第1246回「台風10号 コロナ禍の避難」
電話:鹿児島大学 准教授 井村隆介さん

千葉)台風のシーズンが続いています。
きょうは、新型コロナウイルスの感染防止を図りながらの台風避難について考えます。
自然災害、避難行動に詳しい鹿児島大学准教授の井村隆介さんと一緒に、今回の台風10号の避難行動について考えていきます。
井村さんは台風が接近したとき、地元の放送局のテレビやラジオに出演し続けて、備えを呼びかけられました。
井村さん、今回の台風10号でご自宅や大学は大丈夫でしたか?

井村)大きな被害はなかったんですけれども、やはり20時間ぐらい停電しましたので、冷蔵庫の中のものがいたんだり、夜暑くて...というようなことはありました。
 
千葉)そうでしたか。
今回、台風10号で一番大きな被害を受けると見られていた鹿児島で、メディアを通じてメッセージを伝えられたわけですが、市民の方々に対してどんな呼びかけをされたんですか。
  
井村)中央のメディアからは、台風がいかにすごいのかっていう情報しか発信されなくてですね。
具体的に強い台風が来たらどういうことが起こるのだろうかとか、あるいはどういうことに気をつけて、どういう時点で避難を考えなければいけないかっていうような具体的な対応とか、そういうことを呼びかけたつもりです。

 
亘)たしかにそうですね。
中央からの発信だと、台風の大きさ、強さとか、そういうことに偏りがちですよね。
 
井村)はい。
やはり台風が何時ごろ接近するとか、だから今、何をしなければいけないっていうのは変わってくるんですよね。
だから「風が強いです」というだけではなくて、何時ごろ風が強いから明るいうちになんとかしないといけないとかということもいろいろありますので、そういう意味では、やはり地元で情報発信することはても大事だと思っています。

 
亘)今回は予想されたほど被害はなかったと感じる方も多いと思うんですけれども、井村さんは今回の台風の被害はどういう風に受け止められましたか。
 
井村)人的被害はもちろんゼロではなくて、亡くなられた方もいらっしゃるので大丈夫だったとは言い難いんですけれども、風の強さだとか雨の量に対して考えれば、人的被害が少なかったので被害が少なかったというふうに言えるかなと思います。
ただ、インフラの被害だとか、農作物への被害とかはやはり出ていますので、単にあまりなかったというふうには言い難いなと思っています。

 
亘)人的被害が比較的小さかったのは、どんな要因があると思われますか。
 
井村)ひとつは夜間でみんな外に出ていなかったことが、かなり大きいと思います。
台風の最接近が真夜中になったので、とにかく中にいるわけですね、皆さん。
そういう状態だったので、多分、人的被害が少なかったんだろうなと思います。
もちろん、土砂崩れだとか洪水が少なかったというのも大きな理由なんですけれども、みんなが家にいられる時間だったというのは大きいと思います。

 
亘)今回、コロナウイルスがまだ蔓延している中での避難っていうことで、特徴的だったのが避難所の定員が大幅に減らされたということですよね。
鹿児島市では市内全域に避難指示が出たということで、大勢の方が避難されて、やっぱり定員を超過した避難所もあったと聞きました。
ただ、定員超過したんだけれども受け入れは続けた。結果的に定員オーバーにはなるんですけれども、受け入れを続けました。
一方で、刻々と変化する避難所の混雑状況をホームページとか Twitter などで発信し続けた自治体もあって、来られた方を他の避難所に誘導したり、あるいは不親切なところだと、「満員です」とか「定員に達しました」という張り紙だけしているようなケースも聞きました。満員で避難者を断るということについて、井村さんはどのようにご覧になりましたでしょうか。
 
井村)新型コロナがある中での避難行動ということで、内閣府からも半年ぐらい前に指針は出ていたんですよね。
そういう中で、避難所がクラスターになるのを避けるために、定員を減らしてください、ソーシャルディスタンスを保ったまま避難させてくださいというのがあって、定員削減の問題はこの台風が来る前から分かっていたんですよね。
僕自身はですね、コロナ感染のリスクと自然災害に巻き込まれて命を落とす、ケガをするっていうリスクを比べると、「もう全部受け入れてください」っていうふうにずっとお願いしていたんですよね、地元では。
だから鹿児島市は全部受け入れてくださったというふうに思います。

 
亘)定員に達しても受け入れを続けましょうということですね?
 
