第1249回「コロナで避難所は変わるか」
電話:新潟大学特任教授 榛沢和彦さん

西村)熊本県南部などが大きな被害を受けた「令和2年7月豪雨」から3ヶ月が経ちましたね。今も避難所生活を続けていらっしゃる方がいます。
 
亘)コロナ禍で感染防止を図りながら避難所生活を送る上で、例えば避難所の定員を大幅に削減するとか、今までとは違うところが結構ありますよね。
 
西村)そうですよね。コロナの影響で日本の避難所はどう変わるのでしょうか。新潟大学特任教授で避難所・避難生活学会理事の榛沢和彦さんに電話でお話を伺います。
 
榛沢)こんにちは榛沢です。よろしくお願いします。
 
亘)熊本県八代市や人吉市の避難所の写真を見ていますと、テントや間仕切りで個別空間が確保されていたり、各家族のスペースが広く取られていたりして、避難所は今、変わりつつあるのかなという印象を受けます。
榛沢さんは7月豪雨の避難所の様子をご覧になって、どうお感じになりますか?
 
榛沢)初めの頃は、結局変わらないって思いました。昨年の台風被害と西日本豪雨のときも、最初の1週間ぐらいは同じような感じで。
今回も同じで「やっぱり1週間以内は難しいのかな」っていうような印象がありましたけども、その後はだんだん変わっていったと思います。

 
亘)やっぱりコロナの影響は大きいんでしょうか。
 
榛沢)「3密」がいけないということがあったので、実際、体育館にいるにしても各世帯がかなり離れていて、それはすごくいいなと思いました。はじめのうちは雑魚寝でしたよね。あれはちょっとどうかなと思いました。
 
亘)榛沢さんは簡易ベッドの必要性をいろんなところでお話なさっていますが、コロナ禍での簡易ベッドの役割というのはやはり大きいですか?
 
榛沢)非常に大きいです。床ではなくベッドで寝るようにという意識が、もう政府のほうではあります。
床のあたりにはウイルスや細菌がいっぱいいるんですよ。ウイルスがついた飛沫は最終的には床に落ちますので。
ですから雑魚寝していると、ちょっと離れたところにいてもフワフワ飛んできて吸い込んでしまう。
政府では、ベッドを早く使いましょうということになっています。

 
亘)ベッドの高さは何十cmかあるから、埃は上がってきにくくなるんでしょうか。
 
榛沢)30cm上げると半分になると言われていて、実際に測定してもらったことがあるんですけど、やっぱり30cmで半分になってました。段ボールベッドは35cmぐらいの高さがあります。
 
亘)じゃあ、やっぱり上がってきにくい高さになっていますよね。
 
榛沢)ゼロにはなりませんが、半分にはなります。
 
亘)それは大きなポイントですね。私は、阪神・淡路大震災で避難所生活をしていたんですが、当時は段ボールベッドなど全くなかったんです。ここ最近ですよね、一般的になってきたのは。
 
榛沢)そうですね。東日本大震災の時に、「Jパックス」(大阪府八尾市の段ボール製造会社)の水谷さんが考案されて、段ボールで簡単に作れるのでやりましょうということで、始まりました。
 
亘)西日本豪雨の被災地の避難所では結構よく見られたなという印象があります。ただ、場所を取りますよね。段ボールベッドって、備蓄をするのが結構難しいのかなという印象を持っているんですが。
 
榛沢)場所というのはふたつの意味があると思います。避難所の場所を取ってしまうという意味と、備蓄の場所がいるということです。
ひとつ目の疑問については、昔の避難所はだいたい1人あたり2平米って言われたんですよ。
今は4平米になっていますけど、2平米といわれていた時に、段ボールベッドを敷き詰めてみたら、40cmの通路をつくっても人数分が全部入りました。ですので、避難所の場所を取ってしまうという問題については大丈夫です。
それに今は1人あたり4平米になってますので、かなり余裕をもって置くことができます。
さらに、段ボールは日本で3000か所ぐらいで作られているので、オーダーをすればものすごい速さで作れます。
ある程度の備蓄は必要ですが、足りない分は1日に1万個ぐらいはひとつの会社で作れてしまいます。なので、100%備蓄をする必要はないんです。

 
亘)地震が起こってから発注するという考え方ですか?
 
