第1236回「西日本豪雨2年~高齢者の水害避難」
電話:小規模多機能ホーム「ぶどうの家真備」代表 津田由起子さん

千葉)大勢の犠牲者を出した西日本豪雨からまもなく2年です。
岡山県倉敷市の真備町地区では51人の方が亡くなりました。
亘)家の2階とか屋根の辺りまで水が来ていた映像を思い出しますが、亡くなった方の多くは高齢者で家の1階で亡くなっていらっしゃいました。
いろんな事情で避難が遅れたのかなというのが分かりますね。
 
千葉)その真備町で、高齢者の命を水害からどう守るか奮闘している人に今からお話を聞きます。
高齢者の介護事業所「ぶどうの家真備」代表の津田由起子さんと電話がつながっています。
津田さんよろしくお願いします
 
津田)よろしくお願いします。
 
千葉)「ぶどうの家真備」というのは、どんな施設なんですか。
 
津田)「ぶどうの家真備」は小規模多機能ホームというところで、お年寄りの介護をしているところです。職員が訪問したり、お年寄りに「ぶどうの家」に通って来ていただいたり、必要な時には泊まっていただいたりという、そういう施設です。
 
千葉)西日本豪雨が起きた時にはどのように行動されたんですか。
 
津田)当時は、登録されている方が約25人おられたんですけれども、あの日の夜というか、次の日の朝というか、みなさん家におられたので、私たちは職員と一緒にその方々の家まで行って、避難所にお連れするというようなことをしていました。
 
千葉)雨の中、大変だったでしょう。
 
津田)そうですね。事業所は箭田地区というところにあるんですけれども、そこは山の上から見たときにも水没しているというのが分かったので、別の地区にすぐに入りました。
そこはその後、水が溢れた地域だったので、私たちが行った時は足首ぐらいでしたけれども、ご利用者の方を助けて安全なところまでお連れする間に、もう、ひざ下とかに来て、少しずつ水が増えているようなそういう状況でした。

 
亘)利用者の方は家でどんなようすだったんでしょうか。
 
津田)危機感はなかったですね。「絶対、水が来ん」っていうふうに、私たちが回った家の方はみなさん、おっしゃいましたね。
 
千葉)でも、実際に水は上がって来ているわけですよね?
 
津田)そうですね。でも家の中にいると、なかなかそこまでわからなかったり、水が来るまでに時間がかかるので、実感としてはなかったんだと思います。
 
亘)じゃあやっぱり、避難していただくまでに説得と言うか、ちょっと時間が必要だったんですかね。
 
津田)そうですね。そこは必要でした。
 
千葉)みなさん、無事助けられたんですか。
 
津田)大半の方は、私たちが助けたり、それから箭田地区といって夜中に水が来てしまった地域の方は、がんばって2階に上がって2階のベランダからヘリコプターとかボートで助け出されたっていう方もありましたけれども、最後まで安否が分からなかったお1人の方は、家で亡くなられてました。
 
亘)その方は、どんな方でいらっしゃったんですか。
 
津田)80代の女性で、耳が遠くて認知症の方で、おひとり暮らしでした。
 
亘)おひとりでいらっしゃったわけですね。
そこには、やっぱり行くことが難しかったということですか。
 
津田)そうですね。
私たちは、夕方というか夜にはもう事業所を出てしまっていたので、水が来るんじゃないか危ないんじゃないかっていうふうになって、ご近所の方も「逃げよう」っていう風に声をかけてくださったみたいなんですけれども、耳が遠かったし、夜中でもあったので、ご本人はおそらく気がつかなかったんじゃないかなと思うんです。

 
亘)そうなんですね...。
 
千葉)真備町で高齢者の方の避難が遅れたというのは、避難をためらわれた理由があったんですかね。
 
津田)そうですね。
大半の方はもちろん、逃げたということもあると思うんですけれども、逃げるか逃げないかっていう選択で、逃げることをためらわれた人たちというのは、みなさん、いろんな理由があったのかなと思います。
ひとつは体が不自由で動きにくいとか、それから認知症があるとか、いろんな理由ですけれども、例えば体が不自由な方が2~3キロ離れたあの避難所の体育館に行くっていうことは、とても困難だっただろうなぁって思いますし。

 
亘)すぐ近くに避難所はないんですか?
 
