第1510回「能登の被災地で実施中"災害ケースマネジメント"」
ゲスト:大阪公立大学大学院 文学研究科 准教授 菅野拓さん

西村)被災者の個別の事情に応じて支援する「災害ケースマネジメント」。東日本大震災で注目を集めた被災者支援の新しい仕組みです。5月28日、「災害ケースマネジメント」の実施を後押しする法改正が可決・成立し、今後ますますの普及が期待されています。この「災害ケースマネジメント」は、能登半島地震の被災地でも実施されています。
きょうは、能登で行われている「災害ケースマネジメント」について、大阪公立大学大学院 文学研究科准教授 菅野拓さんにお聞きします。

菅野)よろしくお願いいたします。

西村)「災害ケースマネジメント」の特徴を教えてください。

菅野)被災者はさまざまな困りごとを抱えています。「家が壊れてしまった」「仕事を失ってしまった」「借金が返せなくなった」など個別の事情を抱えているので、一律の支援だけは生活再建できません。支援制度は複雑でよくわからないという人も。自治体や支援者側から被災者を訪問し、事情を聞きながら支援していく仕組みが「災害ケースマネジメント」。行政やNPOだけではなく、"餅は餅屋"で法律の支援が必要なら弁護士、家の支援が必要なら建築士...というふうに寄り添いながら長期的に生活再建を支援していくことを「災害ケースマネジメント」と呼んでいます。

西村)能登半島地震の被災地では「災害ケースマネジメント」が実施されているそうですね。

菅野)はい。石川県、輪島市、珠洲市などの被災者や金沢などに2次避難している人に対して、支え合いセンターが配されて、訪問しながら支援する体制が築かれています。在宅避難者にも情報や支援を届けています。

西村)在宅避難者は、なぜ仮設住宅などに避難できなかったのでしょうか。

菅野)微妙に壊れて住めないこともない場合や避難所にそもそも行けなかったという人も。雑魚寝の避難所など劣悪な避難環境も理由。女性は着替えや洗濯にも困りますよね。高齢者は感染症も心配。過酷な環境が続く避難所より、家にいた方がいいという人が出てきます。壊れた家で留まる人も多いです。

西村)「みんな大変だから、わたしの困り事なんて...」っていう声も聞いたことがあります。そんな中、支援する側から声をかけることは大切なことだと思います。能登では具体的にどんな支援が行われているのですか。

菅野)健康被害がある場合は、医療や福祉のサービスを利用することもあると思いますが、家が壊れて壁に亀裂が入った場合、修理するきにどんな支援制度があるのだろう?と思いますよね。

西村)わからないですし、不安になりますね。

菅野)建築士や弁護士が訪問することで、修理の金額などの相談にのることができる。「これなら住み続けられるな」「これぐらいかかるなら、町に出て、新しいところに住んだ方がいいな」というような判断ができます。能登ではこのような支援を展開しています。

西村)実際に支援した人に話を聞いたことはありますか。

菅野)はい。いきなり「支援者です」と来ても頼れないですよね。何度も訪問して信頼関係を作るとポロっと本音が出てきます。被災者の選択をどのように後押ししてあげられるか。被災者は「選択肢がわからない」「選択肢が無限にあるように見える」などの状況で、不安に置かれています。そこに寄り添い、信頼関係を作って一緒に一歩を踏み出してあげるのです。

西村)何から手をつけて良いかわからない中、話を聞いてくれることで整理ができて、先の見通しもできますね。家に訪問してくれるのはありがたいですね。

菅野)どんな支援制度があるかはなかなかわからないもの。そこにいきなり困りごとが押し寄せてくると大変です。そこに寄り添うだけで状況が変わると思います。

西村)支援の例を聞かせてください。

菅野)介護やケアの支援もあります。家族や地域の人と一緒に住んでいて、福祉サービスを使っていなかった人が、地域の状況が変わって介護サービスを使いたいとき、申請や手続きの問題が出てくる。そんなところも寄り添っています。日常生活の環境作りも支援しています。

西村)今回「災害ケースマネジメント」を実施する上での課題は。

菅野)担い手不足です。少子高齢化が進んでいて、奥能登は高齢化率が5割。介護施設で働いている人の年齢も70歳ということも。今回の災害で大変だったのは、若い人も仕事を失ってしまったことです。「隆起によって港が使えなくなり、漁ができなくなった」「田んぼや畑が崩れてしまった」など。若い人ほど仕事を求めて、金沢や他の地域に出て行ってしまう。一体誰がその地域自体を支えるのかということに。介護や福祉業界は、普段からほかの地域も人手不足ですけ。人がいなくて、事業所が閉鎖してしまうこともあります。そんなところに災害がやってきてしまう。命や生活をつなぐ大事な職業に従事する人が集まらないのです。

西村)「災害ケースマネジメント」を普及させるにはどうすれば良いのでしょうか。

菅野)5月28日に災害対策基本法や災害救助法などの法律に福祉サービスの提供が規定されました。規定はされたけど、誰がやるのという話。人手不足の福祉業界をどう変えていくのかがポイントになってくる。実際には福祉の現場で働いている人が、災害が起きたらそこに応援に行くことになりますが、そんな余力がないところで応援に人を出せるわけがない。その余力をどのように平時からつけていくのか。福祉現場の処遇を改善することもひとつ。今の給料は、介護保険法は障害者の総合支援法によって国で決めています。そこを災害時のことも考えて上乗せしておくとか。そのような議論をしていかなければなりません。関連死を防ぐ問題を平時から考えておく。これを"フェーズフリー"と言っています。

西村)その議論は進んでいますか。

菅野)ちょっとずつ進んでいると思います。被災者支援を考えた平時からの体制整備を踏まえて、法改正をしようという動きが厚生労働省でも出てきている。それはぜひ進めていただきたいと思います。

西村)大きな一歩になりますね。

菅野)今までは避難所や仮設住宅を作るなど場所作りを中心に考えられていましたが、福祉や医療は人。大きく変わった一歩となりました。

西村)2026年度に防災庁が設置予定です。この動きには期待できそうですか。

菅野)期待しています。防災庁設置の準備の議論に関わってきましたが、6月4日に報告書も出しました。今までは内閣府が国の防災をしていて、職員さんは2年交代なんです。国土交通省や厚生労働省に戻ってしまうので、大きな法改正や制度設計がしにくかった。

西村)海外で避難所は違うのでしょうか。
 
菅野)台湾、アメリカ、イタリアなどはNGOが国や行政と連携して支援しています。費用は国や自治体が出し、得意なところは"餅は餅屋"でやるという体制が組まれています。
 
西村)日本も防災庁ができて変わっていくのでしょうか。
 
菅野)いろんなところと連携・協働型で、災害対応しなければならない。そのような体制を実現していくことが防災庁に期待される役割だと思います。
 
西村)菅野さんどうもありがとうございました。