第1232回「新型コロナで注目される『やさしい日本語』」
取材報告: 番組プロデューサー 亘 佐和子

千葉)新型コロナウイルスの影響が広がる中で、日本で暮らす外国人に情報を伝えるために、「やさしい日本語」というのが、あらためて注目されています。
この「やさしい日本語」とは、どういう日本語なのか、どのように役立つのか、
亘佐和子プロデューサーの報告です。
 
亘)「やさしい日本語」の誕生のきっかけは、1995年の阪神・淡路大震災でした。
この「ネットワーク1・17」と同じで、阪神・淡路大震災をきっかけに生まれました。
この25年間で、日本社会はさらに国際化が進んだと思います。
 
千葉)外国の方が増えましたからね。
 
亘)日本に住む外国人は去年12月の時点で293万人。
毎年増えていて、去年、過去最高を記録しています。人口の2.3%が在留外国人です。
 
千葉)100人に2人は、外国人ということですね。
 
亘)この方たちにどう情報を伝えるかは、日本社会の大きな課題です。
たとえば新型コロナウイルスに関する情報。
みんなに情報が伝わらないと、社会全体での感染を防ぐということができません。
社会の中で、「やさしい日本語」の必要性は、高まっていると思います。
今回は、「やさしい日本語」という著書のある、一橋大学国際教育交流センター教授の庵功雄(いおり・いさお)さんに、お話を聞きました。
まず、「やさしい日本語」とはどういうものなのか、聞きました。
 
庵)まだあまり日本語ができない外国人に対して、日本語で話をするときにつかう言葉づかいです。
亘)阪神・淡路大震災で生まれたというのは、どのような経緯で生まれたんでしょうか?
庵)震災の時に使われたというのでなくて、震災の時に、英語と日本語でしか情報が出ないので、ほかの言葉の人に情報が伝わらない状況が起こったわけです。いろんな母語の人がいる。でも考えてみると、日本にいるので、日本語はなんとかわかる。
だから、日本語を簡略化して伝えるのがいちばんいいだろうということで、研究が始まったということです。

亘)ひらがなを使うのかな?とか思う方も多いと思いますが、どんな特徴があるんでしょうか?
庵)文字で書く場合には、普通の書き方をしたうえで、漢字に全部ふりがなをふるということですね。
音でいう場合には、漢語をできるだけやめて和語にする。「走行する」とか「飲食する」とか言わずに、「走る」「食べる」という。

亘)和語を使う以外に特徴はありますか?
庵)文をできるだけ短くする。日本語は、ほうっておくと、「・・・して、・・・だから、・・・なので」と、どんどん続きます。それを「●●しました」「●●です」と言い切って、そうすると、「ここで終わりだ」ということが、聞いているほうにもはっきりわかるんですね。
 
千葉)大切なことをわかりやすい言葉で短く伝えるということですか。
 
亘)考えてみれば、シンプルだなと思います。
阪神・淡路大震災のとき、神戸市長田区の南駒栄公園テント村には、
ベトナムの方が大勢避難していました。
 
千葉)ベトナム語で情報を伝えるって、私たちにはできませんもんね。
 
亘)その言葉の壁が、いろんな争いになったり、問題の原因になったりしたので、
コミュニティFMの「FMわぃわぃ」が誕生したということもありました。
それが25年前のこと。
その後、もっと多国籍になり、いろんな方が増えてきました。
 
亘)ここで、千葉さんと一緒に考えてみたいと思います。
新型コロナウイルス感染対策で、いろんな言葉が出てきました。
それを「やさしい日本語」にしてみましょう。
●感染する→うつる
(「鏡に映る」の「映る」や、「場所を移る」の「移る」など、いろんな「うつる」があるので、うまく伝わらない場合は、「病気(びょうき)になる」と言ってみるのも、よいかもしれない)
●発熱→熱(ねつ)がある
●外出を自粛してください→外(そと)に出(で)ないでください。家(いえ)の中(なか)にいてください。
 
亘)「やさしい日本語」の正解はひとつではないんです。伝わればいいんです。
いろいろ言ってみて、いちばん伝わりやすい言葉は何か、相手によってもちがいます。 
新型コロナで、カタカナの外来語がたくさん出てきましたね。
私たちも初めて聞くような、「クラスター」(感染者集団)、「オーバーシュート」(爆発的に感染者が増える)などは、英語圏の方にも、通じないかもしれないそうです。
「オーバーシュート」は定義もはっきりしていないので、「病気になる人が増える」と言ったほうがいいかもしれないです。
 
千葉)正式な英語なのか、和製英語なのか、よくわからない言葉が、たくさん使われていますよね。通じるだろうと思っていたら通じないということが、あるわけですね。
 
亘)防災の言葉は、どのように「やさしい日本語」に言い換えましょうか?
「避難所」はどうですか?
 
