第1304回「大都市災害の帰宅困難者対策」
オンライン:東京大学大学院工学研究科 教授 廣井悠さん

西村)今月7日、首都圏で最大震度5強を観測する地震が発生しました。建物が倒壊するような被害はありませんでしたが、日暮里・舎人ライナーが脱輪事故を起こしたほか、鉄道各社では運休や遅れが相次いで自宅に帰ることができない人「帰宅困難者」が続出しました。仕事先や外出先でもし大きな地震に遭ったとき、私たちはどう行動すればいいのでしょうか。行政の対策は進んでいるのでしょうか。
きょうは、都市防災が専門で、帰宅困難者対策に詳しい東京大学大学院工学研究科 教授 廣井悠さんにお話を伺います。

廣井)よろしくお願いいたします。

西村)首都圏で発生した震度5強の地震では、帰宅困難者が続出しました。首都圏で同じく震度5強の揺れが発生した東日本大震災でも帰宅困難者があふれて混乱しましたが、10年前と比べて今回の状況をどう見ていますか。

廣井)10年前と同じく、大きな被害はなかったのですが大都市特有の脆弱性が垣間見えました。大都市は公共交通に大きく依存しているので、電車が止まれば帰れない人が多数発生します。東日本大震災のときと比べて、今回は同じ震度5強でも被害はそれほど大きくなかったと思います。東日本大震災のときは首都圏全体で約515万人の帰宅困難者が発生しましたが、今回はコロナ禍で深夜だったこともあり、帰宅困難者の数は東日本大震災よりもかなり少なかった。東日本大震災ときは歩道に過密空間が生まれ、多くの人が徒歩で帰りましたが、今回そのようなことはありませんでした。

西村)東日本大震災のときは、駅から人が締め出されて批判が出たこともありました。今回の鉄道事業者の対応は?

廣井)帰宅困難者向けに車両を開放したと聞いています。帰宅困難者の人数が少なかったのだと思います。私は、鉄道事業者は鉄道の復旧を最大限にするのが効率的と考えます。大量の帰宅困難者が発生した場合、鉄道や行政の庁舎で帰宅困難者を受け入れるのはどうかと思います。

西村)東京都の対応はどのようなものがあったのでしょうか。

廣井)足立区や港区では一時滞在できる公共施設を開放した聞といています。今回は、我々が想定してきた帰宅困難者対策の条件とは少し異なります。震度7や6強や首都直下地震、南海トラフ地震などの大きな地震が起きると、火災、建物倒壊などで、多くの人が自分の家族が心配になって、我先に帰ろうとします。みんなが一斉に帰ってしまうと、道路に過密空間が発生し、無理に帰宅を急ぐ人が火災に巻き込まれることも。東日本大震災ときは車で迎えに行く人が多かったのですが、これも問題。迎えに行くのは家族としては当然ですが、みんなが迎えに行ってしまうと、救急車、消防車が交通渋滞で動かなくなってしまう。そうすると間接的に人の命が危険に晒される。そのような問題を考えるのが帰宅困難者対策です。それに比べると、今回の震度5強の首都圏で発生した地震は、人が亡くなるような問題ではありませんでした。命に関わる問題ではなくて、日常的な中での帰宅するのが大変だった問題と認識するのが正しいと思います。我々が想定すべき防災対策としての帰宅困難者対策ではなく、行政サービスとしての帰宅困難者対応になります。本来我々が防災対策として考えなければいけない状況とは違ったイメージです。
  
西村)本来考えなければいけないこと、とはどのようなことですか。
  
廣井)大地震が発生すると、火災や建物倒壊で物理的に企業に留まることができなければ、みんな家に帰ります。道路が混雑して間接的に人の命が失われる。危機管理としてはそのような状況をまず考えておくのが優先順位としては高いです。それに比べて今回は帰宅できなかったことが人の命に繋がるような問題ではなかった。ただ今回、気温が低く、雨が降っている状況で、場合によっては命に関わることになるかもしれません。それに対する教訓は得られたと思います。帰宅困難者の問題は、発災条件によってずいぶん異なります。大都市で起きたのか、地方都市で起きたのか、平日に起きたのか、休日が起きたのか。発生時間帯や津波を伴うのかという問題も含めて。
 
西村)大阪北部地震のときは、私の家族も朝、電車で閉じ込めにあいました。夫が車で迎えに行ったのですが、大渋滞に巻き込まれて。後から考えると救急車や消防車が通れなければ、今そこにある命を助けられないかもしれないという話になったんです。無事に帰宅できてよかった、で終わらせてはダメですね。
 
廣井)実際、大阪北部地震では、救急車の現場到着時間が相当遅れたという報道がありました。発災条件によってさまざまなことが起きます。
 
西村)もし大きな地震が起きたとき、私たちはどのように行動すれば良いのでしょうか。
 
廣井)地震の大きさにもよりますが、火災、建物倒壊、津波などの危険性があるときは、まず安全な場所に行くことが非常に重要。その後は直ちに帰らずに、その場で少し状況を見る。場合によっては帰らないということが重要だと思います。それはなぜかというと、歩いて帰ろうとすると群集事故が起きる危険性があるからです。車で帰ろうとすると救急・消防活動の邪魔をしてしまう可能性もある。駅は情報が集まっていると思われがちなので駅に行く人が多く、すごく混みます。群集事故が起きると高齢者やお子さんが怪我したり、亡くなったりします。群集事故を起こさない、災害対応活動を阻害しないことが大事です。
 
