第1226回放送「新型コロナ感染拡大に災害法制の適用を」
ゲスト:弁護士 津久井進さん

千葉)きょうは、災害復興支援に携わってこられた弁護士にお話を聞きます。
亘)弁護士の有志で、新型コロナウイルスの感染拡大を「災害」ととらえて、災害関連の法制度を適用すれば、もっといろんなことができる、という提言をされたんですね。
千葉)この番組にも、これまでご出演いただいてきた、日弁連災害復興支援委員会・委員長の津久井進弁護士です。
 
千葉)新型コロナ感染拡大を災害ととらえると、どんないいことがあるんですか?
 
津久井)コロナ感染拡大は災害だと考えたら、普段の自然災害でやられているいろんな施策が当然行われるべきだとみんな思うはずなんです。
わかりやすいことで言うと、例えば「避難指示」というのがありますよね。みんな、避難所に行くことと勘違いしていますが、水害の時なんかは、「自宅にいなさい」という自宅待機の避難指示があるのですが、これを今回のコロナ問題にあてはめれば、「自宅にいなさい」という指示を法的にも義務づけることができると。

 
千葉)行政が出すことができるわけですね。
 
津久井)はい。あとよくテレビでロックダウンとか都市封鎖とか言っています。具体的にどこまでどうするかはともかく、災害対策基本法の中には、例えば警戒区域を設定して、立ち入り禁止だとかいろいろな制限を罰則つきでするということがあります。例えば、感染拡大のクラスターになっている地域については立ち入りを禁止する、などということも実はやろうと思えば法律はあります。
 
亘)例えば、ある病院とか福祉施設とかでクラスターが発生しましたと。そこを何らかの形で立ち入り制限をかける、なんていうことができるんですか?
 
津久井)はい。関係者以外の立ち入りはできませんと。
これは、今は要請だとか自粛という形でやっているわけですが、法律にもきちんとその仕組みはあるということです。

 
千葉)じゃあ、新しい法律を制定したりしなくてもそこまでできるということなんですね。
 
津久井)そうです。今、法律が無いとか制度が不十分だという議論がありますが、例えば災害救助法という法律の中で言えば、食料品とか飲料水なんかを家に届けることや、宿泊場所を供与する、避難所のことですね。ホームレスの方々やネットカフェ難民の方々に、きちんと感染を防止するための宿泊所というものも提供できる。これ、災害の時を考えたら普段やっていることなので、みなさんもすぐにイメージできると思う。
ところが、コロナ問題は災害じゃないと思い込んでいるがために、その発想がどこかに飛んでしまっているのではないかと。

 
千葉)そうか、ホテルなんかも一時的に逃げ込むための避難所という風に考えれば。
 
津久井)そうです。そうすると、例えば財政措置もきちんとつけることができますし、避難所であることによって一定のルールも仕組むことができるわけです。ですから、災害というものを、地震や台風という風に小さく捉えているところがあるんですが、実際はそんなことはないと。自衛隊は実際、災害派遣でもう既にいろんなところに飛んで行っているわけです。
 
千葉)そうですね、派遣されていますね。
 
津久井)そうなんです。あれは災害派遣ということで自衛隊法の83条で派遣されているので、災害なんですよ。
 
千葉)そうですね、防衛出動じゃないですもんね。
そういう状態なのに、災害法制が適用される状態には今、なっていないということなんですね。
 
津久井)なっていないということなんです。
 
亘)やっぱり災害だと家がつぶれて、しょうがないから避難所やホテルに住むとか、そういうのはイメージしやすいと思うんですけど、今回のコロナで家を失うというのがあまりイメージできないのかなという気がするんですが...。
 
津久井)たしかに、全壊、半壊といってもピンとこないと思うんですね。
私が言いたいのは、災害にあたるかあたらないかという形の話ではなくて、災害で培ってきた知恵や経験、教訓を生かすということなんですよね。

 
亘)そういう意味では本当にたくさんの災害を経験していますよね、私たちは。
 
津久井)はい。世界中、どこにも負けないくらいの知恵や教訓が日本にはあるはずなので。よその国の背中を追いかけるのではなく、むしろ手本を見せるぐらいのことが本当はできるのではないかと思います。
 