千葉)「ここにいれば大丈夫(だいじょうぶ)という場所(ばしょ)ですよ」と、私なら言います。
 
亘)いろんな言い方があって、「みんなが逃(に)げるところ」と言い換えたりします。
ただ、「逃げる」という言葉も、少しわかりづらいですよね。
逃げる途中も「逃げる」にあたるので、どこかに行くことなんだということを、わかってもらったほうがいいですよね。
千葉さんの「ここにいれば大丈夫(だいじょうぶ)という場所(ばしょ)」というのは、わかりやすいと思いました。
法務省のホームページには、新型コロナウイルスに関して、「やさしい日本語」で、
説明が載っています。

http://www.moj.go.jp/content/001313790.pdf
 
大阪市のホームページでは、「やさしい日本語(にほんご)をつかった防災(ぼうさい)のお知(し)らせ」という項目があります。

https://www.city.osaka.lg.jp/kikikanrishitsu/page/0000350870.html

イラストや写真がたくさん使われていて、非常用持ち出し袋や、地震が起きたらどうなるか、写真で示されていたりします。
「建物(たてもの)がこわれます。津波(つなみ)が来(き)ます」というように、一文が短いので、わかりやすいなと感じます。
 
私たちは、「外国人に伝えるなら英語がいいんじゃないか」と思うことが多いですが、なぜ「英語」でなく、「やさしい日本語」なのか。庵さんに聞きました。
 
庵)日本の中には、いろんな国の人が生きているんです。昔から日本にいる中国、韓国、朝鮮の人。最近ではベトナム、ネパール、インドネシアなど、いろんな国から来ている人が増えているんです。
亘)英語での発信では十分ではないということでしょうか?
庵)そうですね。少し前の調査では、日本で、旅行でなく、ある程度の期間住んでいる外国人に対して、「母語以外でわかる言葉は何か」というアンケートで、「英語です」と答えた人より、「日本語です」と答えた人のほうがずっと多いという調査結果があるわけです。
亘)日本語はダメかと思っていたけれど、日本に住む外国の方にとっては、日本語はコミュニケーションのツールになるということですね。
庵)そうですね。そのときに、相手がわかるような話し方にすれば、十分通じるということですね。
 
千葉)外国人だからといって、むやみに英語をしゃべって、英語がわからない方だったら、かえって混乱させるだけですもんね。
 
亘)そうですよね。
英語よりも日本語のほうが得意という人も多いですね。
今は、行政文書も何か国語かで出ていることも増えてきましたし、電車の車内でも中国語やハングルでアナウンスがあったりして、どんどん変わってきてはいます。
いま、日本に住む外国人の国籍・地域は190を超えています。
それにあわせて、全ての国の言葉に翻訳しようというのは、実際のところ、非常に難しいと思います。
それで、英語がいいかというと、英語を話さない人も、すごく多いということですね。
法務省による外国人住民調査(2016年)で、日本語レベルがどの程度か質問しています。
日本人と同程度 3割
仕事に使えるレベル 2割
日常会話ができる 3割
つまり、8割は「日本語を使える」と回答しています。
 
千葉)外国人だからと引いてしまわずに、日本語で話しかけたら、ある程度、わかってもらえるということですね。
 
亘)そうなんです。私たちの思い込みを変えていかなければならないと思います。
そして、もうひとつ、思い込みを変えなくちゃいけないと思ったことがあります。
「やさしい日本語はこうあるべき」とか、「この言葉はこう言い換える」とか、一生懸命勉強して覚えなければいけないと思っていたんですが、実は、やさしい日本語に正解はないということです。
「やさしい日本語」を使って外国人に伝えるときに、大切なことは何か。
庵さんに語っていただきました。
 
