第1292回「ため池の決壊に備えて」
取材報告:新川和賀子ディレクター

西村)夏は台風のシーズンでもあります。豪雨で近所のため池があふれることもあるかもしれません。そこできょうは、ため池から災害について考えていきたいと思います。新川和賀子ディレクターです。よろしくお願いします
 
新川)よろしくお願いします。みなさんの身近にもあるため池。近年の極端な豪雨や大地震で、ため池が決壊して被害をもたらしています。東日本大震災のときは、福島県・須賀川市でため池が決壊して8人が死亡・行方不明に。4年前の九州北部豪雨では、山間部のため池が決壊して下流で3人が亡くなりました。2018年の西日本豪雨でも32ヶ所のため池が決壊して1人が亡くなっています。
  
西村)ため池にそんな危険があるなんて知らなかったです。
 
新川)水害対策なら川の堤防や防潮堤整備、地震なら建物の耐震化が進められていますが、ため池の対策は遅れているんです。
 
西村)そもそもため池は何のためにあるものなのでしょうか。
 
新川)自然にできた池ではなく人工構造物。農業用水を確保するために作られたもので全国に約16万ヶ所あります。
 
西村)そんなにあるんですか!
 
新川)その多くは江戸時代以前に作られたもの。農家が使うので、管理をするのも農家の団体(水利組合など)です。ため池は特に西日本に多く、全国で一番ため池の数が多いのは兵庫県です。
 
西村)どれぐらいあるのですか。
 
新川)県内に2万2000ヶ所のため池があり、特に淡路島と東播磨地域にはため池が集中しています。私も実際に明石市にある釜谷池という大きなため池を見てきました。明石には100以上のため池がありますが、中でも釜谷池は貯水量が一番多い池で、4つの池が連なった珍しいため池です。
池を管理する中之番水利組合長で農家の櫻井守さんに案内してもらいました。

 
音声・櫻井さん)釜谷池は4つの池が連なった重ね池。釜谷池の上が稲葉池、その次が中笠池、そして岩蛇池。珍しいと思います。釜谷池の水がなくなったら、2番目、それも少なくなったら3番目、4番目の池から水を下ろします。4つの池から1年分の水を稲に供給しています。この池が命なんです。これがなかったら農業ができません。昭和20年に池が決壊して死者が出ています。我が家も床上1mぐらいまで浸水した跡が残っていましたから。
  
西村)一番大きな釜谷池はどれぐらいの面積があるのですか。
 
新川)甲子園球場よりも大きくて壮大な景色が広がっています。池のすぐそばには住宅街があり、遊歩道を散歩する人や野鳥観察をする人も。地域の憩いの場になっています。
 
西村)美味しいお米を作るために欠かせない池ではあるのですが、昭和20年に決壊して亡くなった人もいたのですね。
 
新川)昭和20年(1945年)にため池が大雨で決壊して下流で17人の人が亡くなりました。1995年の阪神淡路大震災のときには、決壊はしていないものの、堤防に亀裂が入る被害が出ました。
 
西村)全国にはたくさんのため池があるとのこと。ため池が決壊する危険性は高まっているのでしょうか。
 
新川)近年の極端な豪雨や大地震はため池が決壊する外的な要因となっていますが、ため池の決壊は最近急に起きるようになったことではないのです。ため池の決壊について現地調査や研究を行っている、国立研究開発法人 農研機構 農村工学研究部門の堀俊和さんにお話を聞きました。
  
音声・堀さん)ため池の決壊は昔からある現象で、地震や雨で決壊しては作り直すという歴史を築いています。大阪の狭山池は16回くらい決壊していて、決壊と築造を繰り返しています。なぜ今それが問題になっているのかというと、ため池の周辺が宅地化されてきて、決壊によって2次被害が発生する危険性が出てきたからです。さらに江戸時代くらいに作られた多くのため池が老朽化しています。改修は行われていますが、たくさんあるのでなかなか進んでいません。全てを終えるにはかなりの時間がかかります。
  