津田)そうですね。特に矢田地区は、もう地区自体が大半、水没してしまったので、避難所までが2~3キロあります。
 
千葉)2~3キロかぁ。それは遠いですね。
 
津田)ちょっと遠かったですね。
また、大勢の人が行っているであろう、そういう所に行ってもですね、認知症の方とか発達障害の方とかは混乱をしてしまう、いろんな症状が出てしまうと、ほかに避難をしている人に迷惑をかけてしまうじゃないかとか。
うちのご利用者さんのご家族もそうでしたけれども、寝たきりの奥さんのオムツをどこで交換したらいいんだろうかとか、そういうところに行ったら奥さんが食べるものがなくて困るんじゃないかとか、そういうふうに思われた方もおられました。

 
千葉)やっぱり早くすぐ避難しなきゃっていう思いよりも、「避難するとこういうことが困るなあ」とか「こういうこと、どうなるんだろうな」ということを考えてしまうと、なかなか避難行動につなげにくいということですかね。
 
津田)そうですね。やっぱり迷惑をかけるんじゃないかって。
だからその方は、介護用のベッドをいちばん高くして、奥さんをその上に寝かせて、介護しているご主人も一緒にベッドの上にいたみたいですね。
本当に間一髪のところで逃げられたんですけど、結果その方の家は、2階の天井すれすれまで水が来ていました。もし、そのまま家におられたら本当に命はなかったんじゃないかと思います。

 
亘)じゃあ、2階に垂直避難したとしてもダメだったということですね。
 
津田)そうですね、その方はね。
寝たきりの奥さんを2階へ避難させられなかったとは思うんですけども、やっぱりハザードマップで(浸水想定が)何メートルかというのは分かっているので、2階で大丈夫な家もあればダメな家もありますね。

 
千葉)こういった状況の中で逃げ遅れになる人を減らすためには、どんなことが必要だと思われますか。
 
津田)やっぱりご自宅がどれくらい浸水するのか、どこまで深さがあるのかということも前もって知っておくっていうことが大事ですし、いつの段階で誰とどうやってどこに避難するのかっていうことを、ひとりでも多くの方が前もって決めておくということが、すごく重要じゃないかなと思います。
 
亘)やっぱり西日本豪雨より前というのは、そういうシミュレーションとか避難訓練というのはあまりされていなかったんでしょうか。
 
津田)そうですね。例えば「ぶどうの家」で考えたら、一応、避難訓練はやっていましたけれども、私自身もまさかそんなことが起こると思わずに訓練していたので、そこは全然違ったかなと思います。
 
亘)そうなんですね。
 
千葉)津田さんが企画されたものがあると聞きました。それは、「避難機能付き共同住宅」というものなんですが、これについて教えてもらえますか。
 
津田)はい。とにかく真備は、歴史を見ると、今までも水害がたくさんあった町なんですね。
じゃあそういう町でこれから先、みんなが安全に暮らしていくにはどうすればいいかというと、水が来るよりも高いところに住む必要があるんじゃないかっていうところが最初の発想でした。
ただそれを作るにはすごく資金が必要で、行き詰まっていました。
「さつきプロジェクト」っていうものなんですけれども、それを知ったご近所の方が、「浸水して1階は浸かったけど2階は大丈夫だったアパートがあるので、そこをさつきプロジェクトに使えないだろうか」とおっしゃってくださって、今回の企画につながりました。
そこの1階をリフォームして、2階に交流スペースを作って、2階まで巨大なスロープをつけました。

 
千葉)階段ではなくてスロープですか?
 
津田)はい。
階段はもともとついているんですけれども、やはり車椅子の方とか体の不自由な方が、安全な所まで垂直に避難するっていうことを考えてスロープを付けました。

 
千葉)やっぱり階段だと避難できないものですか。
 
津田)そうですね、車椅子の方は2階に階段では上がれないので。
なかなか、おんぶしてとか担いでとかいうのは、行こうっていう気にもなかなかなりませんので。
日ごろからそのスロープを通って2階にある交流室に行って、そこでお茶を飲んだり、みんなでワイワイしてということやっていると、例えば警報が出ても、じゃあちょっと危なそうだからあそこに行っとこうと言って、避難すること自体をためらわないで済むかなと思っています。

 
亘)2階に交流スペースを作って、普段からそのスロープを使って、みなさんが交流スペースに行くということになるんですね。
 
津田)そうですね。
 
亘)そのスロープは、アパートに住んでいる方が使われるということでいいんでしょうか。
 
津田)アパートに住んでいる方も使ってもいいし、ご近所の方も使ってもいいです。
どなたでも使っていいです。
例えば、今だと宅配便の方が重たい荷物を持ってそのスロープを使って上がってきたりとか、そういうこともあります。

