第1496回「"災害ケースマネジメント"を進める法改正」
ゲスト:大阪公立大学 大学院 文学研究科 准教授 菅野拓さん

西村)被災者の個別の事情に応じて支援する「災害ケースマネジメント」。東日本大震災で注目を集めた被災者支援の新しい仕組みです。先月28日、「災害ケースマネジメント」の実施を後押しするような災害対策基本法などの改正案が国会で可決・成立しました。
きょうは、この法改正に関わった「災害ケースマネジメント」の名付け親、大阪公立大学大学院 文学研究科 准教授 菅野拓さんにスタジオにお越しいただきました。
 
菅野)よろしくお願いいたします。
 
西村)「災害ケースマネジメント」の最大の特徴は何ですか。
 
菅野)災害で被災した人は、仕事を失った、家が壊れた、借金が返せなくなった...などのさまざまな困りごとを抱えているので、一律の支援では難しい。行政や支援する側から被災者のところに出向いて、どんなことに困っているのかを聞いて、伴走しながら支援をしていく仕組みが「災害ケースマネジメント」です。自治体だけではなく、社会福祉協議会やNPO、弁護士や建築士も一緒に被災者の困りごとに寄り添って、被災者に生活再建をしてもらう取り組みです。
 
西村)「周りの人も大変だから、"自分だけが大変"とは言い辛い」という声も聞きます。すごく大切な支援ですね。
 
菅野)信頼関係を作りながら、長期的に支援していきます。
 
西村)現状の支援では、被災者に寄り添えていなかったのでしょうか。
 
菅野)不十分だったと思います。行政もいろんな支援をしてきましたが、本当に被災者にとって正しい支援だったのかという疑問も。住んでいた家の壊れ具合は、罹災証明で証明されます。借家も持ち家も関係なく、家の壊れ具合で支援を決めてしまうことになる。「家は大丈夫でも仕事はない」などほかの困りごとが出てくると、支援制度と被災者の困りごとが適合しなくなります。このような問題点をどう変えていくのかが大事です。
 
西村)なぜ今までうまくいかなかったのでしょうか。
 
菅野)災害は時間が経つと報道も減ります。被災した自治体や被災者は大変でも、離れたところにいる人にとっては対岸の火事。法律や制度改正までつながらず、古い制度が毎回被災者を困らせてしまうのです。
 
西村)これまではどんな制度で支援が行われてきたのでしょうか。
 
菅野)仮設住宅や避難所の運営など被災者の支援については、全て1947年にできた災害救助法が根拠になっています。1947年は、戦後のまだ焼け野原が残っているような時期。GHQも関与して作っている法律なので、現状の社会と合わない部分もあります。
 
西村)その法律が今回改正されました。ポイントを教えてください。
 
菅野)災害救助法という古い法律に、福祉サービスの提供が規定されました。さまざまな相談やケアを災害時の救助として行うことになったのです。民間との連携も災害対策基本法や災害救助法に規定されました。災害救助法は、少しずつ改正はされてきたとは言え、抜本的には1947年から変わっていませんでした。当時は、日本は貧しく福祉サービスがなかった時代。今では高齢化が進み、少子高齢化しているにも関わらず、災害時の法律は当時から全然変わっていなかったのです。
 
西村)今まで福祉が取り入れられていなかったことにびっくりしました。
 
菅野)福祉サービスの提供は70年ぶりのこと。避難所は、いつも酷い状況が報道されていますよね。そんなところに介護が必要な高齢者を連れていけません。
 
西村)体育館の狭いスペースに毛布にくるまって、冷たい床で寝なければならないことも。プライバシーが守られていないこともありますよね。
 
菅野)本当に支援が必要な人ほど、壊れた家に住み続けてしまう。人をきちんと支援していかなければなりません。避難所は、昔は法律で「収容施設」と書かれていたんですよ。そうではなく、人を見て必要な支援を届けていくことが大事。
 
西村)車中泊をしているお年寄りにもそのような福祉サービスが行き届くのですか。
 
菅野)それを目指しています。「災害ケースマネジメント」とは、被災者の元へ出向いて支援をすること。それが法律上で規定されたのです。
 
西村)具体的にどんなことができるのでしょうか。
 
菅野)在宅で困っている人は、何に困っているのかが周りも本人もわかっていないことも。そんな人の相談に乗ります。地域や家族で介護をしてきた人にもケアの手が必要だということがわかれば、福祉サービスを案内することができます。このように関連死や生活再建がうまくできない人たちを減らしていくことができるのです。
 
西村)今まで手が届いていなかった人たちにも支援が行き届くのですね。2つ目のポイントについても教えてください。
 
菅野)今後は、民間と連携した被災者支援が基本的になります。法律上は登録被災者援護協力団体という名前の制度ができるのですが、要は"餅は餅屋"でいろいろな支援ができるということ。例えば食べ物を食べるとなったら、みなさん普段はどこに行きますか?
 
