第1519回「震災を語り継ぐ~遺族と小学生の対話」
取材報告:亘 佐和子プロデューサー

西村)きょうは、阪神・淡路大震災で8人の児童が亡くなった芦屋市立精道小学校で行われている「震災を語り継ぐ授業」を紹介します。清道小学校では、亡くなった児童のひとり、米津漢之(よねづ・くにゆき)君の父親の米津勝之(よねづ・かつし)さんを毎年招いて、命について考える時間をもっています。取材した亘佐和子プロデューサーです。
 
亘)10月20日、精道小学校に取材に行ってきました。震災の遺族である米津勝之さんが、5年生の子どもたちに語ったことを、きょうは、西村さんにもリスナーのみなさんにも考えていただきたいと思います。米津さんは、震災で精道小学校の1年生だった長男の漢之君と精道幼稚園に通っていた長女の深理(みり)ちゃんを亡くしました。米津さんの授業は、一方的に語るのではなく、子どもたちと対話しながら進められます。
 
音声・米津さん)みなさんこんにちは。今ご紹介いただいた米津です。よろしくお願いします。早速、第1の質問!30年前、1月17日に起こったこと知っていますか。知ってること書いてみて。
 
音声・児童)阪神・淡路大震災が起きました。
 
音声・児童)たくさんの人が亡くなりました。
 
音声・児童)43号線が倒れた。
 
音声・児童)地震で火災が起きた。
 
音声・米津さん)"震災"と聞いて、どういう言葉が浮かびますか。
 
音声・児童)恐ろしい。
 
音声・児童)南海トラフ...。

 
亘)こんな感じで、まず子どもたちの持っているイメージを聞いていきます。みんなどんどん手を挙げて発言するんです。この後、授業は本題に入っていきます。米津さんは、震災前に撮った家族写真、地震直後の町を写した写真を子どもたちに見せます。
 
音声・米津さん)95年の1月に撮った写真です。4人家族でした。わたしはまだ34歳。まだ若かった。この人は奥さん。この女の子が幼稚園に通っていた深理。隣が小学校1年だった漢之。4人で暮らしていました。津知町に住んでいたんです。津知町に住んでいる人!?
 
音声・児童)はい!
 
音声・米津さん)今は想像もできないけど、当時の津知町はこんな感じ。
 
音声。児童)えー!やば!
 
音声・米津さん)これ津知公園。クスノキ、今も真ん中にあるやろ?公園の東隣にいたんです。どうなってますか?
 
音声・児童)倒壊してる...。
 
音声・米津さん)家がガシャッと全部壊れました。この下に家族4人がいました。残念ながら、わたしの隣で寝ていた漢之と深理が亡くなってしまいました。

 
西村)子どもたちが写真を見て「えー!」と声を上げて驚いていましたね。
 
亘)米津さんが住んでいた津知町は、芦屋市の中でもいちばん被害が大きく、9割以上の建物が倒壊して、この町内だけで56人の方が亡くなりました。子どもたちは自分たちがよく遊んでいる津知公園の周りの建物が倒れている写真を見てびっくりしていました。米津さんの住んでいたアパートも全壊で漢之君と深理ちゃんが亡くなりました。授業はここから深理ちゃんが通っていた精道幼稚園の慰霊碑の話になります。精道幼稚園では深理ちゃんら3人の園児が亡くなりました。慰霊碑に刻まれた言葉の意味について、米津さんが問いかけます。
 
音声・米津さん)今は精道こども園にあるこれ(慰霊碑)、見たことある?この場所で3人の子どもが亡くなりました。慰霊碑には
「わすれない あなたのことを わすれない あのひのことを」
と書いてあります。みんなに質問です。
「あなた」とは誰?
「あのひ」とはいつ?

