第1302回「福祉避難所への『直接避難』」
オンライン:跡見学園女子大学教授 鍵屋一さん

西村)一般の避難所で過ごすことが難しい、支援が必要な高齢者や障がいのある人たちを受け入れる福祉避難所。しかし、避難者が殺到することを懸念して、ほとんどの自治体はその場所を事前に知らせていません。今年5月、国はガイドラインを改定し、あらかじめ公表するよう求めました。
きょうは、このガイドラインに関するワーキンググループ座長も務めた、跡見学園女子大学教授 鍵屋一さんにオンラインでお話を伺います。

鍵屋)よろしくお願いします。

西村)福祉避難所とはどういう役割を持つ場所なのですか。

鍵屋)一般の避難所は、和式トイレや人がたくさんいる環境など、高齢者や障がい者には使いづらいですよね。そこで、高齢者や障がい者も安心して避難できる場所として、福祉避難所を整備しようということになりました。高齢者や障がい者が避難するためにどこが福祉避難所になっているのかをあらかじめ住民に知らせておかないといけないのですが、それが進んでいませんでした。

西村)福祉避難所は普通の避難所とどう違うのですか。

鍵屋)高齢者や障がい者がバリアフリーで移動しやすい点。精神障害、発達障害のある人は大勢の人といると厳しいことがあるので、静かに過ごせる広いスペースが必要です。困ったときに支援してくれる支援者がすぐそばにいてくれることも大事。福祉施設は環境が整っているので福祉避難所に指定されることが多いです。

西村)福祉施設とは具体的にどんな場所ですか。

鍵屋)特別養護老人ホームや障がい者の入所施設、デイサービスの施設などです。

西村)高齢者、障がい者のほかに、妊婦さんや乳幼児を連れたお母さんもそのような避難所に行っても良いのですか。

鍵屋)妊婦や小さい子どもがいる人のために母子避難所を設けているところもあるのですが、大勢の人が行くと、受け入れる余裕がなくなります。コロナ禍ということもあるので、できるだけ親戚の家やホテル・旅館など自分の環境に合ったところに避難して、福祉避難所に行く人の数を少なくした方が良いと思います。

西村)自宅避難ができるならベストですね。どうしても避難できる場所がないときに福祉避難所があるのですね。

鍵屋)選択肢の一つ。デイサービスの施設など普段通っている場所なら行きやすいと思います。
 
西村)家族も一緒に行っても良いのですか。
 
鍵屋)福祉避難所は原則として家族同伴可能です。ガイドラインの変更の際、高齢者や障がい者は災害時に何に困るのかということが一番の課題でした。さらに直接、福祉避難所に行ってはいけないということと、場所を公表していないことが二つの大きな課題でした。
 
西村)福祉避難所が公表されていないのはなぜですか。
 
鍵屋)福祉避難所というと、普通の避難所よりは環境が良さそうなイメージから、大勢の人が来ることを心配して公表しない自治体が多いです。大災害が起こったときは、残っている建物が少ないので当然なのですが。
 
西村)熊本地震のときも、一般の避難者が福祉避難所に殺到したという話を聞きました。
 
鍵屋)あのときは、一般の避難所も被災して使えなかったんです。丈夫そうな建物があれば、そこで避難させてもらうのは当然のことだと思います。
 
西村)だから場所を事前に知らせていないのですね。
 
鍵屋)一般の避難所で具合が悪くなったら福祉避難所へというふうに、大きい都市ではほとんど福祉避難所を二次避難所として運用しています。
 
西村)私が住んでいる豊中市では、自閉症の子どもがいるので静かなところに行きたいと相談した場合は、受け入れ可能な場所を探すので、まずは地域の小学校など一般の避難所に行ってくださいとのことでした。なぜすぐ行ってはダメなのですか。
 
鍵屋)避難してくる人数がわからないので、市役所側でコントロールしたいのだと思います。ところが、そのような人たちは、まず一般の避難所に行けない。重度の障がい者や認知症の高齢者がいるという問題を見て見ないふりをしている。赤ちゃんがいる人も一般の避難所に行くのはためらいますよね。
  
西村)我が家にも1歳半の娘がいるので一般の避難所には行きにくいです。車中泊にしようかなと思ってしまいます。
  
鍵屋)熊本地震の事例でも知的障害の子どもがいる人は65%が車中泊でした。
 
西村)多くの人が車中泊を選んだのですね。
 
鍵屋)最初の避難場所にそもそも行けない。そうすると車中や壊れた家の中で避難生活を送らなければならない。本当にそれが良いのかが大きなテーマでした。
 
西村)最初から福祉避難所に行って良いとなると、たくさんの人が来ると思うので、やはり何日か準備期間が必要なのでは。
 
鍵屋)その通りです。受け入れる福祉避難所側の負担も軽くしなければこの問題は解決しない。今考えられているのは、一般の避難所を経由せずに普段通っているデイサービスに行くなど、事前にマッチングをして直接避難するということ。マッチング=個別避難計画を市町村の努力義務ということで位置付けました。高齢者限定の福祉避難所や障がい者限定の福祉避難所も開設できるようになりました。
 
西村)改訂の大きなポイントを改めて教えてください。
 
鍵屋)マッチングできた人は、福祉避難所に直接避難できる点。災害発生前に高齢者等避難という警報が出たら開設するのが原則です。それが今回のガイドラインの大きな改正点です。
 
