第1244回「令和2年7月豪雨~熊本・千寿園の教訓を生かす」
オンライン:アウトドア防災ガイド あんどうりすさん

千葉)令和2年7月豪雨で、熊本県球磨村にある特別養護老人ホーム千寿園では入所者14人が亡くなりました。大変な被害でしたね。
 
新川)施設のそばを流れる球磨川の支流が氾濫して、施設内に浸水したんですね。
氾濫が起きた7月4日早朝には、地域住民の方も救助の手伝いに駆けつけて職員の皆さんが入所者を抱えて2階に運びましたが、その途中に浸水。およそ50人が救助されましたが14人の方が亡くなりました。
 
千葉)千寿園では避難計画が作られていて、避難訓練も何度もやっていたということですが、被害が出てしまいました。
毎年、各地で起きている水害で、このような被害が起きることを防ぐためにどうすればいいのか。きょうの放送でリスナーのみなさまと一緒に考えていきます。
水害の避難について調査している、アウトドア防災ガイドのあんどうりすさんとオンラインでながっています。
あんどうさん、今回の豪雨での千寿園の被害をどんなふうに感じていますか。
 
あんどう)千寿園は、地域にとても愛されていて地域の高齢者を支える希望の施設であったというふうにお聞きしています。
だから、地域の人も訓練していて、率先して避難に駆けつけていらっしゃったようなんですが、そのようなところで被災してこのようなことになったのは本当に痛ましいと思うのと同時に、これは千寿園だけの問題ではないなということを感じています。
日本中に特別養護老人ホームという施設はたくさんありますが、多くが想定浸水区域内にあるんですね。ですので、被災したら浸水してきてしまいやすいっていう問題がある。
そして、高齢者は避難することもむずかしいんです。
施設外に出ると医療器具など外さなければいけなくなったらどうするのとか、問題がたくさんありますので、少子高齢化の中、全国でどうしたらいいかって考えなきゃいけない問題だと思っています。

 
千葉)きょうは、千寿園で起きたことから伝え残していきたい教訓を考えていきたいと思っています。
まず、7月4日の豪雨の時、千寿園はどんな状況だったのか、時間を追っていく形で私から少し説明します。
川が氾濫する前日の7月3日の夕方5時に球磨村から「避難準備・高齢者等避難開始」が発表されました。でも、この時点では避難していないんですよね。
そして、そのあと、千寿園は夜勤態勢に入って職員の数が5人に減りました。
よる10時20分に避難勧告が発表されます。この時点でも避難はしませんでした。
日付が変わって、4日午前3時30分に避難指示が出されました。
そして4日の午前4時50分に熊本県に大雨特別警報が出されました
そして午前6時過ぎごろから、周辺の住民も応援に駆けつけて2階への避難を始めたんですが、避難の途中に建物内への浸水が始まったという状況でした。
あんどうさん、大雨にともなう行政からの避難情報、「高齢者等避難開始」の情報は、前の日の夕方5時から出ていたんですが、なぜ避難できない事態になってしまったと考えられますか。
 
あんどう)はい。まず、この地域、九州ですので雨はよく降る地域であったと思います。
ですので、警戒レベル3情報(高齢者等避難開始)というのは、そんなに珍しいことではないというのが、ひとつ前提として知っておいていただけたらと思います。
あと、線状降水帯による雨だったということも重要かと思っているんですが、台風だったらこれからどんどんひどくなってくるという進路が分かりますよね。
だけど、線状降水帯の場合には、予測が事前に分かりにくいと言われていて、気付いたら雨がひどくなっているっていう状態になってしまいます。前日の夕方5時の段階ではこの線状降水帯の雨が起こるという予測ではなかったので、その時には逃げるという判断にならなかったということもあるかと思います。
午後5時の段階の「川の防災情報」という国土交通省のデータを見てみますと、ちょうど雨が止んできている時間帯なんですね。その前に雨が降って、ちょっと止んできて、午後6時ぐらいになったらもう雨量が0ぐらいになるように止んできている途中で。
しかも、この時点では、洪水の情報ってひとつも出ていないんです。
そして、千寿園は裏が山になっているので、どちらかと言うと土砂災害は警戒されていたと思うんですけれども、これからひどくなる雨がそこまで想定できなかったら、避難という行動に繋がらなかったのかなというふうに、データからは見えます。