榛沢)イタリアやアメリカでは、人口の5%分ぐらいの備蓄をしているんです。
それぐらいの量を備蓄しておいて、それを先に本当に必要な人に配って、足りない分は、発注してすぐに作り始めて、2~3日後に運ぶというのが最も理想的だと思います。

 
亘)感染防止に加えて、段ボールベッドには、ほかにもいいところがあるんでしょうか。
 
榛沢)「エコノミークラス症候群」の予防になります。身体の動きが良くなるので、足に血栓ができにくくなります。膝の関節などに優しいので、お年寄りが歩けなくなるのを防げます。
雑魚寝をしていると、高齢者の足腰が弱ってしまったり傷んでしまったりして、寝たきりになることが少なくないんです。東日本大震災の時に、1000人規模の避難所で2週間で30人の方が寝たきりになってしまいました。お年寄りは床の生活で足を変な形に曲げていると、膝が痛くなってしまって、歩くことがたいへんになります。
椅子やベッドがあれば座っていられるので、足腰に優しいですよね。「ロコモティブシンドローム」という足腰が動けなくなってしまうことの予防と、それに付随して「エコノミークラス症候群」の予防にもなります。

 
亘)「エコノミークラス症候群」というのは、血栓ができるということですか?
 
榛沢)そうです。足に血の塊ができて、条件が悪いとそれが肺の方まで流れていって、肺が詰まり、最悪の場合は死亡することもあるという病気です。
 
西村)肺が詰まって亡くなることもある。これはちゃんと気をつけないと駄目ですね。
 
榛沢)北海道胆振東部地震では、4日目にエコノミークラス症候群が起きているんですよ。欧米では「簡易ベッドは3日以内には持っていく」という法律が多いです。
 
西村)欧米では、法律で決まっているんですね。
 
榛沢)条例がいくつかあるので、法整備されているという言い方が良いでしょうか。
 
亘)榛沢さんは、いろいろな世界の避難所をご覧になってるんですよね。
 
榛沢)イタリアに一番たくさん行っているんですが、イタリアでは、大きな災害が起きた時に、市町村レベルで対応が難しいと判断した場合は、他の州とか他の県がどんどん支援していいということになっています。市町村の人たちが何もしなくても、周りから支援が来るという形になっています。
ただ遠くから来るのに時間がかかりますから、48時間以内は地元のボランティア団体がなんとか場所を確保してやっていくんです。各ボランティア団体、市町村など身近なところが、ベッド・トイレ・キッチンを準備して、簡易的な避難所をつくります。
そして、48時間しのいだあとに、国とか他の州から2500人ぐらいの規模の避難所を作るような部隊がやってきて、避難所をつくって、そこに誘導するシステムになっています。ですので、どこで災害が起きても同じような支援が受けられます。国が中心となった災害専門省庁があるということが大きいと思います。

 
西村)災害専門の省庁があるんですね。
 
榛沢)アメリカの「FEMA」は有名ですよね。EUには「シビルプロテクション」という部門があります。イタリアにも「市民保護局」があるんですけど、トップはEUです。僕たちが行ったイタリアの地震の時も、EUのマークがついたテントやトイレがたくさん来ていました。
 
亘)そうなんですか。48時間以内は、まず地元でなんとかしのいで頑張ったら、後は周辺からたくさんの支援がやってくるということが、すごくシステマティックに行われているんですね。
 
榛沢)「分散備蓄」といいます。ボランティア団体もベッドやトイレを持っていますし、県とか州も持っています。イタリアにある20州すべてが2000人分ぐらいのテントやベッドを持っていて、法律で決まっています。それ以外にイタリアには、3か所の大きな国の備蓄倉庫があって、すぐに準備できるとのことです。
 
亘)ボランティア団体も、キッチンやベッドを持っているんですか。
 
榛沢)ボランティア団体もたくさんあって、大きな団体が4つあります。日本赤十字みたいな赤十字と、十字軍の団体と、アルピニストがやっているアルピーナというのと、国が関わっている災害支援団体もあるんです。ほかに小さいものもあるんですが、そういう団体が国の委託を受けて備蓄しています。
お金で買ったものをボランティア団体に渡し、委託するというシステムでやっています。国が全部持っているのではなく、ボランティアに分散して持っていただくという方式です。
とある小さな島のボランティア団体も、数十個のテントを持っていました。 60~100人くらいの人たちを収容する避難所は作れるぐらいの物を国から委託されていて、すごいなと思いました。

 
西村)都市部だけではないってことですね。今のお話を聞いていると、さまざまなネットワークの輪が広がっていて、みんなで協力してつながっているのがいいなと思ったんですが、日本ではそういう風にはまだできていないですよね。
 
榛沢)日本のボランティア団体では、「JVOAD(全国災害ボランティア支援団体ネットワーク)」がいろんなボランティア団体を統括してやろうとしています。それも大事ですが、イタリアやアメリカの場合は、コックさんたちは料理を作るとか、トラックの運転手は運転をするといった、職能の支援を被災地で行う仕組みがすごく整っています。
 
西村)「職能」とは職業の能力という意味ですね。
 
榛沢)そうです。日本の場合は政府からお願いされて、団体が引き受けるということはありますけど、その場合は仕事になってしまいますよね。
そうではなく、志願して私はここに来ますという人たちが集まってきてやるという形になります。

 
西村)日本はなぜ、なかなか改善できないんでしょうか?
 
