第1253回「活火山のない近畿地方に有馬温泉が湧く理由」
ゲスト:神戸大学教授 高等研究院海共生研究アライアンス長
    巽 好幸さん

西村)きょうのゲストも先週に引き続き、神戸大学教授 高等研究院海共生研究アライアンス長・巽好幸さんです。
 
巽)よろしくお願いします。
 
西村)日本は火山が多いから、いい温泉地がたくさんあるというイメージを持っている方が多いと思いますが、
関西を代表する温泉である、有馬温泉の周辺に活火山はありませんよね。
このメカニズムについて、巽さんたちの研究グループが、先月研究結果を発表されたんですよね。
 
巽)はい。イギリスの科学雑誌にでました。
 
西村)詳しく教えていただけますでしょうか。
  
巽)日本は活火山が世界で一番密集しているところで、全部で111個あるんです。その割に近畿地方は0なんです。
火山があれば当然温泉もある。日本は3500以上の温泉の泉源があると言われていて、その数も火山の数と同じように世界でダントツなんです。

 
新川)泉源というのは温泉が湧き出すところという意味ですね。それはマグマがあるから湧くわけですね。
 
巽)地下に温かいマグマがあると、水やガスの成分や、雨や川から入っていった水がマグマで温められます。
それをマグマ性の温泉もしくは火山性の温泉といいます。でも有馬温泉って近くに活火山がありませんよね?

 
西村)なぜなんでしょう?
 
巽)有馬で湧いているお湯は100度もあるんです。有馬のお湯は金泉、銀泉で有名ですよね。炭酸煎餅も有名です。
有馬温泉は、海の水よりもずっと塩辛く、さらに炭酸が多くて鉄分も多い。
非常に特徴的で「有馬型温泉」といって、世界でも非常に珍しい温泉なんです。

 
西村)世界でも珍しい温泉が、身近にあるんですね!
 
巽)宝塚温泉、武田尾温泉など同じような性質のものが、近畿地方の有馬沿いには出ています。
それが「有馬型温泉」と呼ばれているんですが、なぜそんなものが出るのかを理解しようと思ったのが私たちの研究の目的です。
九州は火山が多いのに、近畿地方に火山がないのはなぜか。南海トラフ地震を起こすフィリピン海プレートが沈み込んで火山ができるのですが、中国地方には、活火山が2個あるんですが、九州はやたら多い。同じプレートが沈み込んでいるのに、なぜそんなに火山の数が違うのか。ということと、「有馬型温泉」がなぜここにあるのかというのは、関係していると思ったわけです。

 
新川)素朴な疑問ですよね。おさらいしておくとフィリピン海プレートは西日本の南側、太平洋側にあるプレートで、私たちがいる西日本の下に沈み込んでいるものですね。
 
巽)フィリピン海プレートが沈み込むことで、中国地方には2つの活火山(鳥取県・三瓶山、山口県・阿武)があるんです。
九州の方にもフィリピン海プレートが沈み込んでいて、阿蘇や桜島など活動的な火山が10個以上あります。
なぜ数に違いがあるのかというと、沈み込んでいるプレートの温度違うからなんです。

 
新川)九州と近畿で違うんですか。
 
巽)フィリピン海プレートという1枚のプレートでも、九州・宮崎の沖~紀伊半島とそこより南側で、プレートができた時期が違うということが分かってきたんです。
 
西村)同じフィリピン海プレートでもできた時期が違う?
 