庵)なんとかという言い方をしましょうとか、なんとかという言い方はやめましょうというルールがあって、それを覚えて使わなければいけないと考える人もいるが、そういうことは、そんなに重要ではないと思うんです。たとえば、日本人どうしでも、相手が高齢者で耳が遠い場合は、ゆっくり大きな声で話すし、相手が日本人の子どもなら、子どもがわかるような言い方に変えるわけです。それは別に、「変えなければいけない」とか「変えましょう」とか言われていなくても変える。なぜ変えるかというと、「その人のことを理解したい」とか「その人に、自分の言いたいことを伝えたい」とか、そういうことがあるから変えるわけです。逆に言えば、そういう気持ちがあれば、ほうっておいても何かするわけです。
大事なのは、外国人がたとえば、これからの季節だと、外で熱中症に思われる症状でぐったりしている状況に仮に遭遇したら、そのときに「どういう言い方をするか」と考える以前に、とにかく日本語で声をかけてみて、「気分が悪いか」「大丈夫か」と聞いて、「じゃあ、あっちの涼しいところに行きましょう」みたいな感じでやることが大事なんです。そのときにどういう表現を使うか、そんなことはある意味どうでもいい。大事なのは、そのときに相手にかかわりを持とうと思うか、自分が言っていることが相手に伝わっているかどうか気にするとか、そういうことが大事です。

亘)こういう言葉はこう言い換えなくちゃいけないとか、そういうものではないということですね。
庵)そうですね。そのときに大事なのは、自分が相手の立場だったらどう思うか、どうしてほしいと思うか、そういうことを考えられるかどうかだと思うんです。言葉遣いにしても、不必要に難しい言葉を使うのは、自分が外国に行って、その国の言語がまだあまりわからないときに、普通のスピードで話しかけられるのと、もっとゆっくりわかりやすい言い方で話しかけられるのと、どちらが自分にとって楽だと思うか、想像できるかどうかということ。自分が相手の立場だったらどうかと考えられることも、非常に大事じゃないかと思います。
 
千葉)30年以上前に、中国にバックパッカーで行って、お腹が痛くなって、ホテルで
「お腹が痛い」と言ったら、薬を渡されたんです。そのときに「一天三次」と言われたと記憶していますが、1日3回この薬を飲みなさいと言われたことがわかって、ほっとしたのか、その薬を1回飲んだだけで、治ってしまったんです。いま、聞いていて、「やさしい中国語だったんだな」と思ったんです。これと同じことを、日本語ですればいいというわけですね。
 
亘)通じればいいということです。
言葉が通じないと思ったら、翻訳アプリもありますし、絵を描いてもいいし、いろんなコミュニケーションのやり方があると思うんです。だから、やさしい日本語に正解はない。
相手のことをわかりたい、自分の言いたいことを相手に伝えたいというときに、どうすれば通じるのか、試行錯誤をすることではないかと思います。
 
千葉)外国人とみると、「言葉がわからないからな」と引いてしまいがちですが、そんな必要はないと。
 
亘)普段私たちがやっている、お年寄りにどうしゃべるか、子どもにはどうしゃべるかというのと同じこと。
 
千葉)小さい子としゃべるときには、どうすればわかってもらえるか、いろいろがんばりますもんね。
 
亘)そうですよね。特に命や健康にかかわる情報は、みんなに伝えなければいけないので、あらゆる手段を使って伝えていかないといけないということです。
コロナの問題がありましたので、医療現場に「やさしい日本語」を広げようという試みも始まっています。
「医療×やさしい日本語研究会」が動画をアップしていて、医療従事者に「こういう言葉を使ったらいいですよ」と説明しています。

https://www.juntendo.ac.jp/co-core/consultation/yasashii-nihongo2020.html

「体温を測定します」は、「熱(ねつ)を測(はか)ります。調(しら)べます。ここにはさんでください」と言う。体温計を見せて、脇の下にはさむ動作をして、「ここにはさんでください」と言えばいいんです。
「採血します」は、「血をとります」と言い換える。
医療器具も実際に見せながら、「鼻にこれを入れます」と言えばいいんじゃないかと。
医療の言葉は難しいですが、いろんな工夫ができると思います。
それから、今、生活に困っていらっしゃる方が多いです。
コロナでお店が休業になったとか、特別定額給付金10万円の手続きも、外国人にとっては難しい。行政の文書の漢字が読めないとかいうことで、自分で手続きできない方が多いんだなと、私は取材の中で感じています。
自然災害やコロナなどの非常事態は、社会的に苦しい立場にある人へのさらなる衝撃になります。普段からたいへんな人たちに対してのほうが、影響が大きいということがあると思うんです。
「やさしい日本語」をきっかけに、私たちが、外国人の方とどう向き合って、
どういう社会をつくっていきたいのかとういうことを、考えたいと思います。