 
新川)雨が一旦止んでいたんですね。
じゃあ、逆に言うと「雨降ったけど何もなかったね」みたいな感じで夜を迎えるような雰囲気だったかもしれないですね。
 
あんどう)そうですね。
みなさんも自分のこととして考えていただいたらと思うんですが、警戒レベル情報がスマホに入ったけど「あ、なんか止んできたよ」と思うと、「大丈夫かな」みたいに思いがちですよね。

 
千葉)川の水位はどうだったんですか。
 
あんどう)川の水位の情報は国土交通省がデータを出していますが、まだ氾濫注意情報とかいうものも出ていませんでした。
出たのが次の日の夜中2時ですね。

 
新川)じゃあ、千寿園のみなさんは、高齢者等避難開始だけではなく、避難勧告、避難指示というふうに球磨村が順々に出していきましたけど、その間、避難行動は全く取られなかったんでしょうか。
 
あんどう)私が直接聞いたわけではなくて報道で見たデータですが、午前3時に1階の崖と反対側の方向に一応、避難されているんですね、1階の中で。
警戒レベル4の避難勧告の情報(午後10時20分発令)の段階では、まだ土砂災害を警戒する情報だけで、洪水の情報というのはまだ出されていなかったんですね。
だから、午後10時20分ぐらいの情報で土砂災害の話も出ていたし、そして午前3時ぐらいになって崖と反対側の1階の部屋へ避難されたけれども、その後、警戒レベル5の「もう危険が発生している」という情報については3時半、つまり1階の崖と反対側に逃げた30分後ぐらいに、初めて洪水の情報という形で情報が発せられたということですね。

 
千葉)洪水よりも、むしろ土砂災害を警戒して行動をとっていたということですか。
 
あんどう)そうですね。これも直接お聞きしたわけではないんですけれども、報道を見て、そして時間のタイムラインを書いてみると、そのようなことがわかるのかなと思います。
 
千葉)千寿園では避難計画が村に提出されていて避難訓練もしていたということなんですが、訓練通りに避難はされなかったんですか。
 
あんどう)これも毎日新聞などの報道にあったんですが、千寿園の避難計画は想定最大規模のハザードマップでの避難訓練ではなかった。
想定最大規模というのは、国土交通省が公表している1000年に1度の雨が降った場合の球磨川の浸水区域図。
千寿園の周辺だと10mから20mの浸水が想定されているものなんですね。

 
千葉)大変な浸水想定ですね。
 
あんどう)そうですね。
これはもう、国土交通省のデータで出ているんですけれども、千寿園の避難計画はそのちょっと前の情報の、80年に1度の雨が降った時の想定で、それだと浸水が0.5mのレベルなんですが、そちらで避難訓練をされていたという報道がありました。

 
千葉)50cmと10m~20mではものすごい違いがあるんですけども、千寿園の避難計画というのは以前のハザードマップを前提に作られていたということですか。
 
あんどう)そうですね。両方のハザードマップを見たのか、それとも以前のものだけをもとに作られたのかっていうことは、ちょっと分かりませんけれども。
ハザードマップは、2015年に水防法というものが変わって、雨がたくさん降ってきて被害もたくさん出るようになったので、最大の想定で作りましょうということになって、浸水範囲が深く広くなっているハザードマップに変えようということになったんです。
ただ、想定が変わっても、大きな自治体でなかったら、ハザードマップに新しい情報が反映されていなかったり、いろいろな状況で古いレベルのハザードマップを使われていたのかなと思います。

 
新川)先ほど、1000年に1度が最大で、以前のものは80年に1度っておっしゃいましたから、ハザードマップの前提が、全然違うわけですね。
2015年の法律の改正で、想定が大きくなったということですね。
実は、番組で球磨村の方からハザードマップを入手しました。インターネットに公開されていなかったので冊子のものを取り寄せたんですけれども、これを見ると以前の想定で作られたハザードマップでした。
村の方も更新できていなかったということですね。
 
あんどう)はい、そうですね。
ネットで国土交通省の「重ねるハザードマップ」を見たら、球磨川自体の想定が出ているので、想定最大規模の浸水と、計画規模(以前のレベル)の浸水っていうのはネットではすぐ見ることができるんですけれども、村の方に資料がなかったら、多くの人は村からもらった紙のハザードマップで訓練したりしますので。

