第1282回「子どもたちに伝える津波避難のルール」
電話:弁護士、防災士 永野海さん

西村)大雨での災害が心配な時期になりましたね。危険が迫っていても、なかなか避難しようとしない家族がいる方もいるのではないでしょうか。そんなときに子どもに言われて避難しようという気になった、という声をよく聞きます。子どもたちに防災を伝えるのは大切なことだと実感します。
きょうは、子どもたちに向けた、津波から命を守るための本を出版した方にお話を伺います。
弁護士で防災士の永野海さんです。

永野)よろしくお願いいたします。

西村)永野さんは、日弁連災害復興支援委員会・副委員長をつとめ、弁護士として被災地での支援活動をしているんですよね。

永野)福島県の避難所や仮設住宅で支援活動をしていました。

西村)具体的にどのような支援を?

永野)小学校・中学校の避難所を回って「困り事はないですか?」と話を聞くことから始めました。福島は原発事故があり、着の身着のまま避難してきて、これからどうなるかわからない不安を抱えている人が多かったので。そんな中で、お金や仕事のことなど将来の不安についてアドバイスをしていました。


西村)永野さんは今年3月、お子さん向けの本を出版しました。「みんなの津波避難22のルール 3つのSで生き残れ!」という本。私も子どもたちと一緒に読ませていただきました。

永野)ありがとうございます。

西村)カラフルな黄色の表紙で、青の大きな字でタイトルが書かれています。かわいらしいイラストで、みらいちゃんという女の子と、まもるくんという男の子と、はなたろうというお調子者でお菓子が大好きな鳥のキャラクターが出てきます。

永野)はなたろうは、うちで飼っているインコがモデルなんです(笑)。

西村)漫画でも描かれていてわかりやすいですね。過去の災害や被災した人の話も載っています。なぜこのような本を出版しようと思ったのですか。

永野)東北に足を運んで、子どもを亡くした遺族にたくさん話を聞いたことがきっかけです。たくさんの子どもたちが津波で犠牲になっていて。同じようなことが絶対に起こってはいけないと強く思ったんです。

西村)この本を書こうという想いに繋がった印象的な話はありますか。

永野)74人の児童が亡くなってしまった宮城県・石巻市の大川小学校を訪れました。そこで聞いた遺族の話に一番衝撃を受けました。自分のお子さんのご遺体を発見するという、とてもつらい体験をしたお父さんに最初に話を聞きました。地震が来ても、津波から逃げる雰囲気にならなかったといいます。たくさんの人が津波で犠牲になっていますが、多くの人が逃げるスイッチが入らずにその場にとどまって、津波に襲われたというケースが非常に多いのです。どのように備えておけば、逃げるスイッチを入れることができるのかと。

西村)永野さんがお住まいの静岡県は、南海トラフ巨大地震でも大きな津波が来るとされている場所ですよね。

永野)遺族や語り部のみなさんに話を聞くと、むしろ静岡を心配していただくことが多いです。子どもは未来ある存在。絶対に幼い子どもたちを津波でなくしてはいけない。東北では2万人近い犠牲者が出てしまいましたが、もうこれ以上の犠牲は出したくないという想いを強く持っています。

西村)そのような想いから、この本はお子さん向けにしたのですか。

永野)防災は子どもが中心になることで大人にも広がっていきます。東日本大震災でも、子どもたちに先に避難のスイッチが入って、それに促されるように大人も逃げて、子どもたちが大人の命を守ったというケースがたくさんありました。このことは語り継いでいきたいと思っています。

西村)小さな子どもにも読み聞かせできますし、大きな文字でわかりやすく書かれているので、大人も子どもと一緒に楽しむことができますね。
この本で取り上げられている津波避難のルールについて、リスナーのみなさんに紹介したいと思います。タイトルにある「3つのSで生き残れ」の3つのSとはなんでしょうか。

永野)最初のSはSWICH=スイッチ。逃げるスイッチのことです。
次のSは、SAFE=セーフ。安全な場所に安全なルートで逃げなければ命は守れません。
最後のSは、SAVE=セーブ。安全なところにいたのに、その後に戻ったり、家に帰ってしまったりして津波に巻き込まれた人がたくさんいました。最後まで安全な場所から動かずに命を守り抜くという意味のセーブです。


