第1248回「危険な場所に住まないで」
電話:京都大学防災研究所 教授 釜井俊孝さん

千葉)きょうは、「危険な場所に住まないで」というテーマなんですが、私が入社してからもう30年、この番組を担当してからも8年になりますけども、これまで多くの災害の現場を取材して感じることがあるんですよ。
それは、「災害は起きるはずのない場所では起きていない」ということなんです。
 
亘プロデューサー)どういうことですか。
 
千葉)人災の要素が大きいなと思っていまして、何でこんな危険なところに家があるのかと思うところも多いんです。
 
亘)それが、災害が起きてみてわかるということですか。
 
千葉)そうです。
起きた後に現地に立ってみると、ここではこういう原因で起きたんだなというのが、はっきり分かるんです。
 
亘)じゃあ、そういう危険な場所に建物を建てなければ被害は抑えられるということになりますか。
 
千葉)私は、そう感じているんです。
そこで、きょうは地質学がご専門で土砂災害に詳しい、京都大学防災研究所教授の釜井俊孝さんに電話をつないでお話を聞きます。
釜井さん、よろしくお願いします。
 
釜井)よろしくお願いします。
 
千葉)豪雨による災害がこの何年かとても多いです。
崩れるのが、山奥の何にもないところ、誰もいないところであれば命に関わることは少ないけれども、そこに住宅が建っていると崩壊して人的な被害に繋がるわけです。
なぜ、土砂災害の危険性のある場所に住宅があるんでしょうか。規制はできなかったんでしょうか。
 
釜井)それは、いくつかの問題が複合的に起きているんですね。
一番大きい問題は、都市計画に失敗しているということだと思います。
それと表裏の関係なんですが、民間側から言えば、不動産取引に災害リスクがあまり考えられていないということだと思います。

 
亘)都市計画の失敗というのは、どういうことでしょうか。
 
釜井)もう少し詳しく言いますと、ひとつは開発規制の問題があります。
実は、元々は高度経済成長期に都市への人口が集中するということになりまして、そのために市街地の拡大があって、粗悪な開発が多発したんですね。
それで災害が起きたんです。
1961年の宅造法(宅地造成等規制法)で、宅地の品質を確保するということ、それから1968年の都市計画法で、市街化する範囲を決めることにしたんです。
その作業を「線引き」と言います。

 
亘)市街化する区域と、市街化してはいけない区域に分けたということですね?
 
釜井)そうですね。
ここまでは市街化する、ここから先はそのままでとっておくということにしたんですね。

 
亘)それがちゃんとできていれば、危険なところにこんなに家が建つということはなかったんじゃないでしょうか。
 
釜井)理屈はそうなんですが、なかなかそうもいかないことがありました。
ひとつは、1970年代前半くらいまでにその線引きが行われたんですが、その際にかなり駆け込みの申請が多かったんですね。
実は、そういう線引きが行われるという情報をキャッチした開発側がですね、山側の危ないところにも事実上着手しているということで、既成事実として市街化区域に入れてくれと、そういう申請が多かったんですね。

 
亘)規制される前に先に開発しちゃえってことですね。
 
釜井)そうそう。
既成事実だから、それを含んで着手したところは市街化区域にしてくれと、そういう主張だったんですね。

 
千葉)でもそれ、危ないから規制しようという場所でしょ!?
 
釜井)さらに言うと、線引きされていない場所も多く残りました。
それは、「非線引き区域」と言うんですけれども。

 
亘)それは、なぜ線引きしなかったんですか?
 
釜井)単に作業をしなかったというだけなんです。
 
亘)行政の怠慢ですか?
 
