第1426回「阪神・淡路大震災29年【5】~浪曲で伝える災害の教訓」
ゲスト:浪曲師 菊地まどかさん

西村)ネットワーク1・17では、29年前に発生した阪神・淡路大震災の特集を、去年の暮れからお送りしています。
今回は、阪神・淡路大震災の教訓を浪曲で語り継ぐ活動をしている浪曲師の菊地まどかさんに、スタジオにお越しいただきました。

菊地)よろしくお願いいたします。

西村)浪曲を知らない人のために、浪曲とはどんなものなのか教えてください。

菊地)浪曲とは、明治時代初期から始まった大衆芸能です。当時は、浪花節とも呼ばれていました。江戸末期に四天王寺で初めて浪曲を披露した浪花伊助の字を取って、浪花節と名付けられたという説もあります。三味線の伴奏に乗せて歌う部分を"節"、語る部分を"啖呵"と言います。それにお客さまの拍手を交えて三位一体の芸となります。「忠臣蔵」などのお話や人情噺などさまざまな題材があります。頭の中で想像しながら、登場人物に自分を当てはめて聴いても楽しいですよ。
 
西村)まどかさんは、阪神・淡路大震災の浪曲を伝えているのですよね。
 
菊地)師匠が室戸台風の話の浪曲を持っていたのをきっかけに、台風や地震の話もはじめました。「稲むらの火」の話や阪神・淡路大震災の話、東日本大震災の南三陸町の「命のらせん階段」の話などいろいろな作品があります。「稲むらの火」の話は、「稲むらの火の館」の館長さんからぜひ浪曲にしてほしいという話をいただき、「津波てんでんこ」という言葉を入れて完成した防災浪曲です。
 
西村)阪神・淡路大震災の浪曲は、オリジナルで作ったのですか。
 
菊地)「稲むらの火」と同じ作家さんに作っていただきました。北淡震災記念公園の米山総支配人の意見も取りいれて完成した作品です。実際にあった出来事も織り混ぜています。淡路市(旧北淡町)を何度か訪れて勉強したり、地元の人の話を聞いたりしました。
 
西村)被災者の話を取り入れた浪曲になっているのですね。
 
菊地)先日、1年以上あたためていた作品を北淡震災記念公園で初披露しました。浪曲を聴いたあとに「災害を免れて家は倒壊しなかったけど、今日の浪曲を聞いて、改めて備えをしようと思いました」と言ってくれる人もいました。
 
西村)ぜひわたしたちにも浪曲を聴かせてください。
 
菊地)全部やると30分以上あるので、かいつまんでやりますね。
 
西村)タイトルは「1995年冬(阪神・淡路大震災)」。倒壊した自宅で生き埋めになった高齢女性を家族や住民らが力を合わせて救出するようすを表現しています。それでは、お願いします。
 
菊地)♪浪曲披露♪
 
【浪曲あらすじ】
1995年1月17日午前5時46分、兵庫県の明石海峡を震源とするマグニチュード7.3の巨大な直下型地震が発生。
震源に近い淡路島の最北端、旧北淡町は震度7の激震に襲われた。
 
柱が倒れ、壁が落ち、1階がつぶされてしまった古い木造住宅。
2階にいた幼い健治と父母は、1階にいた祖母を助け出そうと声をかけるが、祖母の声は聞こえない。
そのとき、瓦礫に埋もれていた祖母は、暗闇の中で見つけた灰皿をたたいて音を出し、助けを求めた。
駆け付けた消防団により、無事救出された祖母。
消防団は普段から町を巡回していたため、祖母の部屋をすぐに探し当て、素早く救助することができた。

 
西村)ありがとうございました。
 
菊地)本来はもっと長くて30分以上あります。三味線の伴奏はなしで、物語のキーワードを抜粋して入れました。
 
西村)初めて生で浪曲を聴きました。目の前にシーンが浮かんできました。たくさんの人物が登場して、まどかさん1人で演じているとは思えなかったです。
 
菊地)まだまだ師匠のようにはいかないんですけども...一生懸命、演じました!
 
西村)わたしもお話の中の家族の一員として、おばあちゃんを助けている気持ちになりながら聴いていました。浪曲の中には灰皿をたたいて助けを求めるシーンがありましたね。
 
菊地)わたしは、防災士の免許を取って、日々備えについて考えています。笛とライトは必ずカバンの中に入れています。実際に瓦礫に埋もれた場合、どんな状況になるかはそのときになってみなければわからないと思いますが...。物語の中でおばあちゃんは、真っ暗闇の中、手探りで灰皿を見つけました。体力が落ちて声が出せなくなっていく中、灰皿を必死に叩いて音を出したんです。子どもは耳がいいので、それに気づいて、お父さんに「おばあちゃんはここや!」と知らせました。ここはもっとゆっくり聴いて、「自分ならどうするか」を考えてほしいシーンです。
 
西村)「自分ならどうするか」を考える時間はすごく大切ですね。三味線が入るとさらに臨場感も出るのでしょうね。
 
菊地)浪曲は、聴きながら頭で想像してもらう芸。伴奏の時間もたっぷりあるので、頭の中を通り過ぎるのではなくて、自分だったらどうするかをしっかり考えてほしいですね。
 
西村)浪曲を聴いて、消防団の人もすごいと思いました。
 
菊地)米山総支配人や地元の人に聞くと、消防団は日々町の巡回をしているそうです。どこに何人住んでいるか、おばあちゃんの部屋がどこにあるか...なども調査しているから、災害時にいち早く救助ができる。まだ救助されていない人のこともきちんと把握できると聞きました。わたしの地元では、隣近所の人のことをそこまで把握できていないと思います。災害時にまわりの人に気づいてもらうには、普段からの近所のお付き合いが大切だということを教えてもらいました。みなさんもなるべく近所の人と挨拶をして、行事があったら参加してほしいですね。
 
西村)旧北淡町といえば、39人が亡くなりましたが、助かった人もたくさんいたのですね。
 
菊地)瓦礫の中から300人以上が助かりました。それもみなさんの協力や普段から防災訓練をしていたおかげです。いつ自分が助ける側、助けられる側になるかわからないと考えておかなければなりません。
 
西村)浪曲を通して、これからどんなことを伝えていきたいですか。
 
菊地)浪曲は、身近で聴く機会が限られていると思いますが、浪曲を通じて物語を深く知ることができます。わたしは、師匠から受け継いだ古典だけではなく、防災浪曲もやっています。学校などで阪神・淡路大震災の物語を披露したあとには、「リュックの中を定期的に確認してください」「家に帰ったら家族でお話してください」と子どもたちにお話しています。温かい家族の物語もしているで、ぜひ親子で足を運んで、生の浪曲を聴きに来てもらえたらうれしいです。
 
西村)ありがとうございました。きょうは、阪神・淡路大震災の教訓を浪曲で語り継ぐ活動をしている浪曲師の菊地まどかさんにお話を伺いました。