第1397回「久留米市の土石流から考える土砂災害対策」
オンライン:九州大学大学院 教授 執印康裕さん

西村)各地で土砂災害が相次いでいます。今月10日、福岡県・久留米市で発生した土石流では、住宅7棟が損壊し、1人が亡くなりました。この土石流はなぜ起こったのか。わたしたちは今後、土砂災害からどのように身を守れば良いのか。
きょうは、土砂災害に詳しい九州大学大学院教授 執印(しゅういん)康裕さんにお話を伺います。
 
執印)よろしくお願いいたします。
 
西村)福岡県・久留米市で起きた土砂災害の現場はどのような場所だったのですか。
 
執印)背面に山地が広がっている場所です。山から流れてきた土砂が溜まって、長い時間をかけて作られた土石流扇状地に位置しています。
 
西村)山の上がくぼんでいて、土砂や水が溜まるような場所が複数あったのですか。
 
執印)沢に雨が降って水が集まり、崩壊し、土石流が沢筋を一気に流れてきて被害が出ました。
 
西村)沢とは何ですか。
 
執印)いわゆる渓流、水が流れやすい場所です。
 
西村)谷と沢の違いはありますか。
 
執印)同じようなものです。日頃はチョロチョロと水が流れているというような場所です。
 
西村)日頃は子どもたちが川遊びをするような穏やかな場所。複数の沢筋から土砂や水が集まったのですね。傾斜はきつかったのでしょうか。
 
執印)10~20度の傾斜がある場所に土石流が発生しました。
 
西村)土石流はどのような様子で流れていったのでしょうか。
 
執印)洪水とは異なります。土砂と水が一体となって、泥流のような状態になり、樹木も一緒に流れ下っていきました。
 
西村)土砂災害といえば、家の裏山が崩れて土砂が流れてきて、家が倒壊するイメージがあります。今回はそうではなく、山裾から距離があるところに大きな土石流が流れてきて、1人が亡くなったということに驚きました。
 
執印)緩やかな勾配で山裾から距離があるように見えるかもしれませんが、それは人の感覚。裏山に崖が迫っている場所は危ないということは認識できると思いますが、そのような場所だけではなく、人の目で危険を認識しづらい場所にも土石流が到達することがあります。ハザードマップで自分が住んでいる場所にどのような危険があるのかを事前に確認しておくことが大事です。
 
西村)ハザードマップの見方にポイントはありますか。
 
執印)ハザードマップで危険が示された範囲内に自宅がなくても、近くに危険な場所があれば注意しましょう。危険を色分けした範囲から外れているから「リスクがない」と考えてはいけません。生きていく上で安心は大事ですが、リスクは絶対にゼロにはならないと認識しましょう。
 
西村)久留米市で土砂災害にあった地域の中には、土砂災害警戒区域に入っていなかったところもあったのでしょうか。
 
執印)はい。規模の大きい土石流でしたから。ハザードマップで示された範囲外には絶対に土砂が来ないということではなく、ハザードマップはあくまでひとつの目安。リスクの低いところまで線をひいてしまうと広大な範囲になってしまいます。
 
西村)今回、被害があった現場のような地形は、日本国内にたくさんあるのでしょうか。関西にもありますか。
  
執印)関西に限らず、日本全国どこにでもあります。今回は久留米で土石流災害が起きていますが、同じような渓流がある場所でも土砂が到達してないところもあります。上流で何が起こっているのかはわかりません。
 
西村)何がどこで起こるかわからないから気をつけなければいけませんね。ハザードマップを見て備えるのは大切。同じように危険な地形は全国いろんなところにあるのですね。
 
執印)関西にもたくさんあります。このような災害が日本で発生しない年はありません。
 
西村)これから本格的に台風のシーズンとなります。ほかに土砂災害に関してどんなことに気をつければ良いですか。
 
執印)地方自治体・気象庁が出している警戒避難情報に注意をしておくこと。外で雨がものすごく降っている、近くの川があふれているときに外に出ることは、かなり危険です。そういうときには、近所の丈夫な建物に避難しましょう。マンションの上の階や自宅の2階、あるいは山から少しでも遠い頑丈な部屋の中に入る。雨が強く、警戒避難情報が出そうなら、2階の山から離れた場所に就寝するなどリスク回避が必要です。そのような状態になる前に避難することが大事ですが、なかなかそれは難しいですよね。自分がいるところが晴れているのに、「10時間後に強い雨が降りそうなので避難しましょう」と言われても難しいですよね。
 
西村)土砂災害の避難時に「前兆現象が起きたら避難しよう」という呼びかけをよく聞きますが、これについてはいかがですか。
 
執印)前兆現象は「水が濁る」「川の水位が下がる」「上流で音がする」などがあると言われますが、そのような状態は、もう何が起こっておかしくない、極めて危険な状態です。すでに上流では崩壊が発生していて、自分がいる場所以外の場所では災害が起きている可能性が高い。前兆現象を見てからだと非常に危険な状況の中、移動することになります。前兆現象を見てから移動するのではかなり遅いのです。
 
西村)すでに命の危険があるということですね。
 
執印)そういうときは、高い頑丈な建物や2階に移動するなど少しでもリスクを下げる最適な行動を取ることが大事です。
 
西村)逃げなければいけない場合、逃げる方向のポイントはありますか。
 
執印)ものは高いところから低いところへ移動します。水は低いところから高いところにはいかないので、少しでも高いところに移動しましょう。「土石流は直進性が強いので、流れる方向から直角に逃げる」と言いますが、そもそも直角がどの方向かよくわからないですよね。少しでも高いところに移動することが大事です。
 
西村)高いところや頑丈なところを日頃から確認して、避難する場所を決めておかなければいけませんね。前兆運動が起こってから避難するのではなく、早めのタイミングで避難をしなければいけないと改めて思いました。
 
執印)土砂災害・自然災害は過去の経験は全くあてになりません。「前回の大雨で大丈夫だったから今回も大丈夫」ということはないと心に留めておいてください。
 
西村)久留米の人たちも、今まで災害が起きていないから大丈夫と思っていた人も多かったのかもしれません。
 
執印)久留米では一昨年、大雨が降っていますがそのときは何も起きませんでした。そのときの雨量は855mmでしたが今回は604mm。「2021年に何も起きなかったから今回も大丈夫」ということはない。人間の感覚で、雨の判断・評価をすることは難しいということです。
 
西村)関西でも起こりうることですから、わたしたちも他人事ではなく、早め早めの避難、行動の備えをしていきましょう。
きょうは、土砂災害に詳しい九州大学大学院教授 執印(しゅういん)康裕さん久留米市の土石流から考える土砂災害対策と題してお話を伺いました。