第1298回「大雨の危険度をリアルタイムで知る"キキクル"」
気象庁 大気海洋部 気象リスク対策課 水害対策気象官 太田 琢磨さん

西村)台風や大雨のとき、私たちは危険を判断するための情報を受け取っています。気象警報や注意報、土砂災害警戒情報、避難指示などさまざまな情報がありますよね。その中でも最近、ニュースや天気予報などでよく聞くようになった気象庁の「キキクル」というインターネットサイトをみなさんはご存知でしょうか。
きょうは、この「キキクル」を開発した気象庁の方にオンラインでお話を聞いていきます。気象庁 大気海洋部 気象リスク対策課 水害対策気象官 太田 琢磨さんです。

太田)よろしくお願いします。

西村)太田さんは気象庁でどのようなお仕事をしているのですか。

太田)雨による災害危険度の高まりを地図上で確認できる、気象庁のシステム「危険度分布(キキクル)」の開発を担当しています。

西村)先日も徳島や高知で大雨が降りましたが、大雨が降ったときは忙しくなるのですか。

太田)「キキクル」がどのように表示されるのかを常にチェックしています。災害が発生すると「キキクル」の検証も行います。大雨が降ったときは、かなり忙しくなりますね。

西村)太田さんが開発・運用している「キキクル」について改めて説明します。「キキクル」は愛称で、元々の名前は「危険度分布」という気象庁のシステム。これは大雨が降ったとき、どの地域で災害の危険が高まっているのかという「危険度」を地図上で確認することができるもの。危険度は5段階で、1km四方の細かい網目で色分け(濃い紫=極めて危険、薄紫=非常に危険、赤=警戒、黄色=注意...)されています。「土砂」「浸水」「洪水」の3つの災害について知ることができます。気象庁のインターネットサイトで確認することができ、私たちはパソコンやスマートフォンで見ることができます。情報は10分ごとにリアルタイムで更新され、1~3時間先の予測も伝えています。
1km四方というと具体的には、隣の町内会ぐらいまでの範囲でしょうか。

太田)そうですね。市町村の中の学区単位くらいの広さがちょうど1km四方にあたると思います。

西村)結構、地域密着情報ですよね。今いる場所の情報を知りたいときに本当にありがたいですね。

太田)気象庁・気象台は、大雨警報や洪水警報などの警報・注意報を発表していますが、この警報は市町村単位が原則です。この「キキクル」は、1km四方の単位で細かく危険度を確認することができます。

西村)この「キキクル」という愛称はいつどのように決まったのですか。

太田)昨年9月、たくさんの方に「危険度分布」を知っていただきたいと、愛称を募集しました。1200を超える応募いただき、気象予報士の天達武史さんと井田寛子さんに特別選考委員になっていただき、今年3月に愛称が決定しました。

西村)愛称を考えたのはどんな人ですか。

太田)小学生です。「危機が来る」という意味で危険が迫っていることがわかりやすい。カタカナ4文字で簡潔で、市民性にも優れているところが高く評価され、この愛称が採用されることになりました。


西村)意味もわかりやすくて、カタカナで検索もしやすい。いい名前だなと思いました。
改めて、「危険度分布(キキクル)」はどのような仕組みなのでしょうか。

太田)まず初めに、降った雨による災害リスクの高まりを、指数という形で算出します。指数は3種類あって、土砂災害のリスクを表す「土壌雨量指数」、浸水被害のリスクを表す「表面雨量指数」、洪水のリスクを表す「流域雨量指数」。これら指数は、雨が地面にしみ染みこむ様子や、雨が河川に集まり川を流れ下る量も考慮して算出しています。

西村)普通の雨の情報にプラスアルファされているのですね。

太田)指数を算出した後に、指数とあらかじめ定めた基準を比較して災害発生の危険度を算出しています。

西村)どんな基準でしょうか。

太田)過去30年分の災害データと照らし合わせることで、基準値に土地ごとの災害に対する弱さ、災害の起こりやすさを反映しています。今まさに降っている雨から算出した指数と、過去の災害データに基づいて設定した基準値を比較し、判定した結果を地図上に表示したものが「キキクル」なんです。

