第1361回「『災害用井戸』の役割と課題」
オンライン:大阪公立大学 教授 遠藤崇浩さん

西村)大きな地震が起こると断水になり困ることが想定されます。
きょうのテーマは、災害時の井戸の役割です。貴重な水源として考えられる井戸の有効性を調査・研究している大阪公立大学教授 遠藤崇浩さんにお聞きします。
 
遠藤)よろしくお願いいたします。
 
西村)災害用井戸という言葉は初めて聞きました。一般的な井戸と災害用井戸の違いについて教えてください。
 
遠藤)一般的な井戸と災害用井戸の違いは特にありません。家庭や工場、神社などにある井戸が自治体に登録されていて、災害時には、近所のみなさんが使えるように開放されます。そのような仕組みを災害用井戸と呼んでいます。
 
西村)どれぐらいの市町村が災害用井戸を活用しているのですか。
 
遠藤)1741の市区町村の地域防災計画をすべて調べました。1316(75%)の市区町村が断水時に井戸使用可能とありました。
 
西村)利用可能な井戸の具体的な場所が書かれているのですか。
 
遠藤)自治体によってバラバラです。1316のうち898は、断水時に井戸使可能というだけの簡単な記述でした。残りの418は、地元の企業と井戸水提供の協定を結ぶなど一歩踏み込んだ計画を作っています。なので、1316あると言っても具体度はかなり下がります。
 
西村)1316の418ということは、約25%。少ないですよね。
 
遠藤)418の市区町村は、人が多く住む都心部に多いです。人が多く住むところは断水になると被害も大きいので、いろいろな備えを考えているからだと思います。
 
西村)いうことは、山間部や人が少ない地域はそこまで細かくは決めてないということでしょうか。家庭、神社、工場などに井戸がある以外に民間企業や施設では、どのようなところに井戸があるのでしょうか。
 
遠藤)大きな町では、ホテルや大型のショッピングモールの井戸を活用しているところが多いです。
 
西村)ホテルやショッピングモールが井戸水を使っているのは知らなかったです。なぜ井戸の地下水を使っているのですか。
 
遠藤)ホテルやショッピングモールでは、大量の水を使います。その際に地下水を使うと水のコストが安く済みます。高機能のポンプを設置して、地下水から水を汲み上げているところも多い。そのような井戸が災害用井戸として登録されている例がたくさんあります。
 
西村)それはありがたいですね。ホテルやショッピングモール、工場が使っている井戸水が災害時には貴重な水源になるのですね。災害用井戸は、どのように登録するのですか。
 
遠藤)自治体が地域の井戸の持ち主に声をかけて登録しているところが多いです。井戸の持ち主が登録に合意すれば、ホームページ等で公開される仕組みです。
 
西村)実際にどれぐらいの井戸が公開されているのですか。
 
遠藤)多いところもあれば少ないところもあります。
 
西村)自治体によっても異なるのですね。水質などの基準はあるのでしょうか。
 
遠藤)簡単な水質検査を行う自治体もあれば、基準はなく、井戸であれば登録可能な自治体も。
 
西村)災害時に断水したときに災害用井戸は、どのような役割を果たすのですか。
 
遠藤)自治体の給水活動をバックアップする働きがあります。自治体は給水車を展開して各地で給水活動を行いますが、トラックの数などに限りがあります。被災地全体をカバーすることは難しい。どうしても空白地帯が生まれます。遠方の給水所まで行って、長い時間待って、長い距離を歩いて帰ることになってしまう。近所の家が井戸を開放してくれたら、遠くの給水所まで行く必要がありませんし、重い水を持って帰るときも短い距離で済みます。公的な給水活動がカバーできない部分を井戸が補ってくれるのです。公的な給水活動は震災直後から急速に増えるわけではありません。井戸は、持ち主の判断ですぐに開放できるので、水供給の開始が早いということも利点です。
 
西村)水道管が破裂して断水した話も聞きます。そんなときに井戸は役に立ちますね。
 
遠藤)地下水は、停電のときはくみ上げられないという欠点はあるのですが、水道管は、長い距離を管で引っ張ってくるので、途中で管が壊れてしまうと水が届きません。それに対して地下水は足元直下にあるのでアクセスしやすいという利点もあります。
 
