第1403回「関東大震災100年~災害時のデマはなぜ起きる?」
オンライン:東北学院大学 教授 郭基煥さん

西村)今から100年前の9月1日に発生した関東大震災では、大規模な火災が発生し、約10万5000人が犠牲になりました。その混乱の中、多くの朝鮮半島出身者が殺害されました。きっかけは地震直後から流れたデマです。なぜ災害時にはこのようなデマや噂が広がってしまうのでしょうか。
きょうは、災害時のデマについて研究している東北学院大学 教授 郭基煥(かく・きふぁん)さんにお話を伺います。
 
郭)よろしくお願いいたします。
 
西村)今から100年前の関東大震災ではどのようなデマが広まったのでしょうか。
 
郭)「朝鮮人が井戸に毒を入れた」「武器で襲ってくる」「爆弾を投げた」など非常に破壊的な犯罪のデマです。該当する事実はひとつもありません。
 
西村)どのように広まったのでしょうか。
 
郭)国の治安当局である軍や警察がこのデマを信じて、それに対応した体制をとりました。地域の巡査が「朝鮮人が放火などをしているから厳重注意」などと地域住民に触れて回ったのです。
 
西村)なぜ人々はデマを信じてしまったのでしょうか。
 
郭)その理由に当時の時代背景があります。日本は、1910年に朝鮮半島を植民地支配し併合します。それ以来、朝鮮半島では支配に抵抗する運動が起こりました。このような運動を治安当局は常に恐れていて、疑心暗鬼になっていたのです。
 
西村)国までこのデマを信じて被災者に伝えて回ったのですね。
 
郭)新聞も信じてデマを流しました。
 
西村)新聞に書かれていたら信じてしまいそうです。
 
郭)新聞にはセンセーショナルな書き方で書かれていました。地震発生直後から3日間ぐらいは火災や余震も続き、人々は不安を感じ混乱していました。災害が起こると被災者の間で友愛や連帯の精神が高揚してきます。そうすると心理的な壁が低くなり、情報の交換が活発化します。みんな情報を欲しているので、情報を批判的に吟味せずに信じてしまうのだと思います。
 
西村)信じた人たちはどのような行動に出たのでしょうか。
 
郭)戦争経験者を中心に自警団を作って、街のあちらこちらに詰所を作ってそこを通る人に対して、「お前は朝鮮人ではないのか」と繰り返し聞くわけです。朝鮮人だとわかると警察に連れて行こうとしたり、ひどい場合には暴行を加えたり、殺害したりしました。
 
西村)なぜ朝鮮人に対する悪い噂やデマが広がってしまったのでしょうか。
 
郭)治安当局だけではなく、一般人も「朝鮮人が何をしてくるかわからない存在である」と考えていたと思います。1910年に併合される以前は、日本人と朝鮮人は接触することがなかったので、日本人は朝鮮人に悪いイメージを持つことはありませんでした。でも震災後あたりから徐々に政治的な接点が増えていきました。その媒介役を果たしたのが当時のメディアである新聞です。新聞は1870~80年代から発行されるようになりました。このときから新聞は、朝鮮や朝鮮人について、政府から提供される情報を鵜呑みにして、提供し続けていました。朝鮮暴徒、不逞鮮人といった、朝鮮人を否定的に語る言葉を伴った記事を繰り返し書いていたんです。最も多いときは、1年間の記事の6割以上が朝鮮人を否定する内容となっていました。
 
西村)それが当たり前の考えになってしまっていたのですね。
 
郭)新聞以外に朝鮮人について知る術もありませんでした。
 
西村)東日本大震災のときは外国人に関するデマはあったのでしょうか。
 
郭)わたしは、2016年に仙台市の3つの区と東京・新宿区の住民に聞き取り調査を行ったのですが、5割の人が「被災地で外国人が犯罪をしている」という噂を聞いていて、8割の人がそれを信じていたということがわかりました。
 
西村)それはすべてデマだったのですね。
 
郭)「ATMからお金を盗む」「店や民家から物を盗む」という犯罪は実際に起こっていて、新聞でも報道されています。犯人はわからないケースもありますが、わかっている犯罪は全て日本人によるものです。地域在住の学生や会社員が犯罪をしていたというニュースでした。外国人がやったというニュースは一切なかったのに、「被災地で外国人が犯罪をしている」というデマが流れたのです。
 
西村)実際に東日本大震災の被災地で流れたデマは、どのような内容だったのでしょうか。
 
郭)典型的なものは、「お店を荒らしている」「女性に対する暴行」です。仙台だけで流れたデマもあります。「中国人が津波の浸水地域に取り残された遺体から指を切断して、指輪を盗んでいる」いう内容でした。当然、事実は1件も確認されていません。懸命な捜索が続く被災地で、見つけられるかどうかもわからないような遺体から金品を盗むとは思えません。
 
西村)想像したらそんなことできないと思います。
 
郭)当時、被災地では、遺体がなかなか発見されない、身元がわからないなど困難な状況が続いていて、被災者の間では不安が進み、フラストレーションが溜まっていました。でも誰かを責めるわけにはいかない。こういうときに「中国人が遺体から指輪を盗んでいる」というデマを聞くと誰でも怒ることができます。「許せない」と言うことで、気持ちの出口を作っていたのです。
 
西村)行き場のない怒りをぶつけていたのですね。
 
郭)アンケートの中では「"津波浸水地域で遺体から指輪を盗んでいる中国人がいるから、遺体の捜索が遅れた"と聞いた」という人もいました。被災者の心の葛藤はわかりますが、このように言われた外国人はどう感じるでしょうか。非常に傷つくと思います。
 
西村)時代を超えて、どの災害でも外国人に対するデマが出てしまうのはなぜでしょうか。
 
郭)アンケートにあった言葉を紹介します。「石巻、女川にボランティアに行ったとき、民家から家電がなくなっていた。日本人がしたとは信じたくなかった」とありました。この心理です。日本人が犯罪を犯したとは思いたくないから、外国人がやったと思いたいのです。
 
西村)外国人へのデマを流す人たちはどんな気持ちだったのでしょうか。
 
郭)これも大事なポイント。デマを流すような人は、よっぽど変な人だと思うかもしれませんが、デマを話している人たちは、デマと思っていません。「犯罪に巻き込まれないように気をつけて」とほとんどの場合、むしろ善意で話しています。
 
西村)大切な人を守るために良かれと思って言っている。でも実際は違うのですね。
 
郭)良かれと思って言ったことが広がったときに、何が起こるかという社会的な想像力が乏しいのです。
 
西村)決して過去のことではなく、今を生きるわたしたちに、起こり得ることですね、わたしたちのコミュニティを見回してみても、住んでいる地域に外国人がいます。100年前に比べたら外国人とコミュニケーションを取る機会も増えているにもかかわらず、デマや噂がなくならない。これから起こるかもしれない災害では、どのようなポイントに気をつければ良いのでしょうか。
 
郭)外国人を犯罪者として語るデマは、「外国人に対する暴力」という二次的な災害をもたらすかもしれません。まずその想像力が必要です。暴力に至らなくても、根拠もなく犯罪者扱いすることは、人権侵害にあたるとう認識を持ってほしいです。災害が起こったら、「外国人に関するデマが広がりやすい」ということを頭の片隅に置いて、実際に聞いたときには立ち止まって考えてほしいですね。
  
西村)災害時は、きょうの話しを思い出すようにしたいです。
きょうは、関東大震災100年災害時のデマはなぜ起きるというテーマで東北学院大学 教授 郭基煥さんにお話を伺いました。