西村)確かにこの3つのSを全てクリアしないと津波から命を守ることができませんね。

永野)津波の犠牲になった理由には、このSのどれかが欠けていることが多いことがわかってきました。

西村)具体的にはどんな例がありますか。

永野)大川小学校の例では、逃げるスイッチが最後まで入らずにずっと校庭にとどまってしまった。これは遺族も繰り返し言っていたこと。
近くに安全な避難場所があったにもかかわらず、そこに逃げずに危険な場所にとどまってしまった。あるいは、逃げたけどもっと高いところへ避難するという、より良い選択ができずに命を落としてしまったという事例も。これは2つ目のSAFE=セーフですね。場所を選べなかったという事例です。
石巻市の日和幼稚園の事例では、安全な高台にあった幼稚園からわざわざ津波が襲ってくる低い場所にバスを出発させて、子どもたちを自宅に帰そうとしてしまったために津波に襲われてしまった。これはSAVE=セーブ。生命を守り抜くことができなかった事例です。


西村)この3つのSを教訓として、心に留めておきたいですね。この本には、「津波避難の22のルール」も載っています。
「1分間揺れたら大津波の予感」とありますね。
 
永野)これもすごく大事な知識です。「地震のあと何故逃げましたか?」というアンケートでは、ほとんどの人は「誰かに声をかけられたから」「他の人も逃げていたから」「警報が出たから」など外部に頼って判断する人がすごく多かったのです。
でも、実際には停電になったり、防災無線が壊れたりして情報が入ってこないかもしれません。隣の人が逃げてくれない場合も。逃げるスイッチの基準は自分の中に作っておいてほしいのです。
地震は、規模が大きくなると長く揺れます。目安としては、阪神・淡路大震災のようなマグニチュード7なら、約10~15秒揺れます。マグニチュード8なら約1分揺れます。
東日本大震災のように、マグニチュード9という超巨大地震では、3分ほど断層が破壊され揺れ続けます。1分ぐらい揺れたと感じたら、どこかでマグニチュード8の地震が起きるかもしれないと思ってください。
この基準を自分の中に持って、約1分揺れたら大きな津波がやってくる危険が高まっていると警戒して、どんな場所にいても津波を意識して逃げてください。これが「1分間揺れたら大津波の予感」というルールです。

 
西村)逃げるスイッチの基準を自分で決めるというのは大事なことですね。揺れだしたら数を数えることは、幼い子どもにもできますね。
 
永野)大人でも、数を数えることで気分が落ち着いてくるものです。パニックを防止できる利点もあると思います。
 
西村)そのほか「津波はのぼるよどこまでも」これも印象的です。
 
永野)大川小学校の横には、北上川というとても大きな川が流れていました。東日本大震災では、北上川を50kmも津波が遡ったことがわかっています。想像を絶することですが、そのような事実を知っていると想像力が広がって、海から遠いところにいても避難のスイッチが入りやすくなると思います。
 
西村)大切なスイッチですね。そしてSAFE=セーフについての「どこへも行けないドア」。"どこでもドア"ではないんですね!?
 
永野)みなさんいざというときは、近所にある津波避難ビルや立派なマンションに避難しようと思っているかもしれません。でもマンションやビルの入口は自動ドアになっていることが多いのです。
大きな地震があった後は、揺れや停電などさまざまな理由でドアがいつも通りに開かなくなることも。そうこうしているうちに津波が来てしまう。外からでも上がれる階段があるか、など、いざというときに本当にそこに逃げ込めるのか想像力を働かせておいてほしいです。

 
西村)想像力って大切ですね。そしてSAVE=セーブについては「逃げた先で会おうね」というのも。
 
永野)東日本大震災では、せっかく安全な場所にいたのに、家に戻ってしまったり、途中で津波に流されてしまったりという事例が数多くありました。「安全な場所からは動かない」という当たり前のことを実践してもらいたい。
これは大雨が降った場合でも一緒です。学校や職場にいて、警報や避難指示が出たときに、わざわざ帰宅するのではなく、しばらく安全な場所で様子を見る、という判断が命を救ってくれます。
大きな地震が来てパニックになってしまうと、早く家に帰りたいと急いでしまいますが、そこをこらえて安全な場所に留まる。しばらくそこに滞在できるだけの水や食料や毛布などを置いておく。この備えが命を守ってくれます。家族には、生きていればいつかは必ず会えます。安全なところに留まり続けるということを家族で確認し合っておいてほしいと思います。学校や職場でも、その場所が安全なら絶対に帰らせない、そこで命を守るという覚悟を持って備えをしてほしいと思います。