亘)今、問題になっているのはやはり経済の問題、雇用の問題が大きいと思うのですが、災害法制を使えば何かできることはあるのですか? 
千葉)そうです、お金ですよね。
 
津久井)実際、一番困ることは毎日の暮らしですから、暮らしを立てるための労働、これについてもちゃんと災害の特例はあるんです。
激甚法という法律の25条には「みなし失業給付」があります。要は、災害で会社が休業になってしまった時は、失業保険をもらえると。

 
千葉)会社を辞めされられたとかそういう状態にないにもかかわらず、失業保険がもらえるのですか。
 
津久井)そうなんです。これも災害の時には当たり前のように行われているのですけど、今回のコロナでは思いつかないみたいなんですよね。
 
亘)激甚法というのは、「激甚災害」の「激甚」ですね。
 
津久井)そうです。災害の中でも特に大規模な被害が発生して、会社が休業を余儀なくされたと。こういう場合は、会社がなくなったのと同じようにみなして、会社が再開するまでの間、失業保険を給付すると。こういう仕組みが昭和30年代ごろからずっとあるんです。
 
千葉)東京のタクシー会社が、雇って給料払っているよりも失業保険もらった方がいいからと、全従業員を解雇したというニュースがありましたよね。
 
津久井)ありました。私はあのニュースを見た時にびっくりしたんですよ。
タクシー会社のやっていることではなくて、この「みなし失業給付」がまだ使われていないのかと、そっちにびっくりしました。
つまり、阪神・淡路大震災の時にも東日本大震災の時にも、西日本豪雨とか令和の台風の時にも会社が休業になった時には、「みなし失業給付」が払われてきたのです。

 
亘)あまりわかっていなかったのですが、それは普通にされてきたことなんですか。
 
津久井)そうです。もちろん特例ですから、これが激甚災害にあたると、労働局が一定の認定のすることは必要ですが、そういうことも全部ひっくるめて、コロナの特例ということでやれば、今、問題になっている「雇用調整助成金」はなかなか手続きが大変で、労働者も事業者も両方困っているというニュースが出ていますが、直接、労働者の人がもらえばいいし、そうすると会社は休んだ方がいいんですよね。休業したということが、「みなし失業保険」の大前提なので。
動いているものとみなして休業手当を出すよりも、休んでしまって給料を失業保険でもらう方が、よほど単純で確実に労働者もお金がもらえると。

 
亘)失業保険というと、どのくらいの額がもらえるんですか。
 
津久井)どれくらいの間勤務していたかとか、6割ぐらいとかですね、一定の基準があって、もとの給与の満額もらえるというわけではもちろんありません。しかし、今、雇用調整助成金でも、助成の対象というのは、一定の金額を越えると一定の割合しかないわけで、もらう方からするとそんなに変わらない。
 
亘)雇用調整助成金というのは、雇用主の方に入るわけですよね。それで、手続きがややこしいと今、問題になっています。
 
津久井)そうです。みなし失業給付が全ていいですよと言うつもりはないのですが、これまでの災害でも雇用調整助成金とみなし失業給付は両方、行われてきたんです。阪神・淡路大震災の時もそうなんです。でも、今回は片方しか行われていないので、不思議だなと思うんですね。
 
千葉)やはり雇用主の方としても、今まで苦楽を共にしてきた従業員を解雇しないで済むし、働く方としても失業してしまった、明日からどうしようかなと思わず、ちゃんと勤めているという立場を守りながら失業給付が受けられるということですもんね。
 
津久井)そういうことです。もともと雇用保険は給料の中から天引きされていますからね。いざという時のための保険ですから、こういう時に使うべきだと私は思います。

津久井)むしろ災害の時より今回は大変です。局地的な問題ではなく全国で大変なので。フリーランスの方であるとか、あと、失業保険も1か月半くらいお金がもらえるまでに時間がかかったりだとか。あるいは一回もらってしまうと、辞めたものとみなされてしまうので、これまで勤続何十年というのもリセットされて、復職された時にまた一からカウントされてしまいますので。だからそういった特例もひっくるめて、コロナ対策のみなし失業給付という形で整備すればよいと。
これは既に、激甚法という法律がありますから、単に激甚災害を「コロナ感染拡大」という風に読みかえをするだけで、簡単に法律はできると思います。

