オンライン:名古屋大学 名誉教授 福和伸夫さん
西村)今後30年以内の発生確率が「80%程度」とされている南海トラフ巨大地震。その被害想定が13年ぶりに見直されました。被害が最も大きかった場合の死者は、全国で29万8000人と、前回の想定から1割弱減少しましたが、国が掲げた「8割減」の目標には到底およびませんでした。
きょうは、被害想定などを検討してきたワーキンググループの主査で名古屋大学名誉教授の福和伸夫さんにお話を聞きます。
福和)よろしくお願いいたします。
西村)今回の被害想定に対する率直な感想を聞かせてください。
福和)南海トラフ巨大地震による被害は甚大であるということが言えます。この10年間で8割減を目標としていた死者数がほとんど減りませんでした。住宅の耐震化があまり進まなかった、津波の避難意識が明確に上がったという証拠が得られなかったからです。住宅の全壊焼失棟数は235万棟でほとんど減っていません。このままではこの国の将来は危ぶまれます。これからの10年間で本気になって、被害を減らす努力をしなければならないと思います。
西村)この被害想定は、どのようなケースを想定しているのでしょうか。
福和)地震の起き方によって被害の幅があります。今回行った被害想定は、最悪のケースであるマグニチュード9クラスの最大クラスの地震を想定しています。東日本大震災が起きたとき、多くの人たちは「想定外」と言いました。当時はまさか日本でマグニチュード9の地震が起きるとは考えていなかったからです。南海トラフ地震に関しては、再び想定外を再び起こさないために、万が一に備えたマグニチュード9の地震を想定しているのです。しかし、地震の揺れが東に寄ることや西に寄ることもあるので、今回は一番被害が大きいケースとして、マグニチュード9の地震で陸側に震源域が寄った場合で、さらに津波から避難しにくい冬の深夜を想定しています。
西村)まさに阪神・淡路大震災が起きた時間ですね。
福和)さらに風が強く吹くと被害が大きくなるので、このような最悪の事態を想定しています。
西村)南海トラフ巨大地震で津波が来る地域はどのあたりですか。
福和)南海トラフ地震の震源域は、駿河湾から九州の宮崎沖まで広がっています。東西700kmぐらいあります。これによって生じる津波は関東から九州までおよびます。津波の高さは四国の土佐清水や黒潮町で最大で34m。伊豆半島の先端の下田で31m。10階建てのビルぐらいの高さの大津波が襲ってくると予想されています。
西村)関西もその範囲に入っているので他人事ではないと改めて思います。今回、国が掲げた「8割減」に及びませんでしたが、前回の想定よりも少し死者数が減りました。これは評価できますか。
福和)あまりにも減った量が少ないです。8%程度しか下がっていません。8%しか減らなかった理由は、家屋の耐震化がほとんど進まなかったからです。津波避難意識が確実に高まったという状況もありません。このふたつが大きな原因です。それが如実に現れたのが、去年の元日に起きた能登半島地震。たくさんの建物が壊れましたね。日本全体では、耐震化率90%程度と言われていますが、奥能登の耐震化率は50%前後でしかなかった。西日本の多くの被災自治体は、東京・大阪・名古屋のように耐震化率が高い地域はありません。多くの市町村では若者が減っていて、多くの人は大都市に出て行ってしまいます。そうすると建物の建て替えが進みません。しかも高齢者が多くなってくるから耐震補強も進まない。一方で、災害に弱い人が増えてくる。これは深刻な状況です。奥能登で起きたことは、「今の日本の災害危険度は改善されていない」ということを教えてくれています。
西村)能登の被害を見ていると、倒れている建物は木造の家屋が多いですよね。能登を訪れたときに、住人に「家の耐震化をしようとは思わなかったのですか?」と聞いたら、「もうわたしたち先が長くないから。お金もないし」とおっしゃっていました...。
福和)でも、石川県は、耐震改修の補助制度はものすごく充実していて、150万円を補助してくれるんです。耐震にあまりお金をかけなくてもいい制度はあったのに「耐震化しましょう」と説得する人が十分にいなかったのではないでしょうか。制度をきちんといかせていなかったとも言えます。
西村)これは能登だけではなく、ほかの地域にも言えることですね。
福和)その通りです。あまりお金をかけなくてもすぐできる対策はどんなことがあると思いますか?家具の転倒防止対策はすぐできますよね。
西村)そうですね。突っ張り棒をつけるとか...。
福和)突っ張り棒はあまりオススメしません。
西村)そうなんですね!
