第1507回「紀伊半島大水害の教訓を絵本で伝える」
ゲスト:和歌山大学客員教授 後誠介さん

西村)2011年、台風12号の影響で、紀伊半島を中心に大きな被害が出た紀伊半島豪雨。和歌山県内では土砂災害が多発し、三重、奈良、和歌山の3県で88人の死者と行方不明者が出ました。この豪雨の教訓を子どもたちに伝える絵本「川がパンクしちゃった!もりのがっこうとどうぶつたち」が出版されています。
きょうは、この絵本を企画した和歌山大学 客員教授 後誠介さんにスタジオにお越しいただきました。
 
後)よろしくお願いいたします。
 
西村)「川がパンクしちゃった!もりのがっこうとどうぶつたち」はどんな絵本ですか。
 
後)動物たちが通う"森の学校"が舞台。近くを流れる川が大雨で氾濫してしまうという物語です。雨が降り続くと、堤防が決壊しないのに川があっという間にパンク(氾濫)してしまいます。大人も見落としていることを子どもと一緒に気づき合いながら、読み進められる絵本にしました。
 
西村)「堤防が決壊していないのにあっという間にパンクしてしまう」ということが、絵本でどのように描かれていくのでしょう。後さんは、元々絵本を書く仕事をしていたのですか。
 
後)絵本は初めてです。専門は地質学です。2011年の紀伊半島豪雨の後に、地盤災害の合同調査が3つの県で編成されました。合同調査団のメンバーに加わり、現地調査をしたり、報告をまとめたりしました。それをベースに、「紀伊半島大荒れ」という本を執筆。その一部を絵本にしました。
 
西村)「川がパンクしちゃった!もりのがっこうとどうぶつたち」の朗読をお届けします。どうぞお聞きください。
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「川がパンクしちゃった!もりのがっこうとどうぶつたち」
 
「ざあ ざあ ざあ、雨が ふる。
あきずに ざあ ざあ ふりつづく。
だけど、小川は あふれてない。
お山も どっしり そこにある」
 
もう なん日も 雨が やみません。
でも、だれかが そう うたいだすと、
森のがっこうの みんなは
ほっとしました。
「雨も きっと あしたには やむよね」
 
ところが、 おしごとででかけていた
こうちょうせんせいの ふくろうが、もどってくると さけびました。
 
「みなさん、にげましょう!
もうじき そばの小川が あふれます!
くわしいことは あとで はなします!
もっと たかいところへ にげましょう!」
 
せんせいの かおは しんけん そのもの。
 
「きっと なにか あったんだ......」
 
以下略
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西村)後さんはなぜこの本を企画したのでしょうか。
 
後)3年前に和歌山県新宮市の幼稚園で、幼稚園児に減災学習会を開催したことがきっかけです。寸劇風に水害の話をしたところ、子どもたちが真剣な眼差しで聞いてくれて、質問もありました。「お父さんとお母さんがいないときにこういうことになったらどうしたら良いですか」と。
 
西村)子どもたちはそれが一番不安なんですね。
 
後)「隣近所の大人の人を頼るんだよ」「おじちゃん助けて!おばちゃん助けて!と言ってね」と答えました。
 
西村)隣近所の大人たちが冷静になれないかもしれません。この絵本で知らなければいけないと感じました。
 
後)子どもたちの感覚、感性に訴える防災教育が必要だと感じたんです。寸劇のまま中途半端で終わらせるのではなく、全国で普遍的に使えるものができないかと考えて絵本にしました。
 
西村)2011年の紀伊半島豪雨での経験や調査を絵本に盛り込んだとのこと。和歌山のみなさんは、紀伊半島豪雨について語り継ぎをしているのでしょうか。
 
後)語り継ぎをしていますが、みなさん年齢を重ねています。経験していない人や当時は幼かった人も多く、正しくは知りません。救助活動をしたことがない町や県の職員が増えています。
 
西村)絵本を通して伝えていくことはとても大切ですね。これまでに水害をテーマにした絵本は、あったのでしょうか。
 
後)物語になっている水害の絵本は、ほぼないと思います。津波や地震の絵本は東日本大震災がきっかけになって作られるようになりました。
 
西村)新たに紀伊半島号を題材にした絵本を作るとなると、いろいろ工夫した点もあったのでは。
 
後)文を担当した黒川さんは、夢の持てる物語にしたいとこだわりました。「怖い」「汚れる」だけではなく、最後は夢を持てるようなストーリー展開にしたいと。
 
西村)救助に来てくれたシーンがありました。みんなで炊き出しをするシーンも。復興へと進んでいく道のりが描かれていました。
 
後)防災絵本の中には、絵本の形をとっていても土砂災害や水害について解説した解説本のようなものあります。絵を担当した吉田さんもこだわっていて、よく見るとページごとに少しタッチが違います。わたしは、学術的な視点にこだわりました。そのような3つの視点からこの絵本ができました。
 
西村)それぞれのプロが手がけて、わかりやすく、楽しく伝えられるように、希望が持てる絵本にしようと描かれたのですね。だから、絵のタッチについては、川があふれているシーンは、輪郭が太めに描かれています。動物たちが避難所で夜を明かすシーンは、優しいタッチで描かれています。よく見てみると、ウサギの子どもが赤い車のおもちゃを持っていて。「避難所に行くときは車のおもちゃを持っていこう!」と思いました。登場人物は全員動物というのもこだわりですか。
 
後)こだわりです。動物の方が子どもにはうったえることができると思いました。
 
西村)わたしの娘もかわいい動物に惹かれていました。川がパンクする理由もわかりやすく描かれていたので、この絵本を読んだ後に「パパ!なんで川がパンクすると思う?」と夫に言っていました。そんなふうに家族で語り合うきっかけになる。この絵本で子どもたちに一番伝えたいことは何ですか。
 
後)豪雨災害は、少しずつ事態が悪化していくのではなく、ある時点で川があっという間に溢れて、あっという間に避難できなくなります。これを伝えたい。子どもが水害に関する知識を持って、率先して避難者になってくれたら、大人たちも変わると思います。この絵本をきっかけに、親子で、地域で、避難行動につながる会話をしてもらえたらうれしいです。
 
西村)「川がパンクしちゃった!もりのがっこうとどうぶつたち」は、書店やインターネットで購入することができます。みなさん、ぜひご覧ください。