 
亘)難しい質問だと思うのですが、西村さんは「あのひ」とはいつだと思いますか。
 
西村)1月17日の阪神・淡路大震災の日ですか。
 
亘)子どもたちの答えもそれが多かったです。この答えについては、また後でもう一度考えたいと思います。
 
亘)授業ではここから米津さんが、漢之君と深理ちゃんの写真を見せて、思い出を語っていきます。まずは2人が満開の桜の前で笑っている写真を見せました。
 
音声・米津さん)この写真は、94年の4月に撮りました。震災の10ヶ月前。これはどこでしょう?
 
音声・児童)芦屋川!
 
音声・児童)尼崎!
 
音声・児童)宝塚!
 
音声・児童)宝塚大劇場!
 
音声・米津さん)そんな上品なとこ違う(笑)。土曜日と日曜日に馬が走る場所です。
 
音声・児童)競馬場?
 
音声・米津さん)正解です。これは、阪神競馬場で撮った写真。「桜花賞」というレースがあって3人で予想しました。わたしを入れた3人の中で、1着を当てた人は誰だったでしょう?

 
亘)3人それぞれが1着の馬を予想して、米津さんが馬券を買ったという話。1着を当てた人は誰だったでしょう。
 
西村)あまり物欲がなさそうな深理ちゃんかな?
 
亘)正解!深理ちゃんが当てたそうです。子どもたちも「深理ちゃん」という予想が多かったです。このように漢之君と深理ちゃんの思い出を語っていくんです。5年生の子どもたちは事前に勉強しているので、米津さんのお宅の「カレーの話」を知っています。
 
西村)「カレーの話」とはどんな話ですか。
 
亘)漢之君は、震災で亡くなる前日、「先生あのね~」で始まる「あのね帳」に、お母さんと深理ちゃんといっしょにカレーを作ったことを書いています。その最後に「あした食べるのが楽しみです」と書いたのですが、漢之君は震災で亡くなり、カレーを食べる「あした」は来なかった。米津さんの家では、毎月17日はカレーの日なんです。震災後に生まれた英(はんな)さんと凛(りん)さんという2人のお子さん、奥さんといっしょにカレーを食べるそうです。今回の授業では、米津さんは、この「カレーの話」とは別に、もう一つ漢之君の食べ物にまつわる話をしました。

音声・米津さん)12月22日、米津漢之の誕生日でした。誕生日に漢之が好きなもの食べようということになって。彼は何が食べたかったと思う?
 
音声・児童)カレー!
 
音声・児童)たらば蟹!
 
音声・児童)ビーフシチュー!
 
音声・米津さん)ビーフシチューは深理ちゃんの好物。漢之は肉が好きやった。
 
音声・児童)焼肉!
 
音声・米津さん)ちゃうなー。
 
音声・児童)ステーキ!
 
音声・米津さん)正解!ステーキでした。当時、わたしは「ステーキなんか贅沢やからあかん!」って言ったんです。漢之は「じゃあ、お父さんはカレーが好きやから、僕はお肉食べたいから、カツカレーに変えよう」と言いました。だからその日はカツカレーを食べました。でも、震災の後、後悔しました。なぜあのとき漢之にステーキを食べさせてあげなかったんだろう、と。その後の誕生日には漢之はいません。12月22日に家族で何を食べてると思う?
 
音声・児童)ステーキ!
 
音声・米津さん)そうです。この漢之のランドセルの中に「あのね帳」が入っています。みんな知ってると思うけど、「カレーをあした食べるの楽しみです」という話が書いてあります。そのカレーだけではなく、漢之が12月の誕生日に食べられなかったステーキを今、家族で12月22日に食べています。

 
西村)「明日が来る」「次食べよう」と思っていたけど、明日は来なかったんですね...。米津さんが家族で過ごした大切な時間、喜びや後悔などさまざまな思いが伝わってきました。
 
亘)そうですね。ここで再び米津さんは、子どもたちに問いかけます。精道幼稚園の慰霊碑の話です。「わすれない あなたのことを」の"あなた"とは誰なのか。
「わすれない あのひのことを」の、"あのひ"とはいつなのか。
 