釜井)怠慢というか、まぁ...やらなかったんですね。
理由はいろいろあると思うんですが、例えば、農地ばかりで当然、市街なんてこないだろうからそのままにしておこうとか、いろんな事情があったと思います。
それで、線引きされてないんですよ。それを、「非線引き区域」と言うんです。
ここの問題がいまありまして、非線引き区域では個々の計画について申請するんですが、結構、審査がゆるいんです。

 
千葉)建物を建てたり開発したりする審査がゆるくなっちゃうんですか。
 
釜井)そうです。
よく郊外で、田んぼの中に忽然と住宅団地が出現していたりするでしょう。

 
千葉)あります、あります。
 
釜井)あれは「バラ建ち」と言うんですけれども、大体、そういう非線引き区域の開発なんですね。
そういうところでは、道路がちゃんと無かったり、いろいろ問題があるんですけど、災害リスクはあまり考えられていないということになります。

 
亘)不動産業者の側は、そういう危険なところを開発することについて、モラルとかあると思うんですけど、そういうのは考えないんですか。
 
釜井)考えている人もいるんですが、なかなか知識がそこまでないということと、さらに経済的な理由があって、十分な災害リスクを考えた開発が行われているとは言えないと思いますね。
 
千葉)そういった状況でどんどん開発が進められていって、いま、広島で豪雨災害が起きたりとか、西日本豪雨とかもそうで、土砂災害なんかよく起きていますが、そういう状況につながっているんですか。
 
釜井)端的に言うとそうです。
そもそもを言うと、土砂災害の専門家が都市計画に関わっているケースは稀でして、ましてや個々の審査に専門家が関わっているわけではないので、書類に不備がなければ基本的に認められるということなんです。
だから、いつのまにか危険な場所に家が建つということになります。
それから、先ほどの不動産屋さんの良識の問題がありましたけども、去年今年とですね、九州で洪水災害がありましたよね。洪水で家が流されたりしました。
実は、災害現場に行ってみると、その土地を平坦にならしてですね、もう1回、「売地」という看板が立っていたりするということもあるんです。

 
亘)流されて、ここは危険だとわかっているのにまた販売するということですか。
 
釜井)そうなんですね。
その土地を持っていた人からすれば、それを売らなきゃいけないと思うんですけど、まぁ、そういうことがあるということですね。

 
千葉)お話を聞いていると、危ない都市計画とか、最初からここに住んでいたら本当に危ないなっていうところに私たちが住んでいる可能性があるわけですね。
 
釜井)そうですね、はい。
 
亘)千葉さんのご出身の仙台市でもそういうケースがあるんじゃないですか。
 
千葉)そうなんです。
実は、私事ですが東日本大震災で実家が全壊判定になったんです。
海の近くにあったわけではなくて、山を切り崩して作ったはずのニュータウンの中にある一戸建ての家だったんですが、そこが、山を切ったところと土を盛ったところの境目のところに、実家が建っていたということで、それがズレて家がズレちゃったという状況だったんですね。
 
釜井)なるほど。
 
千葉)こういうことって、住んでいる時には全然わからなかったんですけども、ありうるんですね?
 
釜井)非常にそういうケースは多いと思います。
まぁ、千葉さんのところは非常に残念な家なんですけども、結局、仙台も人口集中がありまして、特に郊外の丘陵地を結構、開発したんですね。
そこでは基本的にデコボコですから、丘を削って谷を埋めるという開発の仕方をしたわけです。

 
亘)山があるところを、山の上の方を削って、谷の方を埋めて平らにするっていうことですかね。
 
釜井)そう。それが、一般的な開発の形式で、これはもう全国津々浦々、そこら中にあります。
 
千葉)関西でもあるんですか。
 
釜井)もちろんあります。
大阪の郊外でも、京都の郊外でも、神戸の郊外でもあるわけです。
実際に、1995年の阪神・淡路大震災の時は、神戸から西宮にかけてのいわゆる郊外のニュータウンで、同じような災害が起きたわけです。

 
亘)じゃあその土を切ったところと盛ったところの境目のところで、多分揺れ方が違うから段差ができたりとか、そういうことで崩れるんですかね?
 
釜井)ひとつにはそうですね。
揺れ方の大きさが違うので、そこでズレてしまうというのがひとつありますけでも、それはまだ被害の程度が少ない方で、それがさらに進むと、盛ったところの全体が地すべりとして下に流れていくという、そういうことが起きるわけです。
「谷埋め盛土」の地すべりというものですね。

 
千葉)それも私の実体験にありまして、同じ東日本大震災の時に「折立」っていう仙台市の地区、私の通った小学校の山の上のところにある地域なんですが、そこで、釜井さんもご覧になったかと思いますが、崩れているんですよね。
 
釜井)そうです。
あれはもう典型的な地すべりで、幅100数十メートル、長さが300メートルくらいあったかと思うんですが、それくらいのかなり大きな規模ですべったんですね。


亘)規模が大きいですね。
 
千葉)そこにあった家はみんな壊れて全壊状態になっているという感じだったんですけど、あれも盛り土なんですか。
 
釜井)そうです。
かつてあそこにひとつの大きな谷がありまして、その全体が埋まっているんですね。
そして、それがスポッと抜けてしまったという...