 
千葉)なるほど。
スロープと、それから避難スペースというのが、「避難機能付き」ということなんですね。
 
津田)そうなんです。
アパートには7世帯の方が入居される予定なんですが、その方々はみなさん、「もし災害が起きたら、ご自分の住んでいるスペースに、避難してきた方が来られる可能性があります」っていうことを理解しているということと、日ごろからアパートも含めて近所の方たちとお互いに気にかけ合った生活をしましょうということを理解される方が入居されているんです。
それが入居の条件になっています。

 
亘)なるほど。ここの2階は浸水の恐れはないんでしょうか。
 
津田)そうですね。ハザードマップ上も2階は大丈夫ですね。
 
亘)西日本豪雨の時も、2階の部分は大丈夫だったんですかね。
 
津田)はい、大丈夫でした。
 
千葉)これ、アパートを改修してスロープまでつけたわけですよね。
お金、結構かかったんじゃないんですか。
 
津田)大変でした、本当に。
改修で全部で3000万強かかりましたけれども、そのうちの2/3は「スマートウェルネス(住宅等推進事業)」という国の補助事業で採択されて、モデル事業になりました。
残りは、クラウドファンディングと自己資金ということになります。

 
千葉)クラウドファンディングということは、インターネットを通じて、応援したいと思ってくださるみなさんに資金協力を呼びかけて集めたということですか。
 
津田)そうなんです。
「スロープを作りたいので力を貸してください」ということでお願いをして、本当にたくさんの方に協力していただきました。

 
千葉)もう目標額は突破したんですか。
 
津田)そうですね。最初200万円でお願いをしたんですが達成できて、最終、320万円を超えました。
 
千葉)そうですか。
 
亘)国の補助金は、結構多額な2000万というお金がよく下りましたね。
 
津田)そうですね。
「人生100年時代を支える住まい環境整備モデル事業」というんですけれども、年をとっても安全で災害からも安全な住まいというところで、モデル事業に指定していただいたのかなと思います。

 
亘)そうなんですね。
入居者の方の家賃というのはどれぐらいなんですか。
 
津田)家賃は倉敷市の生活保護の基準に合わせています。なので、とてもお安いです。
 
亘)そうなんですね。入居される方はどんな方々なんでしょうか。
 
津田)本当に一般の方々です。
いまは、車椅子の奥さんと旦那さん、それからおばあちゃんがおられますけれども、予約が入ってるところは新婚のご夫婦だったり、みなし仮設におられる方が予約をされていますね。

 
亘)若い方もお入りになるんですね。
 
津田)そうですね。一般のアパートと同じなので。
できれば、小さいお子さんがおられるようなファミリーとか入っていただけるとうれしいなって思っています。

 
亘)お入りになった方は、どんな感想をおっしゃっていますか。
 
津田)とにかく今回は、水がおそらく来ないだろうというところで、何よりも安心して生活できるっていうことをおっしゃいますし、あとはやっぱり、災害にあって、今まで暮らしたのはご自宅ではなかったんですね、避難しているということで。仮設であったりとか、みなし仮設であったりとか、親戚の家に身を寄せられてたりとかっていうことなので、やっとわが家が出来ましたということで、すごく喜んでおられます。
 
亘)みなさん避難生活を送って来られたわけですね。
 
津田)そうですね。
 
千葉)こういう避難場所をつくるのと一緒に、「避難しましょう」っていう声をかけとか、そういった近所との関係づくりってとっても大切なんじゃないかなと思うんですが、そういういわゆるソフト面での対策というのは進んでいるんでしょうか。
 
津田)いまちょっとコロナがあって...なかなか進めないというのもありますけど...。
箭田という地区にありますけど、箭田の方々、本当にみなさん親切な方も多くて、いろいろ声もかけてくださいます。
特にいま、「マイタイムライン」を使った個別避難計画というのを進めています。

 
亘)「マイタイムライン」というのは、どういうものなんでしょう?
 
津田)どの段階で、どこにどうやって避難しますかというのを決めるんですけれども、そこにご近所の方も登場していただいて、ご近所の方がどういうことをしてくださるかというのを一緒に決めていくっていう作業を、いま、しています。
 
千葉)そういう流れをシミュレーションして、書き出していってということなんですね。
 
津田)そうです。
 
亘)高齢者の方おひとりおひとり、それぞれのプランという感じなんですかね。
 
津田)そうなんです。だから、中にはですね、「自分が逃げようと思った時にひと声かけるよ」っておっしゃってくださる方もあるし、また中には、自分が避難する時に「一緒に逃げよう」って言ってくださっている方もあるし、その方によってさまざまなんですけれども、本当に地域の方ができることをしてくださるということで、ちょっとずつ進んでいます。
 