音声・米津さん)「あなた」について考えて欲しい。ここ「あなたたち」になっていないでしょ?「あなた」はひとりひとりという意味です。ひとりひとりのことを忘れませんということ。そんな想いを込めて、この慰霊碑を作った人は、「あなた」と書きました。「あのひ」は、みんな1月17日だと思うでしょ?「震災のこと忘れないでください」と。でも、いっしょに生きた時間を忘れないことが大事。
「わすれない あのひのことを」には3つ意味があります。これちゃんと覚えておいてください。大事だと思ったらメモしてください。
①"あのひ"までのこと、1月17日までいっしょに過ごした時間のこと。
②1月17日のこと。
③あのひから~、1月17日からあとのこと。
みんなは1月17日のことを直接知らない。でもみんなが勉強した今日から始まっています。震災のことを考えるということが。

 
西村)そういうことだったのですね。
 
亘)「あなた」とは、ひとりひとりということ。亡くなった人を数で捉えるのではなく、「あなたたち」という複数形でもなく、「あなた」=ひとりひとりを大切にしようということ。そして、「あのひ」とは、1995年1月17日のことだけではありません。「それまでに一緒に過ごした時間を忘れない」ということです。では、震災後に生まれた人はどうなのか。「亡くなった人のことを学んだその日」から考え続ける日々も「忘れてはいけない"あのひ"」になっていくのだと思います。
 
西村)授業を受けた子どもたちにとって、「あのひ」がこの授業の日だったかもかもしれませんね。
 
亘)子どもたちからは、たくさんの質問が米津さんに投げかけられました。授業が終わって、給食の時間になっても、米津さんの前にどんどん列を作って質問をしていきます。そのようすを聞いてください。
 
音声・児童)質問いいですか?(米津さんは)なんでほかの人はしていない(語り部の)活動をしているんですか?
 
音声・米津さん)震災の後、しばらくはこんなことしてなかった。しんどくて。でも、漢之と深理がそんなわたしを見てよろこぶと思う?漢之と深理ために「何ができるかな」と考えたときに、私にできることは、こんなふうに次の世代のみんなといっしょに勉強すること。そこに漢之と深理もいっしょにいる。そういう役割を果たしたいから、こういう活動をしています。
 
音声・児童)漢之君と深理ちゃんが1日だけ帰ってきたら何したいですか?
 
音声・米津さん)そういう質問は初めてだなあ。なにもしゃべらなくていいから、少しでもいっしょにいたい。2人の生の笑顔を見たい。
 
音声・児童)漢之君は、好きな人いましたか?
 
音声・米津さん)おってん!おってんけど(好きと)よう言わんかった。ちょっと奥手な子だったからなかなか言えんかった。
 
音声・児童)地震のことはどう思いますか?
 
音声・米津さん)ない方がいいよな。地震がなかったらあんなことならなかった。でも地震は起こる。そのためにできることは何か。防災だけでいいのかな。災害があって、今も生きている人のことを考えて、想うことも大事にしてほしいと思います。
 
音声・児童)ありとうございました。
 
音声・米津さん)みんな熱心やなあ!

 
西村)本当にみんな熱心ですね。米津さんと児童の心の距離が縮まっているからこそ、これだけたくさんの質問が出たのでしょうね。
 
亘)災害を語り継ぐことは、経験者が未経験者に一方的に伝えることではなくて、このような対話の中で、命や人との関わり、生きる喜び、苦しみ...そのような大切なことを分かち合って、いっしょに育てること。精道小学校では、これから各学年で、それぞれ阪神・淡路大震災についての学びを深めて、12月の語り継ぐ会で各学年発表。1月17日の追悼式に臨みます。
 
西村)子どもたちの想いがどう成長していくのか。わたしたちも見守っていきたいと思います。
きょうは、震災を語り継ぐ精道小学校の教育について、亘さんの報告でした。