巽)5000万年より古い冷たいプレートの部分と、2500万年よりも新しい温かいプレートがあるんです。
プレートって、できた時はマグマが冷えて固まるので熱いんですが、時間が経つとだんだん冷えていくんです。
フィリピン海プレートは、最初は北向きに沈み込んでいたのが西向きに方向を変えて、瀬戸内海ができたという話を先週しましたね。そういうプレートの動きも過去に遡って再現して、どこに冷たいプレートが沈み込んで、どこに温かいプレートが沈み込んでいるのかということを明らかにするために、古いプレートと新しいプレートの境がどこなのかを過去に遡ってコンピューターで計算をしました。
すると、九州の下には300万年前から冷たいプレートがずっと入っていたことが分かってきたんです。
それに対して、近畿地方や中国地方は熱いプレートが入っていたことが分かってきました。

 
新川)冷たい方が古い、温かい方が新しいプレートということですね。
 
巽)近畿の下には2500万年ぐらい前にできたプレートが、ちょうど大阪の下にあります。
温度が違うということが、火山の数と温泉が湧くこととどう関係するか。
プレートは石でできているんですが、例えるとスポンジみたいなものなんです。
プレートは海の中でできるので、水をいっぱい含んだスポンジと一緒なんです。
例えばスポンジに水入れたものを手でギュっと握ると何が起きますか?

 
新川)水が滴りおちます。
 
巽)プレートが沈み込んでいくということは、ギュっと押すのと同じですよね。深いところへ入っていくと圧力が上がるんです。
プレートが入って行くと水をはき出すということが起きるんです。
冷たいプレートが沈み込んでいると、深さ100Kmくらいのところで水を出すということが、計算で分かってきたんです。
温めても水は出てくるので、温かいプレートはもうちょっと手前で先に水を出してしまう。その水がどこで出されるかということを、コンピューター上で再現すると、温かいプレートがある70~ 60kmらいの間で一旦水が抜けることがわかりました。
九州はそこで抜けずに深いところまで持ち込まれ、一度に抜けるんです。水と言いましたが、深さ70~ 60km で出てくる水は、私たちが飲んでいるような水ではなく、温度は数100度あります。
60kmくらい の深さのフィリピン海プレートはどこかというと有馬温泉の真下なんです。
温かいプレートなので、有馬の下あたりで熱水がはき出される。さらに有馬高槻構造線と言われる断層帯があるので水が上がりやすく、温度があまり下がらずに100度近いお湯が出てくることがわかってきました。

 
西村)それがまさに有馬温泉なんですね!
 
巽)途中で水が抜けているので、深いところでも水は抜けるんですけど、その水の量は減るんです。
逆に九州は100~150kmのところで全部水が出てマグマを作ります。だから九州にはたくさん火山があるんです。
近畿では、手前で抜けてしまうので、100 km 超えたところに水はほとんど残っていない。
私たちは、火山の代わりに有馬温泉を持っているということが言えます。

 
新川)逆に言うと、有馬温泉があるおかげで活火山がないということですね。同じプレートでもそんなに温度で違いがあるんですね。
 
巽)我々も研究始める前から、温度が関係しているとは思っていたんですけど。本当に見事な結果だと思います。
有馬温泉は、名前をつけると「プレート直結温泉」ですね。

 
新川)そんなふうにプレートが関係しているなんて想像もしていなかったです。2500万年前にできたプレートでもまだ熱いんですか。
 
巽)熱いと言っても、九州に比べると200度ぐらい熱いくらいです。
おそらく有馬温泉の下には、世界で一番新しく熱いプレートが沈みこんでいます。

 
西村)世界的にも注目されているんですか。

巽)そういうプレートだからこそ有馬温泉できているんです。世界中に「有馬型温泉」っていうのはあまり見つかっていません。

 
西村)GOTOトラベルで有馬温泉に浸かって気持ちいいな~だけじゃないんですね。
 
巽)このお湯が深さ70kmくらいのところから来ているんだなと思って、温泉にはいるとすごくいい気持ちがいいですよ(笑)。
 
新川)炭酸温泉って本当に気持ちがいいですよね。
 
西村)まさに自然の恩恵を受けているということなんですね。
近畿地方は有馬温泉のおかげで、火山活動がないということですが、活動していない火山は、近畿地方にもあるんですか?
 