 
西村)このような話をわかっていなければ、やはりパニックになってしまいますね。家族が気になって迎えに行ってしまいます。
 
永野)東日本大震災では、幼稚園や保育園の子どもたちは無事逃げたのに、迎えに行ったお父さんやお母さんが犠牲になったことも。お父さんやお母さんも自分の命を守る行動をとってほしい。こういうことを日頃からちゃんと話し合っておかなければ、いざというときは迎えに行ってしまいます。ここは事前の備えが本当に大切だと思います。
  
西村)巻末には、全国各地にある災害の痕跡が見られる場所も掲載されています。大阪にも津波の爪痕が記録された場所があるんですね。
 
永野)あまり知られていませんが、大阪市浪速区、京セラドーム大阪(大阪ドーム)の近くにある大正橋のたもとに津波の石碑があります。この辺りは、1854年(江戸時代)に起きた「安政南海地震」の津波が押し寄せて大きな被害が出た場所です。当時は津波に関する知識が十分になく、船の上の方が安全だと避難をしたら、川を遡ってきた津波にのまれて、たくさんの人が犠牲になりました。その後もまた同じような避難をして被害にあうということが繰り返されたのです。このような間違った避難行動をしてはいけないと後世に伝えようと、津波の碑が作られました。碑を石ではなく、木で作ることで、定期的に炭を入れ直すたびにこの教訓を思い出せるようにしました。後世までずっと語り継げるように、忘れさせないように考えられていたんです。
  
西村)このような言い伝えが、避難のブレーキになることもあったというお話も聞いたことがありますが。
  
永野)語り継ぎは難しいところもあります。正しい語り継ぎは、後世の人の命を守りますが、そのときだけ被害がなかったということを語り継いでしまうと、後世の人が逃げないことに繋がることも。実際に東日本大震災で被害があった名取市閖上(ゆりあげ)では、過去の1~2回の地震では大きな津波の被害がなかったので、この場所より上は安全だと間違った情報が浸透してしまっていました。これは、閖上に限らずたくさんの地域にも当てはまります。本当に科学に基づいた危険性の知識を持っておかないといけないと思います。
  
西村)少しでも安全な高い場所へ逃げるということが命を守るのですね。この本を読んで、自分自身の逃げるスイッチについて勉強したいと思います。
最後に被災地支援に関わる弁護士、防災士という立場で、今後みなさんにどんなことを伝えていきたいですか。
  
永野)今、困っている弱い立場にいる人と一緒に頑張りたいです。毎年のように各地で大きな被害が起きていますが、そういう人たちに、いろんな道があるということを伝え続けていきたいです。
  
西村)この関西も南海トラフ地震で必ず被害を受けると言われています。津波対策しっかりとしていきたいと思います。
きょうは、子どもたちに向けた、津波から命を守るための本を出版した、弁護士で防災士の永野海さんにお話を伺いました。
 
~エンディング~
西村)永野さんは子どもたちに防災を伝えるのは大切だ、と語ってくださいました。一方で、大人の避難スイッチが入らずに、子どもの命が守れなかった宮城県・石巻市の大川小学校の話がありました。子どもたちからは「山に逃げよう!」という声も上がっていたのに、大人たちの避難スイッチが入りませんでした。子どもに避難のルールを伝えるとともに、私たち大人がしっかりと子どもたちの声を聞いて、避難のスイッチを入れられるように意識を変えていかなければいけませんね。みなさんはどう思われましたか。きょうの感想もお待ちしています。
 
きょうご紹介した永野海さんの著書「みんなの津波避難22のルール 3つのSで生き残れ!」は、合同出版から税込2420円で販売されています。
本屋さんはもちろん、楽天やアマゾンなどインターネットでも購入することができます。
大人も読みやすい内容になっていますので、ぜひご覧ください。私も被災地を訪れる際のガイドブックにしたいと思います。