 
千葉)完全に大きな山の一部で、そんなことしていると全く思わなかったんですけども。
 
釜井)一見するとわからないですけどね。
そういうことが多いんですよ、実は日本のニュータウンには。
これはでも、東日本大震災だけじゃなくてそれ以前でも、仙台では1978年の宮城県沖地震で同じようなことが起きているんです。

 
亘)埋めたところが地すべりを起こしたということですか。
 
釜井)はい。
例えば、1978年の宮城県沖地震ですべったところと全く同じ場所がすべっているケースもありました。

 
千葉)でも、わかっているんだったら対策とっておいたらよかったのにと思いますが。
 
釜井)ですよね。
対策したところもあったけど、していないところの方が多かったんですね。

 
亘)対策がちゃんとされなかったのは、何か理由があるんでしょうか。
 
釜井)それはですね、民有地だからです。
基本的に宅地というのは私有地ですよね、民有地です。
例えば、地すべりを起こすような質の悪い土地があったとしますね。
それを公費を投じて、国の税金とか県の税金を投じてそれを防止するということは、その民有地の価値を上げてしまうことになるでしょ。
それは、財政規律としては、ルールとしては許されないことだと当時は思われていた。

 
亘)個人の財産を税金で補助するということになりますよね。
 
釜井)そう。だからそれはできないねということで、当時はできなかったんです。
最近は、それをもう取っ払いましたけど。
原則はそうなんです。

 
千葉)災害が起きたらそこに住んでいる人の命に関わる話なのに、それを行政には関係ないっていうのはなんかおかしな話だなと思うんですが。
でも、開発許可を出しているのは行政ですよね。
 
釜井)でもそれは、あくまでもその時の基準に基づいてやっているから、行政には責任ないと多分、言うと思いますけど。
私はそうは思いませんが、なかなかそれを裁判で実証するのはむずかしいと思いますね。

 
千葉)となると、やっぱり自己防衛していかないといけないわけですね。
家を選ぶときに私の実家のような思いをしないで済むために、地盤の危険性を調べるには私たちはどうしたらいいんですか。
 
釜井)まずですね、リスク情報が透明化されている必要があると思うんですが、できるだけそういった情報を集めて知るということですね。
 
亘)役所に行ったら分かるものですか?
 
釜井)いくつかのデータがあるんですが、例えばですね、先ほどから話題になっている「谷埋め盛り土」ですね、それは「大規模宅地盛土分布図」というのを最近作るようになってきたので、それを見れば分かると思います。
 
亘)これはどこに行ったら見られるんでしょうか。
 
釜井)だいたい、どこの自治体でもホームページで公開していると思います。
 
千葉)そうですか、それは見やすいなぁ。

釜井)だから例えば、「大阪市 大規模宅地盛土分布図」と検索すると出てくるんですが、ところが、大阪市には「大規模宅地盛土はない」というふうに出てくるのではないかなと。
 
亘)え?大阪には大規模宅地盛土がないと出てくる。
 
釜井)そうそう。
だから、それも不思議なんですけど、その問題はちょっと話をしだすと長くなってしまうので。

 
亘)じゃあ、行政が出している情報も正しいかどうか分からないということですか。
 
釜井)えー、はい...。
 
亘)じゃあ、どうすればいいんでしょうか。
 
釜井)それをどうすればいいかっていうのはですね、これまた話すと長くなるんですけども、ひとつにはですね、自己防衛しかないんですけども。
個人が賢くなるしかないんです。
それにはですね、行政だけじゃなくいろんな情報を集める。
昔の地図、地形図というのは嘘をつきませんから。
つまり開発以前の地形図というのがあるんですね。
その開発以前の地形図を手に入れていただいて、それと現在を比較していただくというのが一番です。