西村)キキクルの具体的な使い方を教えてください。

太田)危険度の色の意味を理解して、適切な避難行動をとることが非常に重要。まず一番高い危険度が濃い紫です。これは既に災害が発生していてもおかしくない極めて危険な状況。浸水で避難所に移動することがかえって危険な状況ということも。指定避難場所へ向かうことにこだわらずに、川や崖から少しでも離れた近くの頑丈な建物の上層階などに避難するなど、その時点で最善の安全確保行動をとります。

西村)濃い紫は、既に重大な災害が発生していることが考えられるのですね。どこに避難するか迷っている場合ではないという。

太田)上から2番目の薄紫は、数時間以内に災害が発生する恐れがある場合。自治体が警戒レベル4「避難指示」を発令する目安になっている色です。薄紫が出ているときは、自治体から避難指示が出ていないか確認。避難指示が出ていなくても自らの判断で避難をすることを検討してほしいです。
 
西村)薄紫は、数時間以内に災害が起こる危険性があるのですね。
 
太田)特に避難に時間がかかる高齢者は、薄紫の前の赤の時点で避難を開始するなど、早め早めの行動が大切です。高齢者以外でも、赤が出た場合は、避難の準備をしたり、自ら避難の判断をしたりすることが必要です。 
  
西村)高齢者だけはではなく、幼い子どもがいる家庭、体の不自由な人など避難に時間がかかりそうな人は、赤になったら避難を始めた方が良いですね。赤より紫の方が危険というのがポイント。
「土砂災害警戒情報」や「大雨警報」とはまた違うのですか。
 
太田)「土砂災害警戒情報」は、警戒レベル4相当で、「大雨警報」は、警戒レベル3相当。気象台が発表する情報は、まず土砂災害に関する「大雨警報」が発表されて、その後、土砂災害発生の危険性が高まれば、「土砂災害警戒情報」が発表されます。
 
西村)「キキクル」との違いは?
 
太田)「キキクル」では、警戒レベル3相当の「大雨警報」が発表される状況は赤で表示されます。警戒レベル4相当の「土砂災害警戒情報」が発表される状況は薄紫で表示されます。災害が切迫しているような状況は濃い紫で表示されます。
 
西村)連動しているということですね。
 
太田)「大雨警報」や「土砂災害警戒情報」など名称は異なるのですが、「キキクル」では、赤→薄紫→濃い紫で危険度が高まっていくと考えてください。
 
西村)それが1km四方という細かいエリア設定でわかるのですね。自分の住んでいる場所によって、「土砂」「浸水」「洪水」の3つを使い分けなければならないのでしょうか。
 
太田)そこが大事なポイントです。あらかじめハザードマップなどで、自分が住んでいる場所にどのような災害の危険性があるのかを確認しておくことが大事。裏に山がある家では、当然、土砂災害のリスクがありますよね。
 
西村)「キキクル」とハザードマップの違いは?
 
太田)ハザードマップは、災害が発生したときに危険な場所や災害時の避難場所などを地図に示したもの。あらかじめ想定された被害情報が地図上に載っているものです。「キキクル」は、現在~数時間先までに降る雨を予測し、今この瞬間の災害発生の危険度を地図に表示したもの。「キキクル」の危険度は、大雨の状況に応じて、時々刻々と変化していきます。同じように地図で災害リスクを知るものですが、ハザードマップは、事前の被害想定、「キキクル」は、リアルタイムの被害予測という違いがあります。
  
西村)ハザードマップは、災害が起きる前に自分の住んでいる地域の災害リスクを知っておくために使うもの。「キキクル」は、現在~数時間後、どのような災害が起きるのかをチェックするものですね。今の情報を知りたいときは「キキクル」を見ると良いのですね。
 
太田)「キキクル」は、ハザードマップの元となっている「土砂災害警戒区域」や「洪水浸水想定区域」を重ねて表示することもできるんです。自分が住んでいる場所が危険な場所かどうかを「キキクル」の画面上でも確認することができます。
 