井村)はい。そっちの方が多分、大事だと。
要するに、人が集まって3密になれば自然にウイルスが湧くわけではないんですよ。
人が集まったとしても、きちんと感染症の予防というのをみんながきっちりすることによって、クラスターになることは防げると僕は思っていますので。
だから、受け入れてくださいと。
その上でどうするか、感染症を防ぐために手洗いだとかマスクだとか、みんなが触るところの消毒だとか、そういうのを徹底してもらうっていうことが大事だという風に思っていましたので、鹿児島市にはそういうお願いをしていました。
だから全部受け入れてくれたんだと思うんです。

 
千葉)それでも、たくさんの人が集まって避難所に密集することになりはしませんか。
もっとなんかいい方法ってないですかね。
 
井村)日本で考える限りやっぱり人が多いですから、避難所が密になるというのは僕はもうある意味でしかたないというふうに思っています。
避難の仕方というのも、災害が起こる前、発災前の予防的な避難措置ですよね。
神戸の地震や東北の地震のように、災害が起こってしまってそこで避難生活をするっていうような避難とは、ちょっと違うと僕は思っています。
発災後であれば災害救助法というのを適用して、ホテルとか旅館でも「みなし仮設」といって、お金が国の方から出るんですけれども、予防的措置だとそういうのもないですから、そういう状況で、避難所で受け入れないというのは、僕はちょっと異常な状態かなと思っています。

 
亘)そうか、発災後と発災前では法律の適用が違うということですね。
 
井村)違います。
災害救助法というのが適用されると、ふつうは都道府県から食料の提供や寝具の提供があるんですけれども、発災前は災害対策基本法で避難勧告・避難指示が出されるだけですので、多くの場合、避難所へは自身で食料だとか毛布とかそういうのを持ってきてくださいっていうふうになりますよね。
だから、段ボールベッドを用意して...とか言っても、予防的措置の時に自治体が全部、段ボールベッドとか使っていると、これは本当に大変なことになりますので。
僕は最初から破綻しているなと思っていました。

 
亘)発災後だと被害にあった方だけが避難しますけれども、予防的措置だと全員が避難しなきゃいけないっていうことになりますね。
 
井村)そうですね。鹿児島市全域に避難勧告・避難指示ということになると、ちょっとでも危ない、恐いと思っている人が予防的に避難をします。その場合には、自宅に戻れなくなった人だけではなくて、全員が来るわけですよね。
それはもうやっぱり、日本の今の状態では3密は避けられないというふうに思っています。

 
亘)避難所をもっと多く確保するというのはどうでしょうか。
 
井村)それは重要なことだと思います。
民間の施設などにもっと協力をお願いして避難というのはできると思いますけど、そのあたりをちゃんとやるのは、もう自助じゃないんですよね。公助になるので、やはり自治体がちゃんとやらないとダメなんだろうなと思っています。

 
千葉)今回、自治体の枠を超えて、避難所に避難をしたという例があったんですが...。
 
井村)そうですね、人吉市なんかは今年7月の水害が大きかったので、もう避難所自体がパンパンという状態にありましたので、熊本市内に移動したということがありました。
 
千葉)そういったことが今後も弾力的にされていった方がいいんですよね?
 
井村)基本的には良いことだとは思うんですが、これも僕は人の数だというふうに思うんですね。
鹿児島県でも離島の十島村や三島村っていうところは、自衛隊のヘリで住民を鹿児島市内に避難させたりということがあったわけですけれども、鹿児島市全体を避難させるってなったら、ほとんど不可能に近いですから。そうなってくると、かなり難しい問題ではあると思います。

 
亘)あと今回、気になりましたのが、避難所でケガをした方がおられましたね。
ガラスが割れてケガをしたということだったんですけど、強風に避難所が耐えられるかどうかっていうのは今まであまり考えたことがありませんでした。この対策というのはどういうふうに考えられますか。
 