 
千葉)そうか。平坦な地になる前に、ここは山だったんだとか、等高線を見ればわかりますもんね、高さが。
 
釜井)そうです。
 
千葉)そこが谷になっているところなのか、山になっているところなのかというのは、それを見ると。
 
釜井)結局だから、個人が賢くなるしかないと思うんですが、そのあたりは教育が重要ですね。
地学教育というのは大事だと思うんです。
なぜかというと、日本列島は災害の多いところなわけですよ。
そういったところの住民にとって、地学というのは生存のための必須の教養だと思うんですね。
しかしですね、なんと高校で地学を選択する人は1%程度、100人に1人しか地学を勉強していない。
これは、大学受験に関係ないからです。
なので、私の主張はこの際、地学を高校理科から外していただいて、音楽、美術、体育と同じカテゴリーにして必修化していただきたい。そういうふうに私は思っています。

 
亘)私、いつも何でこんな危険なところに家がたくさん建っているんだろうと思う時に、やっぱりみんな安いから買うんだと思うんですよ、そういうところが。
だからこれは、ある意味いたしかたないと言うか、みなさん、ふつうの判断で、やっぱり遠いところだけど持ち家を買いたいということで買っていかれたのが今の結果を招いているんじゃないかなと思うんですが。
 
釜井)そうですね。
だから、本当はその時ちゃんと都市計画をつくればよかったんだけど、なかなか上手くいかなかったと。
もうひとつは、居住規制をちゃんとしていないというのが問題でして、私の意見としては、税制をちゃんと整備して安全な都市への移転を促す。
例えば土地が安いと。そうすると固定資産税は安くなる。
でもそこに別の税金、例えば「災害リスク税」というものを作ってですね、それを払わないといけないというふうにすると、ちょっと別のところに行こうかなとか思うじゃないですか。
そういう税制の整備をした方がいいかなとは思います。

 
亘)税制を作ることで、災害のリスクのあるところに人が住まないようにしていくっていうことですね。
 
釜井)そうです。
というのは、いまの税金のあり方というのは、実際、固定資産税というものをわれわれ払いますけども、地価の評価額というのは、災害がある危ないところも安全なところもほとんど変わらない、むしろ危ないところの方が高いという例があるんです。
それは合理的ではないので、それはちゃんと直していくと。
さらに、固定資産税を軽減してあげる代わりに「災害リスク税」を新設して、結果的に危ないところに住むには税金の高いと。そういう仕組みを作る必要があるかなとは思っているんです。

 
亘)なるほど。
あと不動産業者さんも、きちんと家を買う人に説明をするようにルールを設けた方がいいんじゃないかなと思うんですが。
 
釜井)そうですね。おっしゃる通りです。
不動産業者も最近はいろんな説明をしなきゃいけない、説明義務がいっぱい増えてきたんですが、依然として地盤の危険性に関してはあまりないんですよね。
それをもう少し義務化する。
例えば、そこが盛土かどうかというのは、実は説明義務がありません。
しかし、それが結果的にそういう被害を及ぼすことがあるので、先ほどお伝えした「大規模宅地盛土分布図」を示すとかね、そういうことは行った方がいいかなと思います。

 
千葉)もう家を買って住んでいるっていう状態の人も、古い地図を図書館とかで探し出してきて自分の家がどんな地質のところにあるのか、昔何だったのかということをしっかり調べておくっていうことがまず第一歩になるんですかね。
 
釜井)そうですね。私はそれを、是非おすすめしたいと思います。
古い地形図は、実はインターネットで見ることができるんですよね。
「今昔地図」というサイトがありまして、だいたい大都市はそれで昔の地図がそろっていて、それと現代地図を比較することができるようになっています。

 
千葉)そうですか。それはいいですねぇ。
早速アクセスしてみたいと思いますが、とにかく自分の住んでいるところにどんな危険があるのかというリスクをちゃんと知っておかなきゃいないですもんね。
 
釜井)そうですね。
それをまず知った上で、住みつづけるか、引っ越すか、新たに家を求めるかということをお決めになった方がいいとは思います。