西村)どのようにしたら良いですか。
 
太田)右上にある3つの丸いボタン隣にある4つ目のボタン(地図を広げたようなマーク)を押すと、「土砂キキクル」の画面では、「土砂災害警戒区域」が表示され、「洪水キキクル」の画面では、「洪水浸水想定区域」が表示されます。このように重ねて表示できるようになっています。
 
西村)実際に「キキクル」が導入された2017年以降にも各地で豪雨災害が発生しています。「キキクル」が示していた危険度と実際に起こった災害は、被害状況は一致していたのでしょうか。
 
太田)2018年の西日本豪雨で検証した結果、土砂災害によって死者・行方不明者が発生した場所では、いずれも「キキクル」では、濃い紫になっていました。多くの河川で堤防決壊の被害が発生した東日本台風では、「洪水キキクル」で決壊したほとんどの河川が濃い紫になっていました。このように「キキクル」で濃い紫になったときは、かなりの確率で災害が発生するということが過去の検証からもわかっています。濃い紫より前の段階の薄紫の段階で避難をすることが非常に重要です。
  
西村)過去のデータを見ることもできるのですか。
  
太田)全てのデータを見ることはできないのですが、大きな災害の事例は(気象庁サイトの)特設ページで閲覧できるようになっています。
 
西村)西日本豪雨のときの岡山県真備町の辺りの地図データを見てみると、最初は川も水色で氾濫注意情報もないのですが、2日後の夜にはもう色んな地域で色がついています。細い河川の色の広まり方が恐ろしいなと思いました。
 
太田)はじめに細い中小河川の危険度が高まり、それがやがて集まってきます。真備町の事例では、小田川という指定河川に集まってきて、決壊が発生し、甚大な被害となりました。
 
西村)「キキクル」の精度の改善も日々行われているのでしょうか。
  
太田)大雨による災害が発生した場合には、毎回「キキクル」の検証を行っています。県や市町村から提供される最新の災害データを元に、1年に1回に基準値の点検を行っています。検証や基準値の点検は常に行い、制度改善に努めています。
  
西村)実際に水害被災地の現地に行って調査をすることもあるのですか。
   
太田)西日本豪雨のときは、真備町に行きました。政府で災害が発生した後に行われる検討会の一員として、現地調査をするとこともあります。
  
西村)被災した方と話したり、「キキクル」を使った人と出会ったりしたことは?
 
太田)自治体の役場のみなさんや自治会の方にお話を聞き、「キキクル」についてのご意見いただくこともあります。
 
西村)みなさんの声を生かして、今後も「キキクル」はどんどんと改善されて、私たちにわかりやすくデータを届けてくれるのですね。
  
太田)避難に直結する情報なので、日々改善を行っていきたいと思っています。
  
西村)あらためて、私たちは命を守るために受け取ったたくさんの情報を、どのように使っていけば良いのでしょうか。
 
太田)大雨のときには、気象台や自治体から警報・注意報、避難情報などが提供されます。そのようなときに「キキクル」を合わせて確認してください。「キキクル」は気象庁のホームページから見ることができます。危険度を通知するスマホのアプリもあるので、ぜひ活用してください。
 
西村)スマホのアプリは、具体的にどういうものですか。
 
太田)気象庁がやっているものはなく、事業者と協力しながら進めているもので、協力事業者は5社あります。スマホにアプリをインストールすると、危険度4が出てきた場合に、通知メールを受け取ることができるなどの機能があります。
これからは台風が到来するシーズンです。自ら情報を得ることが、自分の命を守る第一歩。「キキクル」を活用して、いち早く危険な状況を知って、災害が発生する前に早め早めの避難をするように心がけてください。

   
西村)情報の備えも大切ですね。実際に災害が起きる前に、練習しておこうと思います。みなさん、いざというときには「キキクル」を活用しましょう。
きょうは、気象庁 大気海洋部 気象リスク対策課 水害対策気象官 太田 琢磨さんにオンラインでつないでお話を伺いました。