井村)風が強いということが、今回の台風でやっぱりすごかったわけですね。
気圧が低いっていうのは風が強いということを意味していますから。
風に対する備えをもっともっと早くしておくべきだっただろうなと僕は思っています。
そういう中で、土砂災害だとか洪水のハザードマップとかはできているんですが、風のハザードマップって作れないんですね。
台風でもどこを通ったかによって、風の強さだとか風の方向は全部変わってきますので、なかなかそういうものは作れない。
そうすると、やはり建物が頑丈である以上の対策っていうのはないんですね。それも、やはり公的な避難所の安全性の確認っていうのは、行政がやらなければいけないことかなというふうに思っています。
もちろん、避難所レベルで養生テープを貼ったりとかいうようなことはやっていただきたいと思うんですけど、根本的な部分での安全確認というのは、やはり行政がもっと積極的に取り組まないといけないと思います。

 
亘)避難所の立地とか耐震性というのは考えられていますけど、風に耐えられるかどうかってあまり考えたことがなかったなぁと思ったんですが。
 
井村)そうですよね。あとは停電ですよね。
避難所でも停電になってですね。
夜、台風ですから窓も開けられない状態で、熱中症が心配されたというところも多いですね。

 
亘)夏で言うとそうですね。
 
井村)避難所全部に非常用電源置いておくこともできると思うんですけど、それも自助じゃないですよね。
やっぱり公助のところでやっておかなければいけないことだというふうに思います。
台風が来てからだとやっぱり遅いですよね。

 
千葉)避難所に避難したことによってケガをしたりとか、熱中症になったりとか、そいうことでは困りますもんね。
  
井村)そうですよね、それが一番まずいところですよね。
避難というのは難を避けることだっていうふうに呼びかけていて、避難所でケガをされたり命に関わることがあったりしては本当に大変ですので。

 
千葉)今回の台風10号でひとつのキーワードとなったのは、「ホテル避難」ということなんですが、これだけたくさんの人がホテルに避難をしたというのは初めてのケースではないですか。
 
井村)そうですね。
災害が起こる前で、こんなにホテルに避難をしたというのは多分初めてだと思います。
災害が発生した後にホテルで、「みなし仮設」っていうか、ホテルが避難所というのはこれまでにもあったわけですけれども、災害が起こる前にホテルを利用したというのは、多分初めてだと思います。

 
亘)やっぱり事前の呼びかけがあったから、こうやって大勢の方がホテルに避難されたんでしょうかね。
 
井村)そうですね。
呼びかけがあったということが大きいと思います。
春先からずっと「分散避難」が呼びかけられていましたので。そして、選択肢の中にホテルがあるよっていうようなことはメディアからも出てましたから、それをみなさん考えられたんだと思います。

 
亘)この「ホテル避難」というのは、何か課題はありますか。
 
井村)ホテルの立地とか安全性ですね。
これはもう本当に避難所と同じようなことがあったりしますし、ホテルだって停電することがあるということで。
要するに、避難する場所をホテルに変えるだけであって、快適なホテル住まいが確約されているわけではないんですよね。
発災前のホテルへの避難というのは、先ほどの災害救助法の話と同じように、もう個人負担なわけですよ。
メディアとか政府はホテルへの避難を呼びかけていましたけれども、決してお金が出るわけではなくて。

 
千葉)そうですよね、宿泊代、自分で払わないといけないですもんね。
 
井村)あれだけ呼びかけていたのに、結局、窓口でトラブルになったという話も聞きました。
「避難してきたのに金を取るのか」っていうような話ですよね。
呼びかけはしていたけれども、最終的にはホテルのフロントと住民に、ある意味で丸投げしてたというようなことがあるわけですよね。
これはやっぱり、とってもまずいことだなって思っています。
もちろん、一部のホテルでは自治体と事前の契約ができていて、補助金が出るというところもあったみたいですけれども、多くの場合はそうではなかったですよね。

 
亘)どちらかと言うと、学校などの公共施設よりはホテルの方が過ごしやすいということで、体の悪い方は優先的にホテルに行かれた方がいいんじゃないかと思うんですけれども、今だとこれ早い者勝ちになりますよね。
 
