MENU
8月 2日
先週に引き続き、ゲストは株式会社泉南オートグリルの代表取締役会長、小竹幸さんです。
今週は創業からのお話を伺います。
「創業は30年ぐらい前ですね。
父が入札をして営業権を得てスタートしました。
当時、白浜の事業も岸和田のサービスエリアの事業も私の姉がやっていました。
それが94年に急に亡くなってしまいまして。
私はドイツにいましたが退職して家業の方に戻ってきました」。

どういった経緯でドイツでのお仕事に就かれたのでしょうか?
「当時、キッコーマンにいました。
元々は和歌山・白浜の生まれで小中学校は白浜。
高校は東京の慶応高校に行きまして、大学はアメリカのオハイオ大学に留学しました。
大学では『BBA(バチェラー・オブ・ビジネス・アドミニストレーション)』の学位を取りました。
日本に帰ってきて慶応のビジネススクールに進学。
卒業後、キッコーマンに入社しました」。
キッコーマンに就職されたきっかけは?
「大学時代に地元のスーパーマーケットにキッコーマン醤油が1本だけ置いてありました。
それを見て、海外にまで進出している日本の企業として、すごい会社だなという印象がありましたね。
そういうこともあってビジネススクールを卒業した後に、あまり景気に左右されない、海外進出をしている、事業に熱心で従業員が1万人もいない。
その業界で一番マーケットシェアが高い会社に絞り込んで、行き着いたのがキッコーマンだったんです。
入社後すぐにアメリカ現地法人のキッコーマンインターナショナルという会社に出向してシカゴ支店に行きました。
私は営業の担当がオハイオ州でクリーブランドとかコロンバスなどでお醤油を売り込む仕事をしていました。
しかし、なかなか売れないわけですよ。
月曜日から木曜日までは売れないお醤油の埃をダチョウの羽根でできた筆で払って、金土日は毎日ハンバーグを焼いてお醤油につけて試食を提供して。
そういうことを4年間ずっとやりました。
これが現在、サービスエリアで『みかんパン』を売る時の試食につながっていると思います。
その後、一旦帰国後、オーストラリアのシドニーへ。
再び試食販売ももちろんやりましたけども、テレビの料理番組の担当者や新聞雑誌の料理研究家、そういう人にアプローチしました。
自分の手では100人しか伝わらないところが、電波を使えば一気に何十万人もの人にも伝わりますよね」。
海外での醤油販売のキーマンとして活躍した小竹さん。
キッコーマンに22年間勤め、そのうち20年間はずっと海外。
そこから家業をお継ぎになります。
「一部上場会社、海外で仕事をして、突然日本の中小企業に。
最初はやっぱり落差はあったかと思いますね。
そんな中でもおよそ70人の従業員の生活もきちんと守っていかないといけない。
今までは営業をずっとやっていましたので、なんとかして売り上げを伸ばさないといけないと考えていました。
小さな会社になりますとバランスシート、あるいはプロフィット・アンド・ロス・ステートメントもきちんと見ていかないといけない。
そっち側へだんだん目が行くようになりました」。
未来へのビジョンを聞かせください。
「6月19日にフードコートをリニューアルしまして、座席数も110席に増設しました。
高速道路をお使いになられる方々の休憩エリアだけではなく、岸和田サービスエリア上り線が"旅の目的地"となるように、全てのセクションにおいて充実させていきたいと考えております」。

<プレゼント>
泉南オートグリルさんからリスナーの皆様へプレゼントを頂いております。
「 みかんパン(3個入り) 」をセットで3人の方にプレゼント!
≪ 宛先 ≫
メール: akarui@mbs1179.com
FAX : 06−6809−9090
ハガキ:〒530-8304 MBSラジオ 「日本一明るい経済電波新聞」
「 泉南オートグリル プレゼント 」係
・当選者の方の発表は商品の発送をもってかえさせて頂きます。
パナソニックホールディングスを一代で築き上げた松下幸之助さんも和歌山県出身。
小竹さんのお話から和歌山気質と云いますか、大らかな雰囲気と豊かな発想力を感じます。
岸和田SA、地元はもちろん、さらに愛されるスポットになりそうです。