたいと思っている人。「困っている人がいたら助けたい」という思いで動いたのだろうと思います...。本当につらいですね。
 
牛山)災害で亡くなる人の命に重い軽いはないのですが、この事例は本当に心が痛みますね。
 
西村)共助は、家族を助けに行く事例が多いと思いますが、今回は、どのような人を対象に調査をしたのですか。
 
牛山)近隣の住民や自治会の役員、親戚や知人など、地域的あるいは個人的なつながりのある人が避難の手助けに行く救助活動です。自分や家族以外の人の安全確保行動をする中で亡くなった人、行方不明になった人を対象としました。消防団、警察官や行政の職員の場合は公助。個人的に外の様子を見に行ったというような行動は含んでいません。「家の中の浸水を防ごうと土嚢を積んでいて、土砂に巻き込まれた」などです。危険な状況であることがわかっている中で亡くなった人は、犠牲者の4分の1近くに上ります。家族以外の人を助けようとして亡くなった人は20年間で10人。現時点までで12人亡くなっています。
 
西村)犠牲者の数が災害ごとに増えているのはつらいですが、命があったら助けたいと思いますよね。民生委員や町内会長に助けを求めた人は高齢者が多いのですか
 
牛山)一概には言えませんが、風水害で亡くなる人は助ける側も助けられる側も高齢者が多いです。犠牲者の役半数以上が60代以上です。
 
西村)高齢者は、足腰が弱っていて避難に時間がかかってしまうこともありそうですね。
 
牛山)風水害のとき、家の中で亡くなる人と外で亡くなる人はほぼ半々。避難をせずに亡くなる人は犠牲者全体の約半分で、家の中で亡くなる人の状況はさまざまです。屋外で亡くなる人が多いということは、避難が目的でも、やみくもに屋外に出ないように注意しなければならないということ。共助的な行動で亡くなることは痛ましいことです。人を助ける行動自体は尊い行動ですが、「雨風が激しいときに無理な行動をとらない」ということを大原則として心に留めておかなければなりません。
 
西村)これはすごく難しい問題ですね。なぜこの問題を調査しようと思ったのですか。
 
牛山)災害時は、自助・共助・公助の役割分担が大事だということは、阪神・淡路大震災以降強く言われるようになってきました。公助だけに頼っていてはうまくいきません。共助ももちろん重要。共助を否定するつもりはないのですが、だからといって、無理な行動をとると痛ましい結果になってしまいます。「共助は正しい」「共助をやりましょう」「共助をやりなさい」という雰囲気もあります。内心は怖いし嫌だけど、「正しいことだからやらなくてはならない」という気持ちで行動して、結果的に命を落としてしまうことがあってはなりません。
災害は種類によって危険度が変わります。地震のときは、共助というと「誰かの様子を見に行く」「安否をたずねる」「閉じ込められていている人の救助活動をする」ということが思い浮かぶと思います。地震災害は、一番危険な状況が最初に生じるということが特徴。共助的な活動は、一番危険な状況が去った後に行うものです。地震のときは、余震の危険性はもちろんありますが、危険な状況だと誰もが認識している中で、注意しながら行動しますよね。風水害のときの共助的な活動は、事前の予測がある程度できるので、平時と同じような状況からスタートできますが、風水害はどこかの時点で急速に危険性が高まるタイミングがあります。そのタイミングの予測が難しいし、現場でその危険性に気づきにくいかもしれません。地震のときの共助のイメージで、風水害のときに同じような行動をとってしまうと危険性が高まっていく状況下で助けに行くことになってしまうのです。風水害のときの共助的な活動こそ、細心の注意を払わなければなりません。

 
西村)わたしたちはどんなことに注意して、助けたら良いのでしょうか。
 
牛山)これは正解のない話。わたしたち一般の人間は、災害時は自分自身が助かることが最優先だと思います。東日本大震災では、全国の消防団員が250人以上亡くなっています。それをきっかけに消防庁が「災害時は消防団員も自身の安全確保を優先すること」と報告書を出しました。個々の現場で判断せずに、ルールおよび命令に伴って組織として行動し、安全確保をしましょうと。各自の判断に任せると「自分の判断で人を見捨ててしまった」という気持ちになってしまいます。報告の中で印象的だったのは、「消防団員は救出・救援、支援活動の核になる人たちだからこそ、安全確保が重要」という部分です。消防団員が真っ先に命を落としてしまってはどうしようもありません。だからこそまず各自の安全確保を図る。そのことを消防団員自身の意識はもちろん、周りの人も共有していかなければならないと強調されていたんです。「消防団員なのに逃げるとは何事だ」「助けに来ないとは何事だ」という考えが間違っているということを全ての人が共有しなければなりません。ましてわたしたち一般人は消防団員ですらないのですから、「無理な行動を取らない」ということは大原則になる。個々の現場で個人的な関係性やそれぞれの考えに基づいて行動することは咎められるこことではありませんが、それを強要するようなことがあってはなりません。これは難しい問題だと思います。人を助けることが目的だったとしても、まずは各自の安全確保が大事。その上でできることがあれば、できることをやるしかないと思います。
 
西村)避難レベルが5段階あるうちの「レベル3(高齢者等避難)」で、早めに避難しておくこと。空振りになっても避難することによって多くの命が助かると思います。
 
牛山)そうですね。「レベル4」は避難指示。危険な場所から全員避難しなければなりません。一般の人は何か能力を持っているわけでもないので、全員避難しなければならないときに助けに行く行動は避けましょう。何か行動を起こすのであれば、「レベル3」まで。「レベル3」でもそろそろ避難を始めなければならない段階です。「レベル4」で助けに行くことは、適切な行動ではないと思います。
 
西村)日頃から災害時の行動の計画を立てておく。行動の備えをしていくことが大切だと思いました。
きょうは、静岡大学 防災総合センター 教授 牛山素行さんにお話を伺いました。