新川)大阪狭山市にある狭山池は、日本最古のため池とされていて、飛鳥時代に作られたと言われています。決壊すること自体は珍しいことではないのですが、今問題なのはため池の周りに人がたくさん住むようになったこと。以前だったらため池が決壊しても、周辺の田畑が浸水するだけで済んだのですが、今はそこに人がいるので、人の生死に大きく関わるようになってきています。
ため池の老朽化も問題。国も対策を進めていて、西日本豪雨のため池決壊被害を受けて、住宅地の近くにあるため池の防災対策や工事を進めるために、去年10月にため池の防災工事に関する特別措置法を施行しました。

 
西村)全国で一番ため池の数が多い兵庫県は、自治体で対策を立てているのですか。
 
新川)兵庫県は全国でもいち早く、ため池保全のための条例を制定し、ため池のパトロールや管理する農家に専門知識をアドバイスする「ため池保全サポートセンター」を5年前に立ち上げました。ため池の防災対策の課題について、兵庫県農政環境部 ため池水利班班長の野村純数さんにお話を聞きました。
 
音声・野村さん)改修が必要なため池が多く、すべての改修を完了するには膨大な時間と予算が必要。整備には、管理者との調整や周辺住民の理解も必要。すべてが調整できてからやっと工事に着手できます。そのような調整役となる行政のマンパワー不足により、支援が厳しくなっています。ため池の健全度も定期的に点検していますが、刻々と状況は変わります。今大丈夫でも、数年後には危険な状態になる場合も。状況を常に把握していくということが重要です。
 
新川)兵庫県内には改修工事が必要とされているため池が約3000ヶ所あります。
 
西村)そんなにもあるのですね。
 
新川)そのうち池の周りに住宅が多いものや老朽化が進んでいるものなどを優先して、今年度から10年間かけて422ヶ所のため池を改修、または廃止する(埋める)計画があります。工事の費用は、国の補助制度を使えば地元負担ゼロで行えますが、これほどの数の改修工事を行うには調整の労力や時間がかなりかかります。ため池の持ち主がわからない場合も。
 
西村)改修工事が終わるまでの間に豪雨や大きな地震が来るかもしれません。工事以外に決壊を防ぐ対策はないのでしょうか。
 
新川)今できるため池の防災対策について調べました。ため池には作られたときから洪水を防ぐ機能が備わっていて、それが今も使われています。「洪水吐」と呼ばれるもので、大雨などでため池の水量が増えたときに余分な水を安全に流すための水路。私が見に行った明石の釜谷池にも「洪水吐」がありました。小川ぐらいの幅がある水路で、一定の水位を超えると余分な水が流れていくという仕組み。水は近くの川に流れ込んで、海に注ぎます。台風で大雨が降ることがわかっている場合は、事前に水を放流して水位を下げておく対策も。ちょっとやそっとじゃ池の水は溢れないと感じました。釜谷池では、昭和20年の決壊以来、大雨で池の水があふれたことはないそう。「洪水吐」がきちんと機能するように、流木やゴミが水路をふさいでいないか、堤防にヒビが入ってないかなどの日常的な点検も大事。そして、一番大事な作業が意外にも草刈りだそうです。国立研究開発法人 農研機構の堀俊和さんの話に聞きました。
 
音声・堀さん)日常の管理で、一番重要なのは草刈りです。草を放っておくと、根が伸びて、ため池の中にどんどん入っていきます。場合によっては、大きな木が生えてくることも。そうすると水をせき止めておく能力が減って水が漏れやすくなります。くずれやすくなって、穴が開いてしまうのです。

 
西村)ため池の管理には、日ごろの地道な作業が大切なのですね。でも、暑いし人も足りないし大変ですよね。甲子園球場よりも大きな面積の池の草刈りはかなり大変な作業なのでは。
 
新川)私が見に行った釜谷池など4つの池を管理する中之番水利組合は、約50軒の農家で構成されているのですが、高齢化も進んでいます。草刈りの機械を導入し、さらに農家ではない地元住民の協力も得て、ため池の管理をしています。中之番水利組合長の櫻井守さんのお話です。
 
音声・櫻井さん)高齢化で草刈りする人も少なくなっています。今は機械を4台使っています。ゴーカートみたいに乗って草刈りできるものや、斜面を刈る機械も。1台100万はかかります。近隣の自治会と協力してやっています。
我々は草刈りをして、自治会の人はゴミ拾いをしてくれます。夏と冬と2回やっていて、冬は150人ぐらい来てくれます。

