第1523回「災害時のフレイル予防」
オンライン:東京大学 高齢社会総合研究機構 教授 飯島勝矢さん

西村)災害後、避難所で生活を送る高齢者は、筋力や体力が低下しやすくなります。その状態をフレイルといいます。このフレイルを放置すると、要介護状態、災害関連死につながることもあり、注意が必要です。
きょうは、災害時のフレイル予防について、東京大学 高齢社会総合研究機構 機構長、未来ビジョン研究センター 教授 飯島勝矢さんに聞きます。
 
飯島)よろしくお願いいたします。
 
西村)フレイルとはどんな状態ですか。
 
飯島)フレイルは日本語で虚弱という意味。フレイルは、健康な状態と要介護状態の中間の段階です。高齢になると体が衰えるだけではなく、社会性、地域とのつながりも弱くなり、自立度が落ちやすくなります。
 
西村)過去の災害でも高齢者のフレイルが問題になっていましたか。
 
飯島)日本は災害が多い国ですが、フレイルは歴史が浅いです。過去の大きな災害を振り返るとフレイルに関連した状態が多くありました。わたしは、阪神・淡路大震災の被災地で、医療班として現場で救護・医療活動をする中で、いろんな人と出会ってきました。突然生活が変わってどん底にいる人、避難所で不自由な生活をしている人、家族を失って心に穴が開いてしまった人など、心身ともに落ち込んでしまう人が多くいました。
 
西村)それは、表情や会話からも感じ取れましたか。
 
飯島)はい。何十年住んできた家が壊れて、一瞬で思い出や家族を失ってしまったあとは、医学的な問題以上に心のケアが重要です。
 
西村)阪神・淡路大震災当時の避難所では、高齢者はどんな様子で生活していましたか。
 
飯島)寒い時期に起こった大震災だったので、大きな体育館や教室で震えながらストーブや毛布にくるまっていると心が折れてしまう。みんなで声を掛け合って、一歩ずつ前向きな気持ちを取り戻していました。
 
西村)高齢者のみなさんの体調はどう変化しましたか。
 
飯島)毎日飲んでいた薬がなくなって、血圧のデータが悪くなる人もいました。冬場は感染症が流行りやすいので、いかに体調をきちんと維持できるのかが問われます。
 
西村)冬場は、寒いですし...。
 
飯島)高齢者はお手洗いが近くなります。これまでは、暖かい自宅でお手洗いに行っていたけど、避難所では、体育館の外の仮設トイレに行くことになります。衛生的な問題も発生します。お手洗いに行きたくなると、ほかの人に配慮しなければならないので、水分を控えてしまう。そうすると、血液がドロドロになって、脳梗塞や心筋梗塞、足の静脈に血栓ができるエコノミークラス症候群などの怖い病気も起こりやすくなります。
 
西村)トイレ以外に動かなくなってしまう原因は何がありますか。
 
飯島)環境の変化、寒さ、家族を失った虚無感で、体を動かそうという気持ちにならない。暖かい時間帯も頑張れる気持ちになれません。
 
西村)元気がない高齢者がいたら、「わたしが物資を取ってくるね。おばあちゃんそこに座っといて」と言ってしまいそう。
 
飯島)避難所には子ども、若い人もたくさんいます。元気な若い人が過剰に手助けをし過ぎると、高齢者の生活が不活発になります。最低限のことは支援して、高齢者にも動いてもらいましょう。
 
西村)声をかけて「一緒にやりましょう」というのも大切なんですね。
 
飯島)高齢者は、お孫さん、お子さん世代からの声はエネルギーになります。
 
西村)それを続けると、高齢者のフレイルを予防することができますか。
 
飯島)はい。予防できると思います。災害時は、体を動かさなくなって活動量が減り、筋肉の衰えが加速してしまうので。
 
西村)フレイルを予防するためにはどうすれば良いですか。
 
飯島)フレイル予防には3つの柱があります。「栄養」「身体活動」「人とのつながり」どれかひとつだけではなく、これら3つの柱を総合的に組み合わせながら全体的に底上げすることがポイントです。
 
西村)栄養、運動、社会参加を合わせてやっていくためには、具体的にどんなことをすれば良いですか。
 
飯島)複数人数でお喋りをして、昼ご飯が終わってからは、避難所の周りを散歩したり、みんなで掃除をしながら体を動かしたりする。夕ご飯も複数人数でワイワイと食べる。避難所という環境では、そのような工夫をすると良いと思います。
 
西村)お弁当を1人で食べるのではなく、「一緒に食べませんか?」と声かけをしてみんなでワイワイと食べるのは良いですね。
 
飯島)1人で冷たいお弁当を食べると半分ぐらいしか食べられないけど、5~6人でワイワイと食べると会話がおかずとなって、全部食べられたという高齢女性もいました。どんな雰囲気で食べるのかも大事です。
 
西村)1人で食べていると、今後の不安や楽しくないことを考えながら食べてしまいそうですね。能登半島地震の被災地で、知人が仮設住宅に住んでいるのですが、毎週木曜日にみんなでお茶会やお散歩をしたり、花壇のお手入れをしたりしているそう。これもフレイル予防につながりますか。
 
飯島)フレイル予防は、決まった運動を定期的にやらなければならないということはありません。みんなで花壇の手入れなどをしながら、しゃがんだり立ったりすると運動にもなる。共通の価値観を持って達成感を得るとこともできる。そのような取り組みは素晴らしいと思います。
 
西村)避難所だけではなく、その後の生活でも大切ですね。
 
飯島)避難所では急に生活環境が変わります。生活がおとなしくなると、筋肉を失ってしまいます。みんなで声を掛け合って、いろいろなことに取り組むと結果的に体を動かすことになります。筋肉だけはなく、口の衰えについても気をつけましょう。しっかり噛んで食べる、飲み込む、滑舌よく話すためには、口周りの筋肉が必要です。災害時は、口の筋肉の衰えが進みやすい。普段から歯医者さんに行って、定期的にお口のメインテナンスをしてもらうと同時に、災害時のときは、口の中を綺麗にして、みんなでしっかり嚙んで食べることを心がけましょう。
 
西村)みんなでお茶会をしてよく喋ると良いですね。歌うのも効果的ですか。
 
飯島)歌は非常に効果的です。楽しいですし、大きい声でお腹から体全体を使って歌うと全身運動にもなると思います。
 
西村)オーラルフレイル(口の機能低下)を防ぐためにも、歯医者に通う、喋る、歌うなどに気をつけて、フレイル予防していきましょう。
飯島さん、どうもありがとうございました。