榛沢)災害専門省庁がなく、備蓄もないということもあるんですけど、なぜそういうことが必要かっていう理念がないのが問題ですね。市民を保護しなくちゃいけない、市民社会生活をなんとしてでも守らなくてはいけないという強い信念のもとでの「市民保護」という考え方が、まだ日本に根付いてないのかなというのがあります。
緊急事態であっても「市民保護は重要」ということをみんなが分かっていれば、「では、そのためにこうしましょう」という考えが出てくるんですが、災害で仕方がないからと、その場しのぎになってしまっていると思います。

 
亘)「市民保護」という言葉をあまり聞いたことがないんですけれども、どういうことなんでしょうか?
 
榛沢)市民が普段している生活、食べたり飲んだり、仕事をするということも含めて、そういったものをあらゆる事態でも保護するという強い信念です。できるかできないかは別として、そういったことしなくちゃいけないんだっていう考えですね。
 
亘)それを政府がやるということですね。
 
榛沢)国が責任を持ってやるということです。民主主義と表裏一体になります。民主主義のためには、市民を保護しなくちゃいけないという考えが欧米では根強いです。そういった考え方が日本ではまだ弱いのかなというところがあります。
 
亘)日本の避難所を取材すると、「みんな大変だから我慢しなきゃいけないよね」「役所の職員さんも大変だから、わがまま言うのも悪いかなと思って」みたいな声はよく聞きます。
 
榛沢)災害や戦争があっても、市民社会生活ができることが大事なんです。市民社会生活が止まってしまうと経済も止まってしまって、結局、国が落ちぶれますよね。市民の安全や仕事を国がきちんと守ることが大事です。一人一人が普段の生活をすることこそが国の根幹で、それで国が成り立つんだという考え方ですね。
 
亘)例えば、食べ物なんかでも、「避難所では冷たい食べ物も我慢して食べなければ」と思っている方が多いけれども、そうではなく、避難所でも普段食べているようなものを食べるということでしょうか。
 
榛沢)そうです。イタリアとかアメリカには「災害食」ってないんですよ。普段食べている物を出すようにがんばっています。
昔、第二次世界大戦の終わった時に、日本にアメリカ軍がチョコレートとかいろんなものを持って来ましたよね。僕は座間キャンプの米軍の病院とも交流したことがあるんですが、そこはアメリカそのものでした。どんなところでもアメリカの生活を維持するという強い信念をもっています。
どんな時でも普段通りの生活を保障するということを、欧米の先進国は非常に考えていると思います。あったかいものを食べて、食事の種類も豊富にする。そういうことによって食欲も出るし、元気も出ますよね。元気が出れば復興の意欲も湧いてくるということになりますので、そういった考えが必要かと思います。

 
西村)やっぱり心の元気って大切ですね。
 
亘)イタリアの避難所だったら、イタリアの家庭料理出てくるんでしょうか。
 
西村)美味しいパスタが出てくるのかなとか(笑)。
 
榛沢)ワインもありますよ。バーやカフェもあって、夜はお酒を出すようなこともあります。それぐらい普通の生活に近づけようという意欲を持ってますよね。
 
西村)日本では考えられないですね。
 
亘)そうですね。ちょっと驚きです。
 
榛沢)一刻も早く被災者の方に普通の生活をしていただき、コミュニティを戻すということが最も早い復興で、実はコストパフォーマンスも良いんだよと、イタリアの市民やボランティアの方々は言っていました。
 
西村)最後にこの質問を。避難所改善のために一番必要なことは、何だと思われますか?
 
榛沢)備蓄です。備蓄をしないと何事も始まらないので、備蓄はとにかくお願いしたいと思います。
 
西村)どういった備蓄をしたらいいでしょう?
 
榛沢)日本もイタリアぐらい災害が多いので人口の5%ぐらいを目標に、TKBといわれているトイレ・キッチン・ベッド、この3つのに関わるものを準備していただきたいです。それを48時間以内にということで、「TKB48」と覚えてください。
 
西村)AKBみたい(笑)。48という数字も覚えておかないといけないですね!
 
亘)「TKB48」覚えやすい!(笑)。
 
榛沢)是非お願いします。
 
西村)榛沢さん、どうもありがとうございました。
きょうは、「コロナで避難所は変わるか」というテーマで、新潟大学特任教授で避難所・避難生活学会理事の榛沢和彦さんにお話をお聞きました。