 
西村)多くの地元住民が参加しているのですね。
 
新川)ため池の水を使う水田は、池よりも下流にあるので、ため池がある地域は農家が住んでいる地域とは異なる地区。ため池がある地域の住民も一緒に年に2回、草刈りとゴミ拾いの作業をしています。明石市では、ため池の管理をする農家だけではなく、近隣住民を巻き込んだ「ため池クリーンキャンペーン」を展開。農家は農業用の水資源として、近隣は憩いの場としてため池を利用しています。
農閑期には池の水を抜く「かいぼり」を実施して、子どもたちが泥だらけになって魚などをつかまえる行事を行っています。子どもがため池に落ちてしまう水難事故も問題になっているので、何か行う時には必ず大人が付き添います。
地域によっては、新興住宅地が増えて、住民がため池の存在自体を知らないケースも。普段からため池に関心を持って、管理に参加することは防災の観点からも大事だと思いました。

 
西村)実際に大雨が降って、ため池があふれそうになった時の対策は進んでいるのでしょうか。
 
新川)最新の技術を使って、ため池を監視するシステムの開発も進んでいます。農林水産省が去年から導入している「ため池防災支援システム」の開発をしているのは、インタビューした農研機構の堀俊和さん。
「ため池防災支援システム」には、全国16万ヶ所のため池の大きさや勾配、土の種類などもデータが入っていて、豪雨や大地震が起きた際には、即座にため池の決壊を予測して危険度を知らせます。専用アプリを入れればスマホでも使えます。最大の特徴は、災害時の情報共有。豪雨や地震のときに、ため池を管理する農家や地元自治体の職員が、写真付きで被害の状況をスマホで送ると、国や自治体など全ての関係者が共有できるという仕組み。情報共有の機能を重視したのは、過去の教訓があるそう。農研機構の堀俊和さんのお話です。

  
音声・堀さん)「ため池防災支援システム」の最大の目的は災害時の情報共有。きっかけは、東日本大震災のときに福島県の藤沼ため池の決壊。このときは、地震が起きてから決壊までに約30分も時間があったのに十分な情報が出せなかった。決壊して人が亡くなったという情報が福島県や農林水産省に届くのに数時間を要しました。防災情報を迅速に共有して、災害支援につなげる目的でこのシステムを開発しています。
 
新川)国が使っているシステムとは別に、明石市の釜谷池では、今年の春からため池の水位を監視するアプリを導入しています。釜谷池を管理する櫻井守さんにこのシステムについて教えてもらいました。
 
音声・櫻井さん)1時間に1回、リアルタイムで池の水位を計測していて、水利組合の役員6人の携帯で見ることができます。
 
音声・新川)危険水位を超えたらアラームが鳴るのですか。
 
音声・櫻井さん)はい。メールで知らせてくれます。これは本当に助かっています。

新川)平常時から1時間に1回、水位が観測されていて、一定の水位を超えると10分間に1回観測される。そして、危険水位を超えたらアラームが来る。そうなると、水利組合の役員が駆けつけて、ため池の決壊を防ぐために、2ヶ所の水路を開けて水を放流することになっています。
  
西村)大雨のときに何度も池に確認に行くのは危ないので、遠くにいても水位がわかるシステムはありがたいですね。
  
新川)こうした最新システムを導入して、ため池の管理は進められています。でも行政や管理している農家さんだけ対策していてもダメ。実際に被害に遭うかもしれない周辺住民もため池に関心を持ってほしいと思います。最近は自治体が「ため池ハザードマップ」を作って公表することも進めています。
ため池は単に危ないだけのものではなく、ダムの役割も果たし、地域の治水力をあげています。何より私たちの食生活を支えている水資源でもあります。絶滅危惧種の生物が生息する貴重な場所でもあり、地域の憩いの場でもあります。近所にため池がある人は、散歩ついでにため池に関心を持っていただけたらと思います。

 
西村)私もため池に行って、散歩したり、掃除の活動に参加したりしたいと思います。新川和賀子ディレクターの報告でした。