西村)阪神・淡路大震災で被災した人から聞いたのですが、近所の銭湯の井戸水に助けられたそう。がれきの中、給水場に行くのも大変ですし、お年寄りや女性は、移動のときに運ぶ水の量も限られます。隣の銭湯から水をもらえて本当に助かったということでした。ほかにも近くの病院に井戸があって助かったというお話もありました。
 
遠藤)井戸を持っている病院もたくさんありますね。東京23区は、銭湯組合と協定を結んで災害時に銭湯の井戸を使わせてもらえるようにしているところも多いです。
 
西村)大きな災害が起こる前に協定を結んでおけば、いざというときにもスムーズに事が運びます。備えの一つとして進めていってほしいですね。遠藤さんは、2016年の熊本地震における井戸の実施状況を調査しました。その結果、どんなことがわかってきたのかお聞きしていきます。熊本地震のとき、どれぐらいの数の井戸が使われていたのでしょうか。
 
遠藤)井戸を持っている91の団体にアンケートを実施しました。91のうち57の団体から回答があり、57団体のうち30の団体が「井戸水を提供しました」と回答してくれました。
 
西村)30ヶ所。この数を聞いたときに遠藤さんはどう思いましたか。
 
遠藤)回答数の半数近くが「提供した」と答えているので、多いと感じました。
 
西村)半数近くが井戸を認識して災害時に使ったということなのですね。地震前から登録制度があったのでしょうか。
 
遠藤)熊本市の場合、災害用井戸の仕組みはありませんでした。熊本地震の反省を生かして、翌年に「災害時協力企業井戸」という制度が作られました。
 
西村)熊本地震当時、そのような制度はなかったのですね。
 
遠藤)はい。完全にボランティアだったということになります。
 
西村)その30ヶ所はどのような場所で、どのようなことが行われていたのでしょうか。
 
遠藤)回答者を訪問して話を聞きました。児童養護施設と老人ホームを兼ね備えた大規模な施設で、敷地内に常時約300人の子どもやお年寄り、職員が住んでいる施設です。その敷地内には、井戸が2本あり、このうちの1本は濁りのため使えなくなりましたが残りの1本はいつも通り使えたそうです。その施設はプロパンガスを使っていたので、水とプロパンガスで温かい食事をいつも通りに用意することができたそうです。
 
西村)普段から井戸水を使って料理をしていたのですか。
 
遠藤)はい。熊本地震のときは、井戸水があると噂を聞いた近所の人が来て、水をもらっていたそうです。
 
西村)その情報は、みなさんどうやって知ったのでしょう。
 
遠藤)特に広報はしなかったそうです。
 
西村)口コミで広がっていったのでしょうか。残り27の団体は井戸を使っていなかったのですね。
 
遠藤)27の団体は、井戸を持っているけど開放しなかったそうです。
 
西村)それはなぜでしょう。
 
遠藤)1番多かったのは、「当時は災害用井戸に未登録だった」という回答。2番目に多かったのが、「自治体からの要請がなかった」「地域住民から要請がなかった」が同一です。
 
西村)井戸の持ち主は使っていたのですか。
 
遠藤)先ほどの例のように、「井戸水を提供してください」と近所の人が来て、提供したところもあります。特にコンタクトがなかったところは、外部に提供しなかったところも。
 
西村)どんなことが課題だと思いますか。
 
遠藤)井戸の認知度が低いという点です。熊本市内の高齢者施設にもアンケートを実施しました。代表者に「災害用井戸という仕組みを知っていますか」と聞いたところ、「知っている」と答えたのは25%でした。地震で断水を経験した後でも25%しか災害井戸の仕組みを知らないというのは、低い割合だと感じます。
 
西村)今後は、どうしていったら良いのでしょう。
 
遠藤)井戸の場所を広く知ってもらうことが大事。自治体のホームページや地域のハザードマップ等に井戸の場所をきちんと明記して、地域で共有するという取り組みが必要です。
 
西村)家庭の井戸だとご近所の人がたくさん押し寄せてきても大変。施設の情報がハザードマップなど、わかりやすい形で広く知られるように、自治体はもちろん、国を挙げて整備してもらえたらと思います。井戸は使えても、水汲みを経験することも大事ですよね。防災訓練で井戸から水を汲んでバケツリレーをするなど使う側のわたしたちも備えの一つとして経験しておくことも大切だと思いました。
きょうは、災害用井戸の役割というテーマで、大阪公立大学教授 遠藤崇浩さんにお話を伺いました。