 
亘)結構、簡単にできそうですよね。
 
津久井)はい。なぜやらないのかというのが私には不思議で。
 
千葉)政府はどう考えているのでしょうか。
4月28日の衆議院予算委員会で、立憲民主党の枝野代表が、西村大臣に聞いています。
 
立憲民主党・枝野代表)災害救助法を使えば、今、仕事を失い、生活の拠点を失っている人たちに、住まいも食料も生活必需品も供給することができるんです。
もう一つ、災害対策基本法。実は、災害対策基本法を適用すると、屋内退避の指示や立ち入り禁止命令、退去命令ができます。どうです、総理。この内容を検討しませんか。
 
西村国務大臣)
法制局とさっそく相談したが、災害基本法、災害救助法の災害にするには難しいという法制局の判断をいただいたところでありまして、他方、ご指摘の救助法でできるさまざまなことは、今回用意しております地方創生臨時交付金で、都道府県知事が、地域の事情に応じて対応できることになっておりますし、必要なことを臨機応変にできるようになっております。

 
亘)これは、災害法制を適用するのは難しいけれども、やれるんだよと言っていますよね。
 
津久井)私はそう聞きました。
実質的な理由を大臣は一言も触れなかったですよね。つまり、実質的に国民みんながこのコロナ感染拡大は災害だと理解すれば、適用できますよと言っているのと等しいのではないかと。
それから、地方で柔軟に対応すればよいという話もありましたが、地方の判断でできるというのも実は、災害の知恵そのものなんです。
災害対策基本法は、市町村が権限をもつ。災害救助法は都道府県が権限をもつ。コロナ対策については国や都道府県単位で対策をするという仕組みになっているので、きめ細やかな市町村の対応がどうしても後手に回ってしまう仕組みになっているんです。
やはり災害は現場で起きていると。現場の判断者がきちっと対応するというのが正しい対応ではないかと思うので、やはり私はこの災害対応で乗り切ってほしいと思う次第です。

  
亘)内閣法制局は、なぜ適用は難しいと言っているのでしょうか。
  
津久井)正式なデータや文書があるわけではないですが、私は、これは法制局というよりも、これまでの統治あるいは官僚組織の問題だと思っています。
というのは、厚生労働省とか経済産業省とか自衛隊のような大きな組織と違って、災害については、内閣府防災というたった90人ぐらいの小さな部署で、全国の災害を担当している。

  
千葉)90人の部署で全国の災害を?
  
津久井)そうです。もういっぱいいっぱい、アップアップなんです。
ですから、彼らのところでこのコロナ対策は災害として対応せよと言っても、人員的に無理だと。これが本音ではないかと私は推定しています。

  
千葉)とはいえ、今、大変なことが起きて国民が大変な状況になっているんだから、そんなことで何もしなくていいのかと。
亘)そうですね、その縦割りな感じは何なのかなという気がします。
  
津久井)東日本大震災でも阪神・淡路大震災でも、対策本部というものを作って、大きな組織で対応しました。今回は、厚生労働省や経済産業省が中心になっていますが、そこに災害というものも取り入れて総合的に対応することが正しいし、あたり前の対応だし、よその国ではそうしているという風に私は見ています。
  
千葉)そういう状況をふまえて国会でガンガン議論すべきだし、政府も踏み込んでいくべきではないのかなと思いますが、津久井さんはどうご覧になっていますか?
 
津久井)私は、これはツケが回ってきたと思っています。
つまり、これまでの災害対応で数々の失敗や改善の声があったのですが、喉元過ぎれば熱さを忘れるということで災害対応を怠ってきた。この国は。
今回、緊急事態宣言というのが注目されていますが、思い出していただくと、緊急事態として熊本地震の時に安倍総理が、緊急事態だから早く屋内に避難者を収容せよということを言った。一回回目の震度7の時に。それで、実際に現場でそうしようとしたのですが、みんな余震が怖いから外にいるんだと言って、結局応じなかった。二度目の震度7の時に、屋内に退避していたら何百人も体育館で死んだかもしれない。
言うことをきかなかった、現場判断したから命が助かったということがあるんです。
こういう、緊急事態の時に現場が正しい判断ができるようにするということがずっと言われているのに、緊急事態宣言では生ぬるいから緊急事態条項を憲法に設けてはどうか、などという議論が与党内で出ています。国民の方も、憲法改正した方がいいのではないかと、私権制限のために、パチンコを制限するためには憲法を改正した方がいいんじゃないかとか、変な話が出ているのが私にはちょっともう我慢ができない状態ですね。

 
千葉)そんなことをしなくても、今ある法律をちゃんと使ったら対応できるじゃないかということですね。
 
津久井)おっしゃる通りです。
 
亘)他にも何かいろいろ災害法制でできることはあるのですか?
 