千葉)じゃあ、災害が起きる前の段階から、このような状況になったらこの人が声をかけるとか、この人が車で来てくれるとか、具体的なことがみんな決まっているというか、だいたいのイメージを近所で共有されているということですか。
 
津田)そうですね。
まあ、災害はいろんなことが起こるので、その時になってみないとわからないっていうのもあるけれども、そうやって一応イメージできているっていうことも大事だし、それを作っていく過程で、やっぱりお互いに気にかけ合うということがすごく進むなと思います。

 
亘)例えば、この人が担当するとか、呼びかけはこの人がやりましょうみたいなのも、具体的に決めるっていう感じですか。
 
津田)そうですね、すごく具体的です。
お薬は誰が準備するとか、車の準備は誰がするとかですね。
だけど、ひとりの人に負担がかからないように色んな人ができることを分担して、それぞれがそんなに重荷にならないようにということをやっています。

 
亘)そうですよね、このおばあちゃんの担当はこの人ですとかって決めてしまうと、その方にとって非常に重いというか、そういう感じがしたので。
ご近所の皆さんで一緒になって、命を守っていくという感じですね。

津田)そうですね。
そして、そこに私たち事業所も加えてもらうので、本当にみんなでできることをしていこうっていう、そういう形ですね。

 
千葉)たしかに、大勢の力が合わさっていくと大きな力になっていきますもんね。
津田さん、いま、新型コロナウイルスがまん延していて、避難場所に行くのをためらうという要素がひとつ増えているんじゃないかなと思うんですよ。
この夏、同じような西日本豪雨のような大雨が降ったら、高齢者のみなさんは避難なさいますかね...。
 
津田)そうなんですよね。ためらわないでほしい、とにかく命を守るっていうことをいちばんに考えられるようにというふうには思うんですけれども。
「さつきプロジェクト」のアパートは、個室があるんですね。
なので、コロナのことを考えた時にも、個室ごとに家族が避難できればコロナの対策はある程度できるかなと思っています。

 
千葉)そうか、いくつか個室があるから家族ごとに分かれて避難ができるわけですね。
 
津田)そうなんですね。
それと、真備の中でいま取り組んでいるのは、被災をした真備だからこそなんですけれども、いま、町内に仮設住宅があちこちにあるんですね。そこに分かれて、配慮のいる方々の避難ができないかなっていうふうに考えています。

 
亘)仮設住宅で、もう住む人がいなくなって空いている状態のところに避難するということですね。
 
津田)そうなんです。
いま、空き部屋もあるので、もしその空き部屋が使えたら「さつきプロジェクト」のアパートの個室と同じで、それぞれの個室に分かれて家族が入ることができるので。

 
千葉)水害の時のプレハブの仮設がまだ建ったままであるんですね。
そこを避難所として使ってしまおうという計画ですか。
 
津田)もし、それができたら本当に助かる人は多いなあって思っています。
 
亘)仮設は結構、高台というか、浸水しないようなところに建っているということですね。
 
津田)仮設は、全部そういうところにしかないので、逆に安全なんですね。
 
亘)じゃあ、平屋でも避難先として大丈夫ということなんですね。
 
津田)はい、十分ですね。
 
千葉)そうか。その仮設住宅をただ潰してしまうんではなくて、そのあとも利用してしまおうっていう計画ですね。
 
津田)そうですね、せっかく今なら空いているので使わないのはもったいないなーって、このコロナの中ね、そう思います。
 
亘)そういうことも実際にできそうなんですか?
 
津田)これはね、まだわからないですね。いま、一生懸命お願いをしているところです。
それができるとね、本当に皆さん助かると思うんですけどね。

 
千葉)そうですね、潰しちゃわないで使わせてくれるといいですのにね。
 
津田)いいですよね、本当にね。ただ潰しちゃうともったいないですもんね。
 
亘)今後、また水害がある可能性もあると思うんです。
「避難機能付き共同住宅」は一軒完成したというところですけれども、今後さらに取り組んでいかれるようなことはありますか?
 
津田)このアパートで、私たちが地域の方々と気にかけ合った暮らしというのを実現して、「こういう安全な建物でこういう暮らしぶりがあると災害に強いんだよ」っていうのを、しっかり発信していきたいと思っています。
それによって、あちこちで、「じゃあこういう取り組みを」「こういう建物を」っていうことが次々に広がっていくとうれしいなと思います。

 
亘)全国各地で、いろんな、それぞれの地域に合ったコミュニティづくりというか、そういう建物も含めて、取り組みができればということですね。
 
千葉)津田さん、きょうは、いろんなアイディアが分かってとても勉強になりました。
ありがとうございました。
 
津田)本当にありがとうございました。