巽)それほど大きな火山ではないんですが、兵庫県の神鍋山、玄武洞、氷ノ山などです。
例えば、城崎温泉は、そういう火山にともなってできた火山性の温泉といわれています。

 
新川)同じ兵庫県でも有馬温泉とは違うんですね。
 
巽)近畿地方の人は、2種類の温泉に入れるということですね。和歌山・白浜温泉も火山性の温泉です。今から1400万年ぐらい前の火山活動の名残になります。
 
新川)それがまだ温泉を湧かせてくれているんですね。
 
巽)あの辺りで1400万年ぐらい前に巨大な噴火が起きました。その時のマグマは、冷えて今は石になっているんですが、まわりより100度ぐらい温度が高く、十分水を沸騰させるぐらいの温度があるんです。
  
新川)近畿って火山がないイメージがありましたが、昔に噴火した火山には、もう気をつけなくていいのですか?
  
巽)例えば1400万年前の紀伊半島の火山はこれから噴くことはありません。大阪の近くに新しい火山ができることもありません。
ただ山陰~日本海側は小さい火山活動が起きることもあるかもしれません。

 
新川)昔、死火山や休火山という言葉を習ったんですが、最近あんまり聞かないですよね。
 
巽)あれはもう死語なんです。活火山は今活動している火山ですね。休火山は過去に活動の記録は残っているが、今は活動してない火山、死火山は噴火記録が残っていないものを言っていたんです。
火山の寿命は、100万年なんですが、記録は日本で2000年前からしかないので、全く意味がないんです。
噴火記録がないため、死火山といわれていた御嶽山が1980年ぐらいに噴火したことで、それ以降、死火山や休火山はもう死語になってしまいました。
活火山は、1万年前から現在までに噴火した記録、証拠があるもので、それ以外は火山といいます。
火山は100万年の寿命があり、活火山はたかだか1万年ですから、活火山に認定されてないから噴かないということはありません。
まだ十分生きています。それが証拠に温泉もありますよね。

  
西村)歴史が繋がっているということなんですね。
 
新川)どうしても、私たちは人間のものさしで考えてしまいますけど、本当に人間の歴史なんて地球からしたら一瞬。
自然を甘く見てはいけないということがわかりますね。
 
巽)日本は世界中でも、地震とか火山の記録は残っているほうで、2000年前ぐらいから残っています。
神話を入れればもっと古い時代から残っているんですが、それでも火山の寿命からすれば短いです。
そういうことも踏まえた上で災害対策を考えていかないといけないと思います。


新川)火山の研究は今も続いているんですか。
 
巽)我々が特に注目しているのが、九州の南側にある薩摩硫黄島。今から縄文時代の7300年前に、超巨大噴火を起こしたんです。
日本の本州ほぼ全域を覆うくらい火山灰が飛びました。
天照大神が拗ねて岩の中に入って周りが暗くなったという「天岩戸伝説」伝説の「暗くなった」といいうのが、実はその噴火で、日光が遮られたからではないかという学者もいます。もしそのような大きな噴火が今後起きれば、日本は壊滅状態になります。
私たちは、実際マグマがどれぐらい溜まっているのかを、今船を使って調べているんです。

 
新川)それもやはり海が関係しているんですね
 
巽)CT スキャンをかけるのに海の方が便利なんです。マグマ溜まりを調べるには30kmぐらいまで CT スキャンを取らないといけないんですけど、陸上では無理。世界で誰もやったことがない調査なんです。
 
西村)その調査がどんな発見につながっていくのか、とても楽しみですね。
巽さんに2週にわたってお話を伺ってきましたが、まさに私たちは海とともに生きていて、自然の恩恵に感謝して歴史を歩んできたんですね。
 
巽)日本列島は、地球上で一番地震や火山が多くて、地殻変動も激しいところです。それを変動帯と呼びます。
そこにいる私たちは、食や温泉などたくさんの恩恵を被っているんですけど、逆に言うと試練を与えられてきています。
その試練に対して備え、行政、国も含めてみんなで災害対策を考えていかないといけない。それが変動帯に生きる私たちの使命ですね。

 
西村)貴重なお話をどうもありがとうございました。先週今週と渡り、ゲストは神戸大学教授 巽好幸さんでした。