西村)帰らないで、と言われても留まる場所がないと困ります。大きな地震が起こったとき、外出先から帰らないという選択をするために行政で対策されていることはあるのでしょうか。
 
廣井)一斉帰宅抑制の呼びかけをしています。災害直後は、行政は人の命を救うことが優先順位として高くなります。帰宅困難者対策は帰宅困難者である個人と企業で行うというのが、東日本大震災以降の役割分担になりつつあります。帰宅困難者自身は自分の会社に留まる。企業は自分の社員を留まらせる。買い物客に対しては、数がまだ十分満たされていませんが一時滞在施設や公共施設、企業が善意で開放してくれる施設などに行って待つ、というのが基本です。
 
西村)一時滞在施設はどのように調べたら良いですか。
 
廣井)一時滞在施設については、事前に情報が出ない場合もあります。事前にわかるとそこに人々が集中してしまう可能性があるからです。災害が起きた後は、建物の安全確認ができ次第、駅前のホワイトボードなどで一時滞在施設の情報を伝えることも。東京都では一時滞在施設の情報が得られるアプリも用意されています。
 
西村)そのようなアプリの有無を前もって調べておくというのも良いですね。
 
廣井)防災アプリを用意している自治体も多いです。
 
西村)そのような一時滞在施設と地域の人が避難する避難所は別の場所なのですか。
  
廣井)東日本大震災ときに、仙台駅周辺の避難所に帰宅困難者たちが集まったという事例があります。避難所は家が壊れたり、家を失ったりした人が生活をする場所です。帰宅困難者は滞在時間が短いので、両者の行く場所をわけることになりました。東京では、避難所の入口に「帰宅困難者は来てはいけません」と注意書きがあるところも。
 
西村)会社も従業員を帰らせずに留まらせておくために、何か備えが必要ですよね。
 
廣井)水などの備蓄、社屋を安全にすることも重要。建物の対策だけではなく、家具の什器の固定も必要です。大きな地震が起きた後は、余震もあるので、安全な空間でなければいけません。どのような条件で帰宅するのか、外回りの社員はどうするのか、というルールをきちんと設定することも会社事業者としてはとても大事なことだと思います。帰らないとことのできる環境を整備することは、社員の命を守るための重要な防災対策の一つだと思います。
 
西村)関西では3年前の大阪北部地震を受けて、帰宅困難者対策はその後すすんだのでしょうか。
 
廣井)関西広域連合や大阪府で時間帯別ルールを作りました。大阪北部地震は朝起きました。みんなが車で出勤しようとして大渋滞が起きて、救急車が動かなくなったのです。そこで、出勤時間帯、帰宅時間帯、平日の昼間それぞれに地震が起きたときにどう行動するか。社会としての移動ルールを行政がつくりました。東日本大震災以降、帰宅困難者対策は、一番帰宅困難者が出る平日の昼間を想定して、訓練や対策をやっていたのですが、さらに時間帯別にルールを作って、状況に応じた行動選択ができるようにしたのです。行政がルールを作るだけではダメで、それを個人がきちんと認識して、さらに会社がそのルールに従って会社独自のルールを作る必要があります。
 
西村)時間帯別ルールとはどういうものなのでしょうか。詳しく教えてください。
 
廣井)出勤時間帯に大きな地震が発生して電車が止まってしまった場合は、基本的に自宅にいる。出勤中の人は自宅に戻る。会社に近かったら会社に行く方がいいのかもしれません。帰宅時間帯は原則として事業所に待機する、あるいは事業所に戻る。状況によっても異なると思いますが、いずれにせよ出勤中や帰宅中の場合は、自宅か職場の近い方に行って、これから出勤・帰宅する人は、少し留まるというルールです。
 
西村)自宅か職場かどちらか近い方に向かうということですね。
 
廣井)さらにむやみ出勤しない、帰宅しないということです。
 
西村)もし私が帰宅困難に陥った場合、子どもや家族の安否が心配なのでやはり帰りたくなります。なにか備えておくことはありますか。
 
廣井)人間であれば当然、家族が心配で会いたくて、顔を見たくて帰りたくなるのは当然。自分の子どもが1人で立ち往生しているなら親は車で迎えに行きたくなる。でもみんながそれをやってしまうと大混雑してしまうのが大都市の宿命です。なので、帰らなくても安心できるようにしておくことがとても重要。安否確認は、災害用伝言ダイヤルや伝言板を利用する。災害情報は、多重化する方が良いので、メール、伝言ダイヤルなどいろんなものを準備しておくこと。家族の中できちんと使い方を練習しておくことも大事です。地震が起きてからいざ使おうと思ってもうまく使えないので、準備して事前に決めておくこと。家の家具をきちんと固定しておくことも究極の帰宅困難者対策かもしれません。耐震補強、家具固定、火災対策...周りの人に一言かけておくなど。帰ること、迎えに行くことを否定せずに、帰らなくても安心できるようにするためにはどうすれば良いのかという発想がとても重要だと思います。
 
西村)帰らない決断をすることで救われる命があるということ。そしてその決断をするためには準備が必要ということですね。個人レベル、家族、近所の人、そして社会全体でも対策を進めることが大切だと思いました。
きょうは、大都市災害の帰宅困難者対策と題して、東京大学大学院工学研究科 教授 廣井悠さんにお話を伺いました。