津久井)他にも、災害救助法とかあるのですが、「災害ケースマネジメント」という鳥取県などで既に制度として行われている、ひとりひとりに寄り添って、ひとりひとりに個別ケアしていくという仕組みがあります。今、お家の中でみんな我慢して暮らしていますが、中にはコロナ以外の病気でずっと我慢して命を失いつつある方などが実際にいます。それから、ひきこもりの方がこれまでずっと外とのつながりを少しずつ拡大していったものが、急速になくなって、本当に自立が困難な状態になりつつある。こういう時に家を訪問できないじゃないかというお声もありますが、いろんなWEBを使ったり電話をしたり、あるいはハガキを送ったりというボランティアも今、大阪で行われています。
ひとりひとりに寄り添ってニーズを把握して適切に対応するという仕組みを、コロナ対策と同時並行でやっていかないと、いざ、コロナ禍が終わった時に大変なことになってしまうと思います。

 
亘)これまでの災害でそういう「ケースマネジメント」っていうのは、されてきているのですか?
 
津久井)そうですね。例えば鳥取県が皮切りで始めたのですが、ずっと屋根が壊れたままで2年3年暮らしていた方が、この仕組みを使うことで何とか修理ができたと。
西日本豪雨や令和の台風などでも、地域支え合いセンター、社会福祉協議会などが中心となって、ひとりひとりのニーズに寄り添うということをなさっています。
これ、非常に大事なのは、行政の仕事ではないんです。行政と民間が連携して、あるいは専門家とかいろんな人たちが寄ってたかって、ひとりの為に計画的な対応をしていくという仕組みなんです。

 
亘)行政まかせではダメだということですか。
 
津久井)はい。私は「コロナ関連死」というのがとても怖いです。コロナで亡くなられる方は毎日報じられていますが、その陰で十分な医療が受けられずに亡くなられる方がいらっしゃると。
阪神・淡路大震災の一番の教訓は「ひとりひとりを大事にしよう」ということだったと思うのです。
我慢はみんなでするけれども、立ち直る時はみんな支え合ってやっていかないとね、というモードを今のうちからあたためておく必要があるのではないかなと思っています。

 
千葉)コロナ感染拡大の状況を災害と解釈していいのかという意見も世の中にありますが、どうなのでしょう?
 
津久井)とにかく知恵を絞っていくというのがポイントです。
今、「持続化給付金」というものも注目されています。私たちがこれからもらう10万円の個別の特別給付金については、差し押さえ禁止という法律が、地味ですがちゃんと手当てされました。
持続化給付金は事業者に払われるものなのですが、これに、差し押さえ禁止をつけるかどうかということを巡って議論がある。

 
亘)これは、中小企業の方が200万円、フリーランス100万円というお金ですね。
 
津久井)そのお金を、債権者が横から出てきて差し押さえてしまう。経済活動なんだからしょうがないだろうという議論があるらしいのですが、これ、何のためかといえば、つぶれそうな、壊れそうな中小の事業者の人たちが何とか立ち直るため、事業を続けるためのお金だから、差し押さえなんかしてはダメですよね。
 
千葉)差し押さえられちゃったら全然助けになってないですもんね。
 
津久井)そうです。もし、この持続化給付金がフリーな形で支給されることになったら、金融機関だとか、めざとい債権者だとか、あるいは私たち弁護士が、本来の差し押さえの業務と言って差し押さえに走るかもしれない。何のためのお金かわからなくなっちゃうじゃないですか。
これは、災害の時の教訓ということで、地味ですが、きちんと対応しておくひとつのポイントかなと。
義援金の差し押さえ禁止というのがあったのを覚えておられると思うのですが、あれです。

 
亘)それは今回で言うと、新しい法律をつくらないといけないのでしょうか。
 
津久井)そうですね。今回の10万円の個人に払われるもの、これについては義援金と一緒だねということで法律ができましたが、事業者に対する義援金ってイメージできないよね、という感じで、そのままいってしまいそうな不安を私は感じています。
 
千葉)コロナ感染拡大の今の状況というのは、大きな災害と同じなんだと考えて対応していかなければならないということですね。
 
津久井)はい。私はそう思います。