西村)スーパーかレストランです。
 
菅野)食べ物を買うのに、役場の窓口に並ぶことはないですよね。でも災害時はどうですか。
 
西村)役場の窓口に並ばざるを得ないです...。
 
菅野)市役所や町役場は、普段は食べ物を配ることがないのに、災害時は物資を配給することになっています。役場も人手不足な中で、やったことがない仕事をすることになる。これは医療や福祉も同じ。被災者支援が混乱してしまうので、民間のプロにお願いできるように制度改正が行われたのです。
 
西村)民間のプロとは具体的にどのようなところですか。
 
菅野)例えば、大きな流通小売りやコンビニエンスストアが運営する避難所と役場が運営する避難所なら、どちらに行きたいですか?
 
西村)それはコンビニですね!
 
菅野)当初の備蓄物資は役場が出すことになると思いますが、例えば、ハラール対応の食事やアレルギー対応の食事は...?役場だとできない部分を民間のプロなら埋めることができるかもしれません。福祉サービスも民間のプロにお願いすれば、在宅被災者の相談・支援に回ってもらうこともできます。
 
西村)プロなら、コミュニケーションの取り方のコツとかもわかっているでしょうね。
 
菅野)全国から応援に入ってもらうこともできます。
 
西村)心強いですね!
 
菅野)自治体にとっても心強いと思います。災害はたまにしかこないので、災害の経験がある自治体職員はほとんどいません。そうすると当然混乱してしまう。そして自治体の職員も被災者。今まではそこに全て任せる法律になっていたのです。それが変わる方向になったことは大きいです。
 
西村)今までに能登の被災地やほかの被災地で実際に行われた例もありますか。
 
菅野)「災害ケースマネジメント」は、先行的に法改正前から進んでいたので、内閣府や厚生労働省で予算をつけて取り組んできました。ただ、どうしても法律になっていないと事前の準備ができません。特別な予算でやるとなると、急に体制を作らなければならなくなり、初期から支援できないことが課題になっていました。能登では2月末ぐらいから、実際に在宅被災者向けの訪問も始まり、福祉サービスにつないでいます。
 
西村)このサービスを受けた人の声は聞きましたか。
 
菅野)支援者に知り合いに聞いたところによると、うまく生活再建できない人については、早期から把握できているそう。「家が壊れて住むところがない」「住めるかどうかわからない」というような人には、建築士や弁護士も寄り添ってアドバイスをします。そうすると「地元に残ることができる」と希望が湧いてきますよね。
 
西村)困りごとは、被災直後だけではなく、ずっと続いていくもの。これが法改正によって、全国的に広がっていくのは大きいですね。改めて今回の法改正で、「災害ケースマネジメント」の普及に期待できると思いますか。
 
菅野)期待できると思います。法律は準備をするためにあるもの。準備不足の中から始めていては、対応が遅れ、その間に災害関連死の危機も。そうではなく、平時からどのように体制を作っていくかが大事。社会全体で足りないものについて考えることができる。法律に規定されることで、計画的に決められることによる効果は大きいと思います。
 
西村)大きな一歩を踏み出したということですね。今後の課題はありますか。
 
菅野)法律に書かれただけで社会が変わるわけではありません。それを実現していくためには、福祉に関わっている人やNPOに準備をしてもらわなければなりません。福祉の現場は人手不足で、毎日が災害のような状況になっています。そこをどうやって強化していくのか。これについては、実際に厚生労働省でも考え始めていて、防災庁でも議論されています。災害に備えることが平時の人手不足解消につながることもあると思います。
 
西村)きょうは、これからの被災者支援がどう変わっていくのかをお聞きしました。菅野さんどうもありがとうございました。