西村)普段通い慣れた施設に行けるように、自治体と事前調整を図っておくことも備えの一つということですね。
 
鍵屋)個別避難計画があれば、安心して避難所に行くことができます。家が被災して避難生活を送らなければならない場合も、そこに居続けられます。二次避難所に移送するのは、すごく大変なこと。本人や家族の希望を聞き、福祉施設側の受け入れ態勢を整えた上で、マッチングができたら、いつ、どのような方法で避難するかを決めて、家財道具を片付けて、家族は仕事を休んで一緒に避難する...ものすごく多くの調整が必要になります。移送は私も経験があるのですが現実的ではありません。
 
西村)最初から福祉避難所に行けるようにするには、施設側の受け入れ体制を整えなければなりません。国からの補助やコロナ対策など、
受け入れ側に対するケアや援助はあるのですか。
 
鍵屋)災害が起これば、災害救助法という法律で必要なお金は全部出ます。福祉施設が負担するということはありません。
 
西村)職員の人手は足りていますか?デイサービスの施設などは、施設のスタッフでお世話をするんですよね。
 
鍵屋)応援がなければ厳しいと思います。デイサービスなら基本的に8時間。福祉避難所になれば24時間稼働するので、人手が3倍かかることになります。同じ法人内や市町村で協定などを結んで被害を受けなかったところから支援してもらったり、DWAT(災害派遣福祉チーム)などの全国的な福祉支援システムが応援に入ったりしてくれます。
 
西村)DWAT(災害派遣福祉チーム)はどのようなチームですか。
 
鍵屋)DWAT(災害派遣福祉チーム)とは、Disaster Welfare Assistance Teamの略。約20の都道府県にあります。災害時に教育訓練を受けた人が福祉施設に派遣される仕組みで、制度が徐々に作られてきたところ。高齢化社会、発達障害の問題が理解されるようになってきた昨今、そのような人への支援は、災害直後から必要です。都道府県の社会福祉協議会が中心になって全国的な福祉応援システムを作っているので、まだ人手が足りない状況です。
 
西村)人手不足が解消されない限りは、施設側も受け入れる勇気が出ないと思います。行く側のみなさんも不安なので、早く解消できればいいですね。実際に上手に活用できている場所の事例はありますか。
 
鍵屋)ほとんどないですね。
 
西村)本当にこれからなのですね。
 
鍵屋)災害救助法という法律の中に福祉は入っていないんです。
 
西村)みんなを助ける法律なのに。
 
鍵屋)災害救助法は、昭和20年代の法律なので、そもそも高齢者が少なかった。福祉がそんなに発達していなかったんです。
 
西村)私も5歳と1歳の子どもがいるのですが、周りにも発達障害のあるお子さんが本当に多いんです。熊本地震で被災したお母さんの話では、高校生の兄、中学生の妹2人ともに発達障害があって、兄は静かな場所にいると落ち着いて、妹は賑やかな場所にいた方が落ち着くとのことでした。発達障害にもいろいろな特性があるので、その子に合わせた落ち着く場所が必要だと思います。そんな子どもたちを受け入れてくれる場所はありますか。
 
鍵屋)熊本地震のときに車中泊せざるを得なかった65%の人は特別支援学校に行っているお子さんたち。普段通っている特別支援学校に避難できればよかったのですが、特別支援学校を避難所に指定している市町村は全国で12%しかないんです。
 
西村)少ないですね。
 
鍵屋)現在、約1145ヵ所ある特別支援学校を障がい児のための福祉避難所として機能を整えて、一般の学校の障がい児教室にいる子どもも行けるようにしようと。特別支援学校は1人当たりのスペースが広いので、赤ちゃんがいても安心。設備もバリアフリーで、洋式トイレは広さもあるので家族と一緒にトイレに入れます。そのような環境が整っているので、特別支援学校を子ども福祉避難所として使えるように全国に広めたいと思っています。
 
西村)特別支援学校に行っている生徒だけではなく、地域の学校に行っている障がいのあるお子さんも受け入れてくれたら親御さんも安心するでしょうね。

鍵屋)障がいがあってもなくても一緒に地域共生社会をつくることが今の目標。力を合わせて障がいのある人もない人も同じ人権を持った人として生きていけるように、地域全体が変わっていかなければなりません。これからは障がいのある人がリーダーになって、地域共生社会が作られていくと思います。
 
西村)地域のみなさんとの日頃からのコミュニケーションも本当に大切だと改めて感じました。障がいのある人、高齢者の人口の割合は年々増えている現状もあります。これからの福祉避難に求められることを改めて教えてください。
 
鍵屋)阪神・淡路大震災以来、75歳以上の人は、高齢者の中で2.6倍に増えています。単身の高齢者で65歳以上の人は3.2倍。社会全体が急激に高齢化していることを考えると、高齢者が災害時に安心して避難できることが当たり前にならないといけない。これまで災害は弱いものいじめでしたが、どんな人でも安心して暮らせる地域社会をみんなで力を合わせて作っていくことが大事。そのとっかかりの一つが福祉避難所の充実だと思います。
 
西村)大きな一歩が踏み出されたと思います。ありがとうございました。きょうは、跡見学園女子大学教授 鍵屋一さんにお話を伺いました。