福和)突っ張り棒は、天井がやわらかければ突っ張りません。突っ張り棒ではなく、きちんとL字金具をつける方が良いです。L字金具で固定するときも壁の奥に硬い部分がある場所に固定しなければと役に立ちません。このような対策は、お金がかかるわけではないのに多くの人はやりません。どうしてだと思いますか。
西村)いつでもできると思っているから?
福和)面倒くさいからです。家屋の耐震化も申請も面倒くさいでしょう。家の中に人が入ってくると工事をしている間、居心地が悪くなる。だから耐震対策を先送りしてしまうんです。
西村)面倒くさいことだらけ...と思ってしまいますね。
福和)でも、対策をしなかったら、自分の命もないし、家族の人も困るし、家が壊れたら隣近所にも迷惑がかかるんです。みんなできちんと耐震対策をしようという雰囲気を作ることが大事。
西村)住宅の耐震化を進めれば、死者数は減るのでしょうか。
福和)きちん住宅の耐震化をすれば命を守ることができます。怪我もしません。怪我をしたら津波から逃げられない。まず「耐震化をしっかりする」「揺れたらすぐに逃げる」このふたつを確実にすれば、圧倒的に死者を減らすことができます。ひとりひとりの気持ちで決まるんです。これは行政ではできないことです。
西村)わたしたちの気持ちひとつですね。
福和)その気持ちを変えてくれるのが、西村さんたちジャーナリズムなんです。
西村)そうですね。大きな役目を担っているのですね...。
福和)多くの人々がその気になって、少しでも被害を減らすように行動を起こすことが望まれます。それぞれできることから始めてください。どうしてもできない人には、行政が手を差し伸べることが必要だと思います。
西村)どんな建物が危険ですか。
福和)1981年よりも古い建物は耐震基準が古いので、建物が壊れやすいです。1981年よりも前に建てられた木造住宅は壁が足りません。1981年に壁の量を増やす基準が設けられたので、阪神・淡路大震災のときも1981年以降の建物は相対的に被害が少なかった。2000年にもう1度、木造住宅の耐震基準が改正されたことにより、2000年以降の建物は強く、能登の地震でもほとんど壊れていません。まずは古い建物が安全かをチェックして、安全性が足りなければ、直すことが大事。一方で、都会ではマンションに住んでいる人たちがたくさんいます。マンションの場合は、2000年には改正されてなくて、1981年に改正されただけなんです。能登の地震では、軟弱地盤の建物が沈んだり傾いたりしました。杭の耐震は、強い地震動に対しては十分ではありません。軟弱な地盤は、建物の重さを支えられないから、下に杭を作って支えるのですが、地震の揺れにより杭が損傷して、建物が傾いたり沈んだりしてしまいます。
大阪でも、上町台地と地盤が軟弱な西側で同じ建物を作っていますよね。変だと思いませんか。西側の軟弱地盤の方がよく揺れるはずです。軟弱な地盤に建てるマンションは強い方が良いとみなさんが考えるようになると、不動産会社もより安全な建物を作ろうと思うわけです。わたしたち住民側が何を大事にするかで作られるものが変わってくる。安全な建物で、地震後も住み続けられる建物が良いと思う人が増えると安全な建物が供給されるようになると思います。
西村)マンションは、頑丈で安全というイメージがありました。
福和)みなさんは、マンションを買うときに何を大事しますか。便利な場所が好きでしょう。
西村)駅から近い方が良いですよね。
福和)便利な場所の駅は、蒸気機関車の時代にできました。蒸気機関車のほとんどの駅は危険な場所にあったんです。大阪の「梅田」は、田んぼを埋め立てた場所です。
西村)だから「梅田」と呼ぶのですね。
福和)便利な場所は、本当に安全なのかを考える必要があります。便利な場所は、土地が高いから背が高い建物を建てがちです。建物高いと揺れやすい。面積を広くしたいから少し柱を削る場合も。そうすると安全性は損なわれますよね。便利さを大事にするのか、見栄えを大事にするのか、設備を大事にするのか...。そうすると安全性はギリギリな建物が作られている可能性もあるわけです。わたしたち自身が何が大事を考えながら、住宅選びができるようになると安全性が高まるかもしれません。
西村)きょうは、名古屋大学 名誉教授 福和伸夫さんにお話を伺いました。