井村)そうですね。
今だと早い者勝ちで、あるいはお金に余裕がある人っていうようなことになってしまっていますので、このあたりも考える必要はあるだろうなと思っています。

 
亘)やっぱり、自治体とホテルの協定を結ぶとか、そういうことでしょうか。
 
井村)そうですね。
そういうことができないといけないなって思いますよね。
でもホテルの方もビジネスですから、全面的にというのはなかなか難しいだろうなと思います。総論はオッケーかもしれないですが、各論になった時にもっと詰めないといけないことがたくさんありますよねっていうのが、今回わかったことだと思うんです。
例えば避難した人たちの名簿とか。避難所であれば名簿で確認できるわけですけれども、ホテルに避難すると、どこに誰がいるのかもわからなくなってしまうわけですよね。
避難したのか、それとも行方不明になっているのかもわからないっていうことも起こりえますので、やはり、そういうようなシステム作りがまだまだ必要なんだろうなって思います。

 
千葉)今回は、そういったホテルだとか、事前に知り合いの家などに避難するという例もありまして、こういった「分散避難」と言われることは、ある程度成功したと言えるんでしょうか。
 
井村)たぶん、今までの避難率からすれば成功したんだろうと思いますけれども、結局、避難所で人が溢れたっていうことが多くのところで起こったので、必ずしも成功したとは僕は思っていません。
これまでも、「分散避難」が言われる前から、知り合いの家に行くというのは避難の形態としては、多分、一番多いんじゃないかと思うんですよね。
怖くて他の人の家に行ったとか、子どもの家に行ったとかいうのは実はこれまでにもたくさんあったので。
だから、もちろんコロナのこともあるんですけれども、今回特にうまくいったというふうには、僕は思っていないです。
やっぱりまだまだ最初の例で、被害も実際には小さかったので、うまくいったように見えるのかなと感じています。

 
千葉)あと、こういった災害の時によく言われるのが車中泊なんですが、今回、車中泊というのは危ないと言われていましたよね。
 
井村)そうですね。ただ、首都圏の報道では、直前まで「車中泊も」というのが出ていました。最近、西日本豪雨だとか九州北部豪雨だとか、今年の7月豪雨とか雨の災害が多かったので、車で安全なところへ避難しようというのが、結構直前まで言われていたんですよね。
僕自身は「風があるからやめてくれ」っていうふうに言っていました。
あと、基本的には一晩いるだけでもエコノミークラス症候群になることがあるんですよね。
よほどでない限りは、勧めるべきではないと思っています。
田舎では、小さな軽トラックに乗っているお年寄りが多いんですよね。
このまま避難所に行って車中泊とかされると、本当にマズイなと思うんですよ。
特にお年寄りは、絶対に車中泊しないでほしいと思っています。

 
亘)健康に影響が大きいということですね。
 
井村)そうですね。
コロナよりもずっと影響が大きいと思います。

 
千葉)あらためて、今回の台風10号で見えた避難の課題というのをまとめて教えてもらえますか。
  
井村)やはり、中央のメディアから発信される情報というのはとても大事なんですけれども、それをもとに、きちんと「自分のところでどうなんだろう」と考える必要があると思います。
地域によって実情が違うので、中央から出る情報を、市町村とか自治体がちゃんと自分たち用にアレンジして、情報発信を住民向けにしていただきたいなというふうに思いますね。
一方で、住民の方々に対しては、「最後に避難するかどうか決めるのはみなさん自身です」と言いたい。
今、警戒レベルっていうのが発表されていて、「レベル3」になったらどうしようかとかあると思うんですけど、最終的に決めるのは自分自身だということですよね。
その時の情報だけじゃなくて、事前にハザードマップを見ておくとか、あるいは台風だとかなり前からいろんな情報が入ってきますので、そういう事前の情報とその時の情報を加味して、自分自身で判断するということをやっていただきたいと思います。
いざという時には消防団が呼びに来てくれると思っている方もいらっしゃるんですよね。
でも、そこまで面倒見られないということもあると思いますので。
やっぱり自分たち自身が、その時にもらう情報だけじゃなくて、ふだんから自分のまわりに気をつけるということが大事なんだろうなと思います。