 
新川)じゃあ、国の方は出していたけれども村のハザードマップは以前のものを使っていて、千寿園も訓練の前提は以前の想定で行われていたと。
 
千葉)2015年に大きく変わったということをおっしゃっていましたけども、それは大きなキッカケがあったんですかね。
 
あんどう)そうですね。
いくつか想定外の浸水が起こるっていうことが近年増えてきたので、今までの計画規模だと足りなくなるということで、2015年に法律が変わりました。
そのあともう1回、2017年にも法律が変わりました。要配慮者施設、岩手県・岩泉の特養ホームで逃げ遅れというケースがあったので。

 
新川)川のそばの高齢者グループホームで、平屋建ての建物が浸水したということがありましたね。
 
あんどう)そちらでも亡くなった方がいらっしゃったので。
その反省からこういった特別養護老人ホームなどの要配慮者施設については、避難行動計画を立てなければいけないというふうに2017年に変わりました。

 
新川)この短期間の間に2回法律が改正されているわけですね。
 
あんどう)そうですね。
それだけ水害の被害も増えたし、こういう特養ホームの逃げ遅れということが大きくクローズアップされたからですね。

 
千葉)千寿園のように、まだ避難の計画が追いついていない施設というのもあるんでしょうか。
 
あんどう)そうですね。
実際にこういった施設での避難は非常にむずかしくて、例えば想定最大規模のハザードマップを入手したとしても、そうするとほとんどの地域が浸水想定内になっちゃうんですね。
10mとか20mの浸水って、深いと思われがちですが、結構あるんですね、全国各地に。
例えば去年、長野県の千曲川で浸水して新幹線が水没していたあたりとか。
なので、浸水してくるところが各地にあって、そして高齢者施設とかであったりすると、夜中に本当に避難できるのかということですよね。
高齢者施設だとフラットになっていたりするので、平屋とか2階建てのところも多く、上に逃げにくい。じゃあバスでもチャーターしてどこかに避難するのかっていったら、それも100人もいたら現実的じゃない問題もあって。
ですので、避難行動計画を一応立てているけど、本当に逃げられるかどうか不安に思っている施設もたくさんあります。

 
千葉)避難計画を立てている施設自体は結構多くあるんですか。
 
あんどう)計画を立てなければいけないというふうになったので、立てることにはなっているんですが、それでもまだ立てていないっていうところもあるとお聞きしています。
今はコロナ対策でみなさん忙しくなっていますし、元々こういった施設での職員の数が足りないと言われている中で、いっぱいいっぱいで回しているのに、防災計画まで作るというのは、本当に手が回らないというのが現場の意見ですね。

 
新川)そうは言っても、毎年のように豪雨災害が起きていて、いろんなところできっと高齢者施設の方々は防災対策もされていると思います。実際に災害で避難をされてうまくいった例もこれまであるんでしょうか。
 
あんどう)はい。実際に取材してお話をお聞きできたのが、埼玉県川越市の特別養護老人ホーム「川越キングス・ガーデン」というところです。
去年の台風19号の時に浸水してきて、平屋建ての棟が水没するほどの被害を受けましたが、入居者およそ100人を2時間かけて職員24人で2階に避難させて無事だったという事例がありました。

新川)入所者の中には、寝たきりの方とかもいらっしゃるんでしょうかね。
 
あんどう)そうですね。
認知症の方とかケアが必要の方っていうのがほとんどですので、寝たまま、車椅子のままの方たちを車椅子だと5人がかりぐらいで2階にあげていって、それから毛布とかシーツとかで担架を作る技がありますよね、あれで2階にあげて行って、ということをされています。

 
千葉)大変な状況の中で避難できたポイントはどんなことだったんですか。
 
あんどう)24人の職員が夜に残っていたということは、先ほどの千寿園と違う点です。
台風だったので、「これから台風がひどくなるからちょっと帰るの大変だね」ということで職員に残ってもらったり、次の日の朝大変になるよねということで、あらかじめ多く残っていただいていたんですね。
やっぱり施設内にたくさんの人が残っていたので、2時間での避難が可能だったということが大きいと思います。

 
新川)避難を実際に始めようというのは、どう決断されたんでしょうか。
 
あんどう)自治体から避難情報を出されるだけじゃなくて、ここはよく浸水しているところで、20年前にも大きな被害にあっていますので、施設の外の10段の階段のうち、何段目まできたら避難ということを決めていらっしゃいました。
例えば5段目まで来たらパソコンとかそういったものをまず上に避難して、もうちょっと来たら入居者さんを避難させる。
あまり先に入所者さんを避難させてしまって空振りだったら大変なので、そのタイミングを決めていらっしゃいました。

 
新川)避難情報だけじゃなくて、「ここまで来たら危ないね」っていうことを、ご自身たちで決めていたんですね。
 
あんどう)そうですね。
あと20年前に被災した経験から、A棟B棟とあった上にC棟を新しい土地にかさ上げしてつくって、そこに避難しようっていうふうに決めていらっしゃったので、近くに避難できる場所があったということがポイントかと思います。

 
千葉)避難訓練も結構、頻繁にやっていたんですか。
 
あんどう)そうですね、頻繁にやってらっしゃったと聞きました。
ただ、訓練はされていましたけれども、当日になったら全く想定外のことも起こって、浸水すると床が濡れちゃうので、そうするとすごく滑るっていうことで、車椅子を抱えるのも大変ということも実際に起きました。
訓練していたからできたけど、本当にギリギリだったとはおっしゃっていました。

 
新川)避難に成功したところでも本当にギリギリで、大変な状況の中、ようやく命が守れたということなんですね。
 
あんどう)そうですね。
ですので、今後は、浸水区域ではない地域に移転されることを決定して、そしてつい先日取材でお聞きした際には、その土地の契約の仮予約までやっとできました、とおっしゃっていました。
なかなか近くで土地が見つからなかったりするので、かといって遠くにしてしまうとその人たちが暮らしていた場所から離れてしまって高齢者にとっても負担が大きくなるので、探すのは大変です。

 
新川)浸水区域にあるんだったら、その外に建てればいいじゃないかって単純に思いますけれども、移転もそう簡単ではないんですよね。
 
あんどう)そうですね。
高齢者の思いもありますし、そしてまた地域の人に支えてもらって避難ということも必要になってくるかもしれないので。
必ずしも高台に移転させてしまえば何でも解決ってわけじゃないですね。

 
千葉)あんどうさん、お聞きしてきた千寿園や川越キングス・ガーデンなどの例を教訓に、今後、豪雨災害にはどう備えていけばいいんでしょうか。
 
あんどう)まず前提として、ハザードマップは確認しないと対策をうまく取りようがないので、きちんと見ていただきたいと思っています。
その時に、自治体の公表しているものだけじゃなくて、国土交通省の「重ねるハザードマップ」には最新のものが載っているかもしれませんし、住所入力するだけで他にも地震情報とか土砂災害情報とかもいっぺんに重ねて見られるマップなので、ぜひこれを見ていただきたいと思っています。
それから、そのマップを見て、本当に避難できるのか。
地域の人とか入居者の人とか家族の人と一緒に検討して欲しいんですね。
警戒レベル3(避難準備・高齢者等避難開始)とかで避難するのは本当に大変なので。
そして、防災設備を施設にどんどん投入すればするほどお金がかかるので、入居のお金もかかってしまうようになると、かえって入居できなくなってしまということにもなりがちなので。
本当にどうしたらいいのかということは、地域の人と考えなきゃいけないですね。

 
新川)高齢者の施設だけの問題ではないということですね。
 
あんどう)そうですね。
少子高齢化で、一方で空き家がいっぱい増えて、過疎になって自治体も体力がなくてハザードマップも作れなくなってくる一方で、要配慮者施設が浸水区域内にあるっていう問題をどう考えていくのか。コンパクトシティとかにするのかどうかっていうことも含めて、考えていかないといけないなと思っています。

 
千葉)ハザードマップをチェックする時にも、最大想定をちゃんと見ているかどうかっていうところも気をつけていかないといけないですね。
 
あんどう)そうですね。
8月28日から新しく不動産取引する時には、水害ハザードマップが重要事項説明として説明されるようになったんですけれども、行政が古いハザードマップしか持っていなかったら、古いまま説明を受けることになって、それでもオッケーになってしまっています。そうすると今度、ハザードマップが新しくなったら浸水区域になっちゃうというのに気付かないままということもあり得るので、ちょっと調べたり、古い想定のものかというのをチェックしていただければと思います。

重ねるハザードマップ